第34話 青い髪の少女(1)

「兄さん、その子はいったい?」

「おれにもわからん。というか、ここは……何だ?」


 少女が飛び出してきた部屋を覗き込む。

 殺風景な部屋の天井全体が白く輝いて、一辺が十メートルほどの室内を明るく照らし出していた。


 飾り気のない棺のような装置が部屋の中央に鎮座している。

 装置から伸びる無数のコードが部屋の隅まで伸びていた。


 棺の蓋は開いていて、中からはドライアイスのような煙が湧き出ている。

 この子は……ずっとこの棺の中で寝ていたのか?


「パパ! わたしね、ずっとパパと会いたかった! ずっと待ってた! やっと来てくれた!」


 上目遣いにおれを見る少女は、メイシェラと同じくらいの年頃に見えた。

 膨らんだ胸をおれの胸もとで潰すように、ぎゅっと抱きついてくるその身体は、棺から目覚めたばかりだからかひどく冷たい。


 状況がおかしすぎて警戒心ばかりが湧いてくるが……。

 何となく、直感のようなもので、彼女に危険性はない、と思った。


「きみの名前は?」

「わかんない!」

「きみの生まれとか、所属とか、そういうのは覚えているかな? あと、どうしておれのことをパパと呼ぶんだ?」

「パパは、パパだよ! わたしはここで生まれて、ずっとパパを待っていたの!」


 うん、話が通じない。

 そんな気はしたんだけどね。


「兄さん、何か心当たりがあるんですか?」

「この星に来たのは初めてだし、彼女がずっと眠っていた、というのも本当なんだろう。あの棺の中でコールドスリープしていたと考えればつじつまは合う、が……」

「コールドスリープ、ですか。ずっと昔は使われていたんですよね」

「まだジャンプドライブが開発される前の話だな。古代史だ。おれも名前だけしか知らない」


 あとは、そもそも、この子が普通の意味でのヒトなのかどうか、という話だが……。

 とりあえず聞いてみればいいか。


「きみはヒトなのか?」

「AIだよ、パパ!」


 あっさり返事がきた。

 うーん、これ、どう考えても現在の帝国で許容されているAIより高度な自立性を持っている気がするんだが……。


 一瞬、陛下のイタズラだろうか、という考えが脳裏をよぎった。

 この星にある屋敷をおれに下賜した陛下くらいしか、おれのことをわざわざ識別してパパと呼ばせるようなAIをここに配置できないだろうからだ。


 ただ、陛下がわざわざ帝国法違反のAIを開発し、おれに預ける意図がわからない。

 あの方はイタズラが好きな、客観的に言ってクソババアではあったが、しかし道理というものは人一倍、わきまえているお方だった。


「あの……ゼンジさま、そちらの方は……」

「今度こそおぬしのつがいか?」


 と、背後からリターニアとホルンの声がする。

 振り返れば、ふたりが並んで歩いてきていた。


 リターニアの足の具合は、治療キットのおかげで問題ないようだ。

 ホルンも無事に戻ってきてくれたようだし、これで全員集合だ。


「パパは、パパだよ!」

「なんと、ゼンジさまのお子さまですか」

「この部屋の中でずっと寝ていたAIだ。リターニア、何か気づくことはあるか? 陛下と昔、何かしたとか」

「イリヤと、ですか……? いえ、心当たりはございません。お役に立てず申し訳ございません」


 手短に事情を説明し、おれ自身も当惑していることを示す。

 リターニアは何の心当たりもない、と首を横に振ったが、しかしホルンは少し考え込んでいた。


「ホルン、きみの中で引っかかるものが?」

「おぬしたち、気づかぬか。その者、”繭”に接続しておるぞ」


 ホルン以外の全員が、驚愕して青い髪の少女を見つめる。

 いや、いくら見つめたところで彼女と”繭”の間にある繋がりなど目には見えないが……。


「AIで”繭”と繋がれる、って、何かこう、嫌な予感しかしないんだが……」

「どういうことですか、兄さん」

「ホルンには前も少し言ったかもしれないが、アレ案件だ」


 何のことか察したホルンが、苦虫を噛み潰したような顔になる。

 無理もない、あれについて知っていればいるほど、警戒するというものである。


「以前、おぬしが言っていた、我らのような高次元知性体オーヴァーロードとAIが仲良くなった、という一件であるな」

「ああ、三百年前のことだ。とある高次元知性体オーヴァーロードと当時最高のAIが融合、まったく別の生命が誕生した。一般にはそのAIの名を取って、超アザード事件と呼ばれている。超アザードとなったその存在は、時空の穴を開き、その中に消えた。ここまでは教科書にも記述があるから、メイシェラも知っているだろう?」

「ええと……はい、授業ではさらっと流された気がしますけど……」


 深掘りするとヤバいやつだからね。

 しかし企業AI関係の法律の成り立ちを説明する必要はあるわけで、だからこういう記述になる。


「ここから先は帝国でも一部しか知らない事項になる。消えた超アザードのかわりに、時空の穴から化け物が姿を現わした。その化け物を退けるまでに、帝国軍は甚大な損害を被り、無数の星が消えた」


 これ、いちおう機密事項なのだが、この場の面子的には知らない方がまずい気がするので情報を開示しておく。

 リターニアとメイシェラには、あとでよく言い含めておこう。


「出てきたのが、アレであるな」

「ホルン、きみが何故アレを知っているかはわからないが、ご想像通りのものだ」


 むう、とホルンは腕組みして唸る。

 高次元知性体オーヴァーロードがひるむほどの相手、というものに、リターニアとメイシェラは顔を見合わせていた。


「以後、一定水準を超えるAIの開発は禁じられ、AIに関する研究には大幅な制限がかかるようになった。ちなみに、現在の環境テロリストの原型もこの事件の結果生まれているんだが……まあ、あいつらはもはや、初期の理念も何もない、ただの馬鹿どもだから、それは気にしなくていい」

「でも、そんなAIさんが、どうしてこんなところに……?」

「それがわからん。陛下の仕業、ということであればどれだけおれの気が楽だったか……」

「イリヤはイタズラが好きでしたが、理不尽なことはなさいませんでした。それに……イタズラでこのようなところに何十年も放置するのは、いささか行き過ぎです」


 リターニアは青髪の少女の頭を撫でた。

 AIの少女はくすぐったそうに笑う。


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