若くして引退した銀河帝国元帥は辺境の星でオーヴァーロードと暮らしたい

瀬尾つかさ

第1話

 初めて竜と出会ったのは、このおれ、ゼンジ・ラグナイグナが銀河帝国元帥の座から追放されてから二十日ほど後。

 惑星フォーラⅡに降り立って二日目のことだ。


 前日が、おれの三十四歳の誕生日だった。

 義理の妹にしていまや唯一の家族である十五歳の少女メイシェラが、「五年ぶりに兄さんの誕生日を祝えました」と喜んでいた。


 五年ぶり、か。

 今やたったひとりとなった家族に、こんなにも寂しい思いをさせてしまった。


 そのことに、今更ながら気づいてしまう。

 帝国軍にいる間はそれだけ忙しかったということなのだが……。


 おれは、次の誕生日も、次の次の誕生日もメイシェラと共に祝うことを約束した。

 なにせもう、二度と軍に帰ることはないのだから。


 この地で、第二の人生を生きるのだから。



        ◇ ※ ◇



 総督府に赴き、お飾りの総督に挨拶した、その帰宅途上である。

 小型艇に同乗していたメイシェラは、総督のそっけない対応にぷんすか怒っていた。


 彼女は今日もメイド服で、おれの従者でござい、といった顔で総督との会見についてきたのである。

 で、総督のおれに対する粗雑な扱いにキレている、というわけだ。


 その場でキレなかったのは偉い。

 花丸満点をあげよう。


「兄さんは帝国の元帥なんですよ! 提督なんですよ!」

「元帥だった、な。元提督」

「軍を退役しても、勲章は消えません! 兄さん、もっと勲章をつけて行けばよかったのに……」

「あれ重いんだよ。じゃらじゃらしてるし……」


 いまのおれは現役時代の軍服を着ているが、胸の勲章は最低限のものだけだ。

 引退したとはいえ、帝国において軍服は礼服でもある。


 軍では、なんかやたらと勲章を貰った。

 陛下のお命を救ったとか、未知の脅威に対処したとか、星をいくつ守ったとか……。


 おれは勲章のために仕事をしたわけじゃないし、本当はこの帝国軍の礼服だって、堅苦しくて苦手なのだ。

 なのに、いつの間にかとんとん拍子に出世してしまって、気づいたら艦を下りて提督府で一番上にまで至っていただけのことである。


「ですが、帝国の歴史でも兄さんほど速く出世した人はいません」

「たまたまだ。運がよかっただけだよ」

「豪運提督、ですからね」


 おれのふたつ名だ。

 ちなみに、最初に呼んだのは陛下であり、そのままふたつ名、通称として定着してしまった。


 あの方は、それをげらげら笑っていたものである。

 悪戯好きな方だった。


「ですが、運だけで七つ大戦の英雄と呼ばれるものですか」


 そこはまあ、まわりに優秀な人がいたからね。

 別に、おれひとりの手柄というわけじゃない。


 時刻は間もなく夕方で、この星系の黄色い太陽が西の空に沈みつつあるころ。

 自家用の小型艇で丘の上の一軒家に向かって一直線に飛んでいたところ、眼下の森の中にきらりと光るものを発見したのだ。


 自動運転を解除して小型艇を近づいてみれば、地面にうずくまる爬虫類のような生き物がいた。

 その生き物の全身を覆う青銅色の鱗が、光を反射してきらきらと輝いていたのである。


 竜。

 そのときおれが発見した存在を、ヒトはそう呼ぶ。


 前脚、後ろ脚とは別にコウモリのような翼がついていた。

 発見した個体は全長は五メートルほどもあり、おれが乗る流線型の小型艇よりひとまわり小さいくらい。


 おれは小型艇を竜から少し離れた森の空き地に着地させ、キャノピーを開いて操縦席から飛び下り、地面に着地した。

 草木の萌ゆる濃厚な臭いが鼻を突く。


「危険です、兄さん」


 メイシェラが助手席から身を乗り出して、叫ぶ。

 おれは彼女を振り仰ぎ、「大丈夫だ」と笑ってみせた。


「竜は賢い。こちらに害がないと示せば、噛みつかれることはないよ」

「あの口の大きさなら、噛みつかなくても、兄さんなんて丸呑みでしょう」


 義妹は警戒した様子で反論する。

 おれを心配してくれるのは嬉しいが、兄をもう少し信じて欲しい。


「そもそも、兄さん。竜は帝国法が認めた高次元知性体オーヴァーロードです。こちらからの接触には許可が必要です」

「そこは問題ない。あそこにいる竜は、子どもだよ。大人の竜は全長が二十メートル以上になるという。帝国法が高次元知性体オーヴァーロードと認定したのは、成体の竜だけだ」


 この惑星フォーラⅡに原住する生命体である竜は、成長するにつれ知性が向上し、ある一定の閾値を超えたところで生命の位階が変化する。

 存在そのものが高次元にまたがる知性体。


 高次元知性体オーヴァーロードに。

 それが、成竜だ。


 既知宇宙全体を見渡してもたったの二十七種しか存在しない、高次元知性体オーヴァーロード

 そのうちの一種が、この惑星フォーラⅡにのみ住む竜の成体という存在であった。


 竜の成体が暴れた記録は、帝国軍のアーカイブに三件、残っている。

 おれはそのうちの一件を思い出す。


 燃えるような紅色に輝く鱗に覆われた、全長三十メートルほどの爬虫類に似た巨大な存在。

 流線型のボディを持つ、華奢ながら美しいその生命体が、漆黒の宇宙空間で自ら輝きながら、全長一千メートルはある戦艦に突撃していく。


 戦艦から無数のビームとミサイルが放たれるも、竜は全身に展開した力場のようなものでそれらの攻撃をすべてカットして無傷。

 慣性を無視した稲妻のような動きでみるみる距離を詰め、体当たりを行った。


 竜の突撃は戦艦の重装甲を紙のように貫通する。

 そのまま弾丸のように飛んで、艦の中央にあった動力炉を破壊、そのまま反対側から飛び出した。


 戦艦は内部から誘爆を起こし、やがて爆沈。

 銀に輝く竜は無傷のまま、惑星フォーラⅡに戻っていった。


 帝国とこの星が接触した際の出来事であるらしい。

 この星に赴任する武官には必ず見せられる映像とのことで……。


 一方、目の前でうずくまっている幼竜には、そこまでの知性も武力はなかった。

 それでも犬や猫などは比較にならないほど高い知性を持っているし、成長段階によっては会話すら可能であるという。


 おれは両手を持ち上げて、何も持っていない無害なヒトであると示しながら、ゆっくりと赤い鱗の竜に近づいていく。

 距離を詰めるにつれ、相手の状態がわかってきた。


 竜の翼が、折りたたまれず、不自然に曲がっている。

 翼が折れて、飛べなくなって、不時着したのだと理解した。


 よくよく見れば、竜の鱗には弾痕がついている。

 ひどく痛々しい姿だった。


「もしかして、銃で撃たれたのか?」


 声をかけてみれば、子竜はおれの方に鎌首をもたげ、縦に割れたルビーの双眸で睨んでくる。

 おれのことを、銃弾を撃ち込んだ者の仲間だと思っているのかもしれない。


「おーい、メイシェラ! 治療キットだ! 操縦席の足もとにある白い箱!」

「これですね、兄さん」


 メイシェラは両手で抱えるほどの大きさの箱を持ち上げ、操縦席から飛び降りてきた。

 本当は、どちらかひとりは操縦席で待機し不測の事態に備えてしかるべきなのだが、いまはそれより優先されるべきことがある。


 竜は口を開いて赤い舌を出し、こちらを威嚇してくる。

 おれは、陛下から教わった、竜を慰撫する仕草を披露した。


 腰を落とし、両腕を左右に広げて、その腕を上に。

 ぱん、と叩く。


 すると竜は、驚いた様子で動きを止めた。

 双眸が、戸惑うように動く。


 おれは何度か、その仕草を繰り返した。

 竜は首をゆっくりと地面に下ろす。


「落ち着け、落ち着け――そうだ、こっちに敵意はない。お願いだから、傷を見せてくれないか」

「兄さん、何をしているんですか!」

「この星に来る前、昔の入植者が書いた本を読んだんだが……」


 おれは本の内容を思い出しながら、メイシェラから治療キットを受け取り、一歩ずつ近づいていく。

 竜は、地面に頭をくっつけたまま、その場を動かない。


 竜の側面にまわり、傷ついた翼の前に立った。

 治療キットの中から細胞活性化ジェルのスプレーを取り出し、傷ついた翼にスプレーを吹きつける。


 白い泡が翼を覆い、もこもこと泡が蠢いた。

 竜は痛みに目を閉じ、か細い声で鳴く。


「少し痛いかもしれないが、我慢してくれ。万能細胞は、この星の生き物が相手でも効果を発揮するはずなんだ」


 竜はうずくまったまま、視線だけをこちらに向けた。

 よく考えたら、おれの言葉は通じているのだろうか、と疑念を抱く。


 いちおう、この地の言葉は催眠学習してきたし、上手く使えていると思うのだが……。

 いや待て、この言葉はあくまでヒトの間で通じるもので、竜はまた別の言語を?


 しまったな、と首の後ろを掻く。

 が、はたして。


 竜はゆっくりと、ぎこちなく、口を開いた。


「あり、がと、お」

「喋れるのか」

「すこ、し」


 竜の幼体でも、ある程度大きくならないとヒトとの会話は難しいという。

 そもそも、ヒトの言葉を覚えている個体もあまり多くないと資料にあった気がする。


「この泡はきみの傷を治療するものだ。無理にこそぎ取ろうとはせず、身を任せてくれ。泡は役割を終えたら勝手に消える。そうなったら、もう飛び立てるようになっているはずだが……無理はしないでくれよ」


 と――ぶうん、という唸るような音を耳にして、夕焼けに染まる空を見上げた。

 円盤型のドローンが樹上を飛んでいた。


 おれは腰の銃を素早く抜いて、ドローンめがけ引き金を引く。

 銃弾はドローンの中央を見事に射貫き、ドローンは煙をあげながら樹木と樹木の間に落下していった。


「見つかったかもしれん。動けるか」

「へいき」

「そうか」

「かん、しゃ」


 竜は前脚の爪で、剥がれた己の青銅色の鱗を器用につかみ取り、それをおれに差し出した。


「あげ、る」

「きみたちにとっては、親愛の印だったな。ありがとう、受け取るよ」


 幼竜は数度、羽ばたくと、ちから強く地面を蹴って空に舞い上がった。

 おれとメイシェラは上空の幼竜に何度も手を振った。

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