第7話 密猟者退治(4)
この惑星フォーラⅡには、七つの大陸がある。
おれが陛下から下賜された丘は、その中で最大の面積を誇る南西大陸の北方に存在した。
丘ひとつと、その上に建てられた二階建ての屋敷、そして丘から半径十キロメートルの敷地。
この一帯だけは、特種帝国法により、この星の総督の権限すら及ばない、おれだけの領地であるのだという。
この屋敷自体、陛下が幼きころ、この星に一時滞在していた時代に暮らしていた場所である。
屋敷の地下には高性能の通信設備が存在し、それを起動させた結果、衛星軌道上の軍用サーバーに直接繋ぐことができた。
「こんなにあっさり、軍のサーバーに繋がっちゃうんですね……」
いつもの応接室の机上ホロに情報を映し出し、皆でそれを眺める。
明らかに個人で見てはいけないような、この星の統治に関する詳細な三次元データがそこにあった。
「名義が陛下の代理人権限のままなんだな。……まあ、いいか」
たぶんこれも、陛下の御心の内なのだろう。
で、そうして手に入れたこの星の詳細な地図に……。
幼竜が行方不明になった場所、及び幼竜が密猟者とおぼしき者たちに襲われた場所を、日時と共にプロットする。
すべてがホルンからの情報である。
当然ながら竜はGPSなど持たないため、精度はそこそこだ。
それでも、漠然と、ある範囲で密猟者が活動しているとは判断できる図が完成した。
具体的には、南西大陸の中央付近、ある一点。
そこを中心として襲撃の範囲が同心円状に広がり、しかもそれは日時の経過と共に拡大しているという図であった。
「こんなに露骨に拠点の場所を示していること、あるか? いや、このサーバー情報を引き出せる立場に鼻薬を嗅がせていたのか?」
ダメ元でやってみたその結果に、おれは呆れた声を出してしまう。
一方のホルンはといえば、腕組みして「むむむ」と唸っていた。
「まさか、この星がこのような姿だったとはな……」
「ホルンさんって地図とか見たことない系の女子だったんですか」
「このようなものがなくとも、行き先を迷うことなどない。宇宙に出たとき、じっくり観察すればよかったのかもしれぬ」
体内に天然のGPSでもついているのかね。
鳥や魚や星鮫にもついているし、竜がそれくらい持っていても全然おかしくはないのだけれど。
高次元を自在に認識し、三次元に囚われず移動できるとしても、何らかの指針、目印は必要だと思うのだよな。
実際にこいつは、昨日も一昨日も、くさびがどうとか言っていたし。
「そういえば、今日は玄関からやってきたってことは、くさびとやらは打ち込んだのか?」
「うむ、庭に置いておいたぞ」
どれどれ、と窓から壁に囲まれたこの屋敷の内庭を眺めてみれば……。
うん? 特に変化はない気がする。
「ほれ、そこの隅だ」
「あー、そういえばあの一抱えありそうな黒い丸石、昨日まではなかった気がする」
「あれが、われのくさびだ。あのポイントに下りるから、動かすでないぞ」
「了解、あとで清掃ドローンに登録しておくわ」
何十年もの間、陛下が訪れぬままこの屋敷が放置されていても綺麗な状態を保っていたのは、普段は屋敷の地下倉庫で眠っているドローンたちが頑張ってくれていたからである。
メイシェラが、これまでドローンがやってくれていた屋敷の清掃の一部を自分がやりたいと言い出したため、おれは先日、一日かけてマニュアル片手に苦労して掃除ドローンの設定をいじった。
旧式かつスタンドアロンのため、最新の状態にアップデートされた管理AIによる一括管理ができなかったのである。
これまではどうしていたのかと思いきや、どうも定期的に陛下の部下が屋敷に降り立ち、細かい調整をほどこしていた形跡が見受けられた。
そこまでして、守り続けていた屋敷なのだ、ひょっとしたら、まだ何か秘密でもあるのかもしれないが……。
うーん、別にそういう秘密、発見されなくていいなあ。
それよりも、本腰を入れて研究活動に入りたい。
まあ、なぜかいま、竜に協力して密猟者を発見する、なんてことをしているわけだが……。
「この円の中央に何がある? 拡大してくれ」
衛星軌道上の惑星管理センターにアクセスし、一帯のさらに詳細な地図をダウンロード、卓上ホロに展開する。
一見、ただの鬱蒼と茂った森にしか見えないのだが……。
上空からの映像を見たホルンが、低い唸り声をあげた。
「泥呪樹海であるな。こうして映像で見るぶんには何でもない森だが、この上を竜が飛ぶ竜は、古きイアシュの呪いを受け、ひどい頭痛を覚える。場合によっては墜落するということで、竜の間でも忌み嫌われている場所だ」
「ホルン、きみでもか」
「われでも、である。もう二千年以上、ここには近づいておらぬ。このような場所に潜むとは……なかなか、考えたものだ」
泥呪樹海、か。
竜が嫌がるような場所、ねえ。
「古きイアシュの呪いって?」
「数千万年前、竜の禁忌を破ったイアシュは同族によって殺され、その肉体はこの地に封印された。しかしイアシュは死なず、心だけとなってこの地に残り、竜の子孫を呪い続けているという。うう、おそろしい話じゃ……」
ホルンは震え上がっていた。
普段の余裕が、見る影もない。
「呪い……」
「兄さん、そのようなものがあるのですか」
「この星のエルフは魔法を使うという。別に竜が呪いを使っても不思議じゃない」
「はあ」
我が妹はピンときていないようだが、ヒトは己の生まれ育った星を離れ、宇宙のさまざまな場所に赴くにつれ、己の常識がいかに狭いものか悟った。
時空を超越する
いや、でも、待てよ……?
ふと思い立って、今度は惑星管理センターから地磁気のデータを呼び出し、地図に重ねた。
果たして、泥呪樹海の周辺では、強い地磁気の異常を訴えている。
「これは、何じゃ?」
「磁気異常だ。地下にでかい金属鉱でもあるのかもしれない。竜の鋭敏なGPSが干渉を受けて、結果、頭痛を覚える……ということか?」
「ふうむ、わからん。とにかく、呪いではない、と」
そんな非科学的な、とは断言できないのが難しいところである。
が、そこはあえて笑い飛ばしておく。
「もし本当に呪いがあるなら、密猟者が平気でいられるはずがないさ」
「むう。それも、そうか」
「問題は、何でこんな場所がいままでずっと放置されていたか、なんだが……。いや、でも輸送船の航行ルートからは外れているし、周囲にヒトも住んでいない。でも竜の縄張りの中にある。放置しても問題なかった場所なのか?」
「それは、そうであるな。おぬしらは沿岸部以外に興味がない様子であるからして。このような場所に住む者は珍しい」
そうなんだよな、この丘の周囲は何百キロも深い森に覆われている。
いちおう、エルフと呼ばれる環境適応人類が森の中に暮らしているらしいが、そいつらは細々とした原始的な生活を維持していて、人口も少ないらしい。
「とにかく、この場所をもう少し詳しく調べてみよう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます