第35話 青い髪の少女(2)

「お名前が必要ですね」


 青髪の少女の頭を撫でながら、リターニアが言う。


「あと、お召し物も。あいにくと、いま、わたくしたちは全員水着で、お渡しできるようなものが何もないのですが……」

「わたしはへーきだよ!」

「わたくしたちが平気ではございません。あと、ゼンジさまの視線も」


 おれは慌てて少女の裸身から目をそらした。


「だがな、リターニア。この子に名前をつけるってことは……」

「ですが、ゼンジさま。彼女を手放すつもりはございませんでしょう?」


 それは、そうかもしれないが……。

 いや、だがまずは、この子がどんな存在かをだな……。


「どのようなお名前がよろしいですか」

「パパがつけて!」

「じゃあ、ブルー」


 青髪の少女以外の全員が、白い目でおれを睨む。

 駄目かー。


「まずはコテージに参りましょう」

「先に行っててくれ。おれは、少しだけこの部屋を調べてから戻る」

「わかりました。兄さん、何かあったらすぐ呼んでくださいね」



        ※



 せめて年代を特定するような手がかりでもあれば、と思ったのだが、あいにくと部屋の中には塵ひとつなかった。

 ただ、証明の形式はだいぶ昔のもののように思える。


 棺のようなコールドスリープ装置も、近年、帝国で開発されてはいなかったはず。

 詳しいことは、専門家を呼ぶしかないわけだが……この情報、どこに流せばいいんだろうねえ。


 仕方がないので、皆の待つコテージに戻った後、総督への直通回線を開く。


「どうした、ゼンジ。バカンスは楽しんでくれているか?」


 と回線越しに疲れた顔で姿を見せた彼に申し訳なく思いながら、ことの次第を説明した。

 相手は、おれが説明すればするほど、顔をしかめていく。


「どうしてきみはそう、次々と問題を掘り起こすんだ」

「おれが悪いわけじゃない。勝手に事件が向こうから寄ってくるんだ」

「わかっている。警備隊を……いや、わたしが直接、そっちに赴こう。腹心だけを連れていく」

「理解してくれて嬉しいよ。浜のコテージで待っている」


 通信を切った後、改めて青髪の少女の方へ向き直る。

 まだ名前のない少女は、わくわくしているといった表情でこちらを見つめ返してきた。


 いま彼女は、メイシェラの服を着ている。

 メイシェラ自身は水着姿のままだ。


「さて、きみの名前なんだが……型式番号とかはあるのか?」

「わかんない!」

「元気でよろしい!」


 さて困ったなと、周囲を見渡す。

 おれと名無しの少女を取り囲む三人の視線がいささか厳しい気がした。


「あー、何かアイデアがあれば挙手してくれ」


 ぱっとホルンが手をあげる。


「われらの”繭”と繋がっておるのだ。これはもう、われの子と言えぬだろうか」

「言えないなあ」

「そうか……無念である」

「というか、この子を気に入ったのか?」

「何故だかわからぬが、気になるのだ。竜がこのような執着を持つのは珍しいのだが……」


 本人も何故だかわからない執着、か。

 ますます気になってくるな……。


「はいっ、わたくし、エルフ式の名前をつけるべきだと考えます」

「その心は」

「実質、わたくしとゼンジさまの子ども、ということに」

「却下」


 勝手にこの子を自分の子にするな。

 おれはこの子のお父さんだぞ。


 だいたい、リターニアよりこの子の方が、少し背が高い。

 AIとエルフの実年齢を気にしても仕方がないかもしれないが、おおよそリターニアが十三、十四歳に対してこの子が十五歳といったところか。


「メイシェラは何かあるか?」

「あ、いえ、特には。あんまりな名前でなければ、兄さんの好きなように……あとは、この子が気に入ってくれるなら問題ないです。兄さん、この子はうちの子になるんですよね?」

「総督との話し合いの結果次第だが、基本的にはそうするつもりだ。彼女がそれを望んでいるみたいだし、な」


 それに、おれをパパと呼ぶ意図、いや彼女の製作者がおれをパパと呼ばせた意味について考える必要がある。

 何となくだが、彼女を手放してはならないという気がしてならないのだ。


「アオイ」


 しばし考えた後、おれはそう告げた。


「きみの名前は、アオイ、でいいか」

「はい、パパ!」

「あ、いいんだ……。まあ、わたしはこれ以上、もう何もいいません」


 メイシェラがため息をつき、リターニアとホルンも、まあ本人がいいのなら、と納得した様子であった。

 アオイと名づけられた本人は喜んでいるから……うん、これでいい気がする。


 たぶんこれが、最適解。

 おれの中の何かが、そう叫んでいる。


 しばしののち、総督とその部下を乗せたクルーザーがやってきて、調査が始まった。

 結果、なし崩し的にアオイはおれの妹ということになり、無事、戸籍も手に入れることができた。


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