8-2
校舎の方へ戻ってくると生徒の姿もまばらだった。
用のない者は帰っているし、部活がある者はそれぞれの場所に集まっている。
あたしが放課後を過ごすのは双葉と友梨奈しかいない。
夕凪とつるんでばかりもいられないのだ。
これからどうやって日常を取り戻そうか。
キリコにうまく出し抜かれて歯がゆい思いだ。
草加さんから話を聞いて何が起こったかは把握した。
でも、どんなことが真実であっても、それを説明したところで、ちょっとズレれば元に戻るのはたやすいことではない。
居心地の悪さが拭えないなら、ムリして戻るのはしんどい。
だけど、そこに戻るしかないんだ。
今さらほかのグループにすり寄ったりするのもイヤだ。
そうなったら双葉と友梨奈の悪口でいいわけをして、グループを離れた理由をいわなくちゃならないし、無駄な対立を生むことになってしまう。
あたしだってそんなことはしたくない。
疲れてしまうもの……
「音無さん? 大丈夫?」
夕凪は消沈しているあたしを気遣って声をかける。
「うん……」
「キリちゃんがあんなこといわれてたとはね。先輩と音無さんと、板挟みってやつ?」
あたしはぶるんぶるんと首を振った。
「いや、ぜんぜん違うから。キリコが勝手にあたしを巻き込んだんだよ。ちゃんと話してくれたら、しっかり振られたんでご心配なくって、いってあげたのに」
夕凪は小首をかしげてしんみりといった。
「うーん、キリちゃん、本当に九重先輩のことが好きなのかも」
「まさか」
あまりに高嶺の花すぎて、好きという感情より先にあきらめそうだ。
けど、夕凪は全然そんなことは思ってないみたい。
「好きな人のことはさ、そんな、軽々しくいえないじゃん。だれかに丸投げなんて絶対イヤ。自分でなんとかしたいもん」
「そうだけど……」
それは本当にそう。
夕凪が陽向くんのことをよく知ってるからといって、夕凪に任せて陽向くんに近づけても意味がない。
中身はあたしじゃないんだから。
そんなことでは陽向くんが自分の方を向いてくれていると実感できないから――
「あ……」
陽向くんだ。体操着姿の陽向くんがバッグを背負ってこっちへ向かって走ってきている。
夕凪もそれに気づいたようでそわそわしている。
「どうしよう、まだいってないんだよね?」
「うろたえるな、まだいってない」
そういってはみたものの、こちらもドキドキしていた。
陽向くんなら、入れ替わりを信じてくれるはずだ。
思い切って陽向くんに手を振ってみる。
「ちょっといい?」
これから部活なのだろうが、陽向くんは足を止めてくれた。それも、気まずそうに。
「……ああ、また出会っちゃった。オレ、邪魔じゃない?」
「違うの! あたしたち、入れ替わってしまったの!」
夕凪の姿のまま、思いっきり音無花音って感じのしゃべり方をして訴えた。
陽向くんは夕凪の口調に引っかかりを持ってくれたようだ。
「ん? ……ええっ! 入れ替わったって……ふたりが?」
陽向くんは唖然とあたしたちの顔を見比べている。一度だけでも信じられないのに、またしても入れ替わるなんて。
「本当に?」
陽向くんは改めて問いただした。夕凪がこくりとうなずく。
付き合っていることを隠すためのへたなウソみたいだけど、ほんとのほんとの本当だよ!
キリコのときみたいに中身が違うって気づいてほしい。
お願い、嘘だなんて言わないで。
夕凪も若干焦っているみたいだった。早口に伝えようとする。
「きのう、音無さんが車にひかれそうになって――」
「えっ、ちょっと待って、車に? なに? ええ?」
混乱している陽向くんにあたしたちはゆっくり順を追って、説明していった。
「――ということなんだけど」
あたしが息をつくと、陽向くんは「信じられない」といった。そしてすぐさま首を振った。
「ああ、違う、信じてる。嘘だと思ってないよ。そういう意味じゃなくて、またそんなことが起こるなんてさ」
「あたしもびっくりしてる」
あたしが率直にいうと夕凪もうなずいた。
「うん。驚いた。入れ替わりの方法とか知らないし。どうしてこんなことになったのか……」
しれっとそんなことをいう夕凪をつっこんだ。
「そんなこといって、入れ替わった瞬間、たいして驚いてなかったでしょうが。平然とあたしのふりして友達と仲良く帰って行ったじゃない」
「音無さんだって、普通に夕凪風太になりきろうとしてたよ」
「それはそうでしょうよ。みんなの見てる前で、あたしの体返してとかいえないし!」
「こっちだって、多少のことは知ってたし、驚いてる場合じゃなかったし!」
「あ、あの……」
陽向くんが言い合うあたしたちを止めにかかる。
興奮していたあたしたちは我に返ってシュンとなった。
「……ごめんなさい。また日向くんまで巻き込んじゃって」
「それはいいんだ。でも、なんとかしたいよね。その場にキリコもいたんでしょ。気づいてないの?」
「どうかな」
あたしは夕凪を見下ろした。この背の高さはまだ慣れない。
けど、夕凪はあたしより女の子っぽくきゅっと口を結んで「うーん」とうなっていた。
「気づいてるとは思うんだよね。こっちは音無さんのことよく知ってるわけじゃないから、キリちゃんの話に合わせてたんだけど、どうやらそれがウソのようで」
「キリコが? どんなウソを?」
それは陽向くんに聞かれたくないことだった。
「いや、あの、それはいいの」
あたしは慌ててはぐらかす。
夕凪から話を聞いてあたしは頭に血が上って思考がストップしてしまっていたが、考えてみればキリコは気づいているに違いなかった。
キリコはあたし――とはいっても夕凪が中身の音無花音――がいるところで、幼なじみの陽向に近づくためにすり寄ったと嘘をついている。本物の音無花音なら全否定してむしろキリコに三人がかりで制裁を加えているところだ。
でも、夕凪はそんなことを知らないから話を合わせてしまった。
それでキリコは入れ替わりを確信しているはずだった。
あたしはふたりに向き直った。
「ともかく、気づいているはず。キリコにも、もう一度話しを聞いてみようと思って」
「それがいい。オレじゃ役に立たなそう」
陽向くんが申し訳なさそうにいうと、夕凪は首を振った。
「いいんだよ。陽向には、まず誤解を解いておかないといけないなって思ったから」
「そうだよな、ふたりが付き合ってるとか、なんとなく不思議なかんじがしてたんだ」
「不思議って?」
あたしが疑問を口にすると、今度は夕凪はさえぎった。
「気にしないで。陽向は部活でしょ。引き留めてごめん」
「ううん。大変な目に遭ってるんだからさ。力になれることがあったら言ってくれよな。じゃあ」
陽向くんが走って体育館へ向かうと、なんだかホッとした。
入れ替わりを信じてくれたし、ちゃんと誤解を解くこともできた。
「まずひとつは解決だね」
「言いふらすようなヤツじゃないけど、一応ね。付き合ってると思われたままだと、あれだし」
そうはっきりと誤解を解きたかったと言われるのもあれだけど。
まぁ、ハプニングで陽向くんと接点持てたぐらいの前向きさでいよう。
あたしはパチンとひとつ手を打った。
「よし、キリコのところへ行くか」
「音無さんとキリちゃんが元に戻ったんだから、きっとキリちゃんがなんとかしてくれる」
夕凪はかわいらしく、胸の前でにぎりこぶしをつくった。
「もう。楽観的だなぁ。キリコはあたしのこと、あまりよくは思ってないよ。関係ないとかいって、取り合わないかも」
ナーバスなあたしに夕凪は微笑んだ。
「大丈夫。夕凪風太の力にはなってくれるよ」
「なにいってんの。幼稚園が一緒だっただけでしょ?」
「それをいわないでよ」
あたしたちは文句を言い合いながら、キリコのうちに向かった。
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