魍魎達の輪舞曲(ロンド)
Mr.M
プロローグ
第1話 女
下弦の月が出ていた。
日没から徐々に気温が下がり
夜風がいよいよ秋の到来を告げていた。
歓楽街の喧騒を逃れて
人影が1つ、
街灯のない川沿いの小道を
ポツポツと歩いていた。
川沿いに立ち並ぶ柳が
風に揺れてささやかな音を立てた。
そして月明りがぼんやりと人影を照らした。
肩まで伸びた漆黒の髪が風になびいていた。
細く整った上がり眉の下には
切れ長の鋭い目があった。
高くツンと上を向いた鼻に薄い唇。
健康的な褐色の肌。
女にしては凛々しすぎて、
男にしては美しすぎた。
亜麻色のパーカーに
同じく亜麻色のスウェットパンツ。
175センチ程の細身の体だった。
パーカーの前が開いていて
消炭色のTシャツが覗いていた。
そのTシャツの胸の辺りが
僅かに盛り上がっていて、
それがこの人物が女であることを
如実に物語っていた。
女の行く道の先に
古い煉瓦造りの橋が架かっていた。
橋名板には「三本橋」の文字が読めた。
今、その橋を渡り終えた3人の男達が
女の方へと進路を変えた。
先頭を歩いているのは
180センチ以上ある大男で、
体重も優に100キロは越えていると思われた。
髪は闇の中でもはっきりとわかる金髪だった。
もう1人は短い髪を立てた痩せ型の男だった。
男の左の眉には「Joker」という文字が、
右の頬には「蝶」の柄のタトゥーが
彫られていた。
最後の1人はサングラスをかけた坊主頭で
口髭と顎鬚を蓄えていた。
筋肉質だったが3人の中で一番背が低かった。
「リーリー。リーンリーン」
その時。
どこからともなく
美しくも悲しげな虫の音が聞こえた。
男達は女の姿をみとめると足をとめた。
一方、
女は歩調を緩めることはなく
男達の方へと歩を進めていた。
「生成玲(なまなり あきら)だな?」
女の前に金髪の大男が立ち塞がった。
女はそれには答えず
男を見上げると
右手で髪を掻き上げた。
「まさか・・本当に女だったとはな」
「ひっひっひ。
しかもイイ女じゃねぇか」
金髪の大男に続いてタトゥーの男が口を歪めた。
「おい、変な気を起こすなよ、ツヨシ。
俺達は貰った金の分の仕事をすればいいんだ」
2人の後ろから坊主頭の男が窘めた。
「そう固いことを言うな、ゴロウ。
俺達にも息抜きは必要だ」
金髪の大男がツヨシと呼ばれた男の肩を持った。
「ひっひっひ。
シンゴの言う通りだ。
仕事はするが
その内容までは指示されちゃいねえ。
ただ殺すだけってのはつまらねえ。
たっぷり嬲ってから殺してやるよ」
そう言うと
タトゥーの男はどこからかナイフを取り出した。
柳が風にそよいだ。
雲が月を隠して周囲に闇が落ちた。
「・・とりあえず。
少し痛い思いをしてもらうぜ。
女の悲鳴は最高のオカズだからよぉ」
金髪の大男の手が女の左肩に掛かった。
女は怯むことなく男の手首を右手で掴んだ。
「ふひひひ。
力比べか、お姉ちゃん?」
金髪の大男がにやりと口元を歪めた。
女が小さく溜息を吐いた。
そして面倒くさそうに
掴んだ男の手首を捻り上げた。
「い、痛えぇぇぇ」
男は声をあげて膝をついた。
女は男の手首を握ったまま
左手を男の肘に添えると
右手を真下に落とした。
ゴリッという鈍い音と共に
男の「ぎゃああああああ」という声が響いた。
間髪を入れず女は左足を男の延髄に叩きつけた。
男の口から「ぐぅぅ」という呻き声がして
男は顔から地面に崩れ落ちた。
「て、てめえぇぇぇ!」
それを見たタトゥーの男が駆け出して
女へ向けてナイフを突き出した。
「えっ?」
男のナイフは女の体に届く前にとまった。
女の親指と人差し指が
ナイフの刃をきっちりと挟んで受け止めていた。
男が体重をかけても
ナイフはピクリとも動かなかった。
不意に女が体を引くと男の体勢が崩れた。
続いて風を切る音と共に
女の左手の背刀が男の喉を撃った。
プシュー!
という空気が抜けたような音がして
男が背後に倒れた。
男は白目を剥いて口から泡を吹いた。
その時、
坊主頭の男が
手にした警棒を女の左側頭部に叩き込んだ。
ゴッッ!
という鈍い音がした。
「ほう。
逃げ出さずに攻撃を仕掛けてくるとは。
その勇気だけは褒めてやる」
女が男の方に顔を向けた。
その瞳が赤く光っていた。
柳が揺れた。
雲が流れふたたび月が顔を出した。
女のこめかみを一筋の液体が流れた。
月明りを浴びてそれは青白く光って見えた。
「ば、ば・・ばけもの・・」
女の口元が僅かに緩んだ。
次の瞬間、
女が地面を蹴って男に飛び掛かった。
女の右手が男の顔面を覆った。
5本の爪が男の肌に食い込んで
幾筋もの赤い血が垂れた。
「あがあぁぁ」
男が声にならない悲鳴をあげた。
男は必死に女の右腕に攻撃を叩き込んだ。
しかし。
女はそれを物ともせず
男の顔面を掴んだまま持ち上げた。
男の足が宙に浮いて、
男は足をバタつかせた。
男の手が何かを求めて空中を激しく彷徨った。
ミシミシミシという骨の軋む音に
「うがあぁぁぁぁ」
という男のくぐもった悲鳴が重なった。
直後。
ブフッ!
というごく小さな爆発音がしたかと思うと
先程まで暴れ回っていた男の両手両足が
糸の切れた操り人形のようにだらりと垂れた。
「リーリー。リーンリーン」
美しくも悲しげな虫の音が聞こえた。
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