キミ feat. 花音 ~なりきるキミと乗っ取られたあたし

若奈ちさ

1章 なんであたしがカーストど底辺に!?

1-1

 もうすぐ雨が降りそうな予感。

 あたしの髪の毛がそう告げている。

 湿気が多いと、くせっ毛が広がってくるからちょっとブルー。

 美容院の予約は三日後だ。ストレートパーマをかけて、毛先を切る。

 その代金はお年玉から十二ヶ月分すでに確保してある。それくらい、重要。

 美容師のナミキさんはきれいな人で、そういう人にスタイリングしてもらって「かわいい」って言われると、それだけでこの先一ヶ月、あたしは大丈夫って思える。


 もしもきらびやかでいることに苦痛を感じるなら、早くその席を明け渡したらいい。だって、その椅子に座りたい人はいっぱいいるんだもの。

 女王気取りといわれようとも、ちやほやされるのは誰だって気持ちいいでしょ?


 だけど、あたしは渡さない。蹴落とされるより蹴落としたい。

 積み上げられた足下は、組み体操のピラミッドみたいにぐらついているけど、ガシガシ踏みつけてやるわ。

 あたしはあたしらしく。そうあり続けなくちゃいけない。


 きょうも気合いを入れて校門をくぐる。

 お供に連れているのは双葉と友梨奈。ここも微妙なトライアングルだったりする。二対一にならないように腹の探り合い。

 うちのクラスには絶対的な女王はいなかった。

 だからしっかりとタッグを組んでいるように見せかけなきゃいけないし、万が一、ここからハブられでもしたら、コロコロ坂道を転がり落ちていくだけ。


 落ちてしまったら這い上がれるかって?

 そんなのはムリ。誰も救ってはくれないし、もがいても蟻地獄のように砂に飲まれて終わり。

 中学校生活はあと一年半も残っているんだから、次の仕切り直しまで待つのは、ほんと、絶望でしかない。


「アハハ。キリコでしょ。誰が言い出したのか、盆踊りって。どうやったらあんなにダサく踊れるの」

 あごが外れそうなほど大笑いしているのは双葉だった。


 歌に合わせて踊る動画。最近あたしたちの周りで流行っていた。

 チェーンメールみたいに回ってきて、続きを踊ってどんどんつなげていかなくちゃいけない。

 やらなくっちゃいけないなんてことはないのに、ダンスが好きな双葉がノリノリではじめると、やらないという選択肢はない。

 なぜだかそういうふうにできている。


「うける」

 あたしはそういって受け流した。


 かわいく上手に踊れる子がいて、そうでもない子たちがいて、その下の方に笑い者にするのに最適な子たちがいる。

 ひどいことをいってるつもりはない。

 笑ってあげてるんだよ。

 おもしろがっているに過ぎないという、みんなの共感。

 キリコはみんなから笑えるって共感されてるの。


「やばい。まじで。あのあとどうしろっていうの?」

 友梨奈もおかしくてたまらないといったふうにバカにする。


 キリコは楽しい獲物だった。

 なじられてもおとなしく、つらいことしかないような毎日でも学校にちゃんと来るし、自分自身を高めて向上しようっていう気がさらさらない、ど底辺にいる女子だ。

 もはや天性かってほどそのポジションにはまってる。


 キリコが自分の意見をいうことはない。面倒なことを頼めば「いいよ」って、すぐに了承する。

 頭は悪くないし、そつなく物事をこなす。とんでもないグズじゃないところがキリコのいいところだ。

 不服そうな顔はしないけど、死んでるような愛想笑いはに気づかないふりしてキリコに押しつける。


「キリコがやってくれるっていうんだもん」といえば先生だってだまされる。

 だまされるっていうかもう、キリコはいい子だねって、先生にほめられるんだからキリコだって損ばかりじゃないはず。


 あたしたちは朝っぱらから楽しい気分になって校門をくぐる。

 上履きにはきかえて教室に向かった。

 始業時間はもうまもなくで、ぎりぎりに登校してくる生徒でごった返していた。


 あたしたちはかまわず足並みそろえて横並びで階段を上る。

 二、三段上ったときだ。

 ふいに右手首がつかまれた。


 右隣にいる双葉を見たが、彼女がつかんだわけではないらしい。

「ん?」

 と、双葉に不思議そうな顔をされ、じゃあいったいこの手は誰だろうと振り返ったそのときだ。

 握られた手がぐいっと強く引っ張られて足を踏み外した。


「うぁっ!」

 空中に投げ出されたようになってあせるなか、振り返って正面にいた人物に度肝を抜かれた。


 霧島桐子――?


 階段の下からあたしの手を引っ張っているのは、さっきから笑いものにされている張本人、キリコだった。

 あたしはそのままキリコに向かって落ちていく。とっさにキリコに抱きつき、キリコもあたしの背中に手を回して受け止めると、そのままあたしたちは階段下に倒れ込んだ。


 天地がひっくり返ったみたいに目が回り、腰に強い衝撃を受けた。

 悲鳴を上げたように思ったがどうだろう。痛すぎると逆に声にならないのかもしれない。

 なんだってこんな目にあわされなきゃならないの。

 文句をつけようにも、うめくことさえできない。


「ちょっと! 大丈夫!?」

 大げさに声を上げて双葉が飛んできた。


 でも、双葉が駆け寄ったのはあたしじゃなかった。

 何が起こったかわからないといったふうの友梨奈も駆けつけて、倒れているキリコの身を案じて背中をさすった。


 なんで……なんでキリコなの?

 あたしはこっちだよ……?

 どうしてよ。キリコが引きずり落としたんだよ?

 被害者ぶってうずくまってるキリコにだまされないで。


 体を強く打ち付けたせいで、苦しくて、声が出ない。

 キリコはふたりに手助けされながら身を起こした。


 ――あれ?


 なにか違和感がある。なにかがへんだ。

 キリコだったよね、あたしを引っ張り落としたのは?

 キリコってそんなに髪が長かったっけ?


 苦しそうにうつむいているキリコをよくよく見る。

 さらさらと垂れ下がった長い髪に顔が隠れていてよく見えない。

 キリコは双葉と友梨奈に両脇を支えられ、ふらふらと、ほっそりとした足で立ち上がった。

 右足が痛むのか、かばうようなそぶりをする。


 前屈みになっているけれど、それでも両脇のふたりよりもキリコの方が背が高いように見えた。

 やっぱり、目の前にいるのがキリコのように思えない。

 スタイルがまったく違うのだ。

 ずんぐりとしたキリコだったら、大きなカブでも抜くみたいに、「よっこらしょ」とかけ声いいたくなるような、大きな尻してたじゃない。


 キリコを凝視していたら双葉がこちらをキッとにらんだ。

「どういうつもりよ。危ないでしょ。二度と近づかないで」


 どうしてあたしがそんなこといわれなきゃならないの?

 悪いのはキリコでしょ。


「歩ける?」

 友梨奈にそう声をかけられたキリコはゆっくりと顔を上げ、長い髪の隙間からこちらをのぞき見た。


 え――? あたし?


 ふたりに抱えられているのは、このあたし、音無花音だった。

 どうなってるの?

 まさか、幽体離脱? あたしの体からあたしの魂が抜け出したの? あたし、死んじゃったの?


 違うよ、落ち着いて。

 あたしは生きてる。

 さっき、双葉はあたしに向かって二度と近づくなって、言い放ったよね? そんなこといわれる筋合いないけど、あたしはここに存在している。


 あたしは両腕で自分を抱きしめてみた。

 大丈夫、ちゃんと存在してる。あたし、ちゃんと生きてる。

 なのに、なぜ目の前にあたしがいるの?


 友梨奈は落ちていたバッグを拾い上げ、あたしには目もくれず、「行こう」とうながして三人は階段を上っていった。


 それは――。

 声をかける暇もなかった。

 そのバッグ、あたしの。


 学校指定のみんな同じバッグ持ってるけど、わかるよね? 三人で買った、同じデザインのイニシャルキーボルダーがついている。あたしのは『K』だよ。知ってるよね? どうしてなの?


 ひどい仕打ちに目の前が真っ暗になった。

 双葉と友梨奈とキリコでなにかをたくらんでいたの?

 あたしがハブられる理由なんてないよ!


 薄暗い階段下であたしは転げ落ちたまま立ち上がれない。

 あたしのそばに誰かが立って、人影が落ちた。

 みじめだ。どうせ笑うんでしょ。

 けれどもその声は落ち着いていた。


「どうした?」


 予期せぬことに、最悪だ、とまず思った。声を聞いただけでわかる。

 どこから見られていたのだろう。階段から転がり落ちるだけでも恥ずかしいのに、友達に助けられることもなく、それどころか置いていかれてひとりぼっちだなんて、ここから消えていなくなりたいくらいだ。


 恐る恐る見上げる。

 やっぱり日向陽向だった。あたしが密かに思いをよせる陽向くん。

 きっとあざ笑うつもりなんてなくて、ただ心配してくれてるだけなんだろうけど、もっと別の機会に近づきたかった。


 神経すり減らしてここまでやってきたのだって、誰が見ても陽向くんにふさわしいと思われる子でいたかったから。

 陽向くんはそれくらいにイケメンだし、女子から圧倒的な人気を得ている。

 中途半端なことではやっかみで蹴落とされる。


 陽向くんと付き合えても、クラスで孤立するのは耐えられない。

 ぼっちになったあたしを見たら陽向くんだって距離を置きたくなるはずだ。

 陽向くんに告るには、それなりの準備が必要なのだ。


 陽向くんは身をかがめて顔を近づけると、あたしの二の腕をがっちりとつかんだ。

「立てるか?」

 血の気が引くような思いなのに、あたしの頬はほてってきた。

 それを隠すように小さくうなずく。


 陽向くんの力添えもあったが、体が重い。

 打ち付けた腰も痛いし、思うように体が動かない。

 くいしばってどうにか立ち上がる。

 スカートについたほこりが気になってはたいた。


 ――あれ?

 なんかヘン。スカートの裾が長い。膝頭がすっぽりと隠れている。

 やだ! まさか、スカートがずり落ちているとか?

 慌てて腰回りを確かめるが、ホックはとまっていた。


 どういうことだろう。

 さらに視線を下げると、くそダサい靴下をはいていた。学校推奨の白いスクールソックスだ。

 入学当初はどんな格好をしたらいいのかもわからず、それをはいていたが、一週間もしないうちに捨てたはずなのに、なんでこんなのはいてきちゃったんだろう。


 そんなことより、片方だけ上履きをはいてない。

 どこへいったのだと周りを見渡せば陽向くんが拾い上げていた。

「はい」

 差し出された上履きには『キリコ』とデカデカとマジックで書き込まれていた。


 これは――。

 そのときの情景を思い起こして冷や汗が出てきた。

 かわいくデコってあげるよと、あたしが油性マジックで書いたものだ。

 活劇マンガの擬音みたいに荒々しく、おおよそかわいくなんかないけれど、名前を書いてあげてるんだから意地悪じゃないしっていう逃げ道が見え見えの、イタズラ書き。


 なんでキリコの上履きがこんなところに?

 突き返すのも違う気がして、あたしは震える手でそれを受け取る。

 まさか、陽向くん、あたしとキリコを間違えてるとかじゃないよね?


 あんまりにもあたしが微動だにしないせいか、陽向くんは心配そうにあたしの顔をのぞき込んだ。

「大丈夫?」

 こんなにも優しくしてくれて、ありがとうっていうべきなのだろう。

 なのに言葉が出てこなくて、うなずくことしかできない。


「あ、先生来てる。早く行ったほうがいい」

 陽向くんはそういうと階段を上っていった。

 担任の山本祐子先生が廊下の端からこちらへ向かってきていた。もう始業時間だ。


 とりあえず残されていたバッグを拾い、キリコの上履きに足を入れた。22.5cmなんて小さいと思っていたら、なぜかジャストフィットだった。

 頭が混乱している。とにかく、行かなきゃ。

 痛む腰と背中を気にしながら教室へ向かった。


 階段を上りきると双葉と友梨奈、そして――あたしと鉢合わせをした。

 間違えなくあたしだ。猫背気味であごを引き、自信なさそうな上目遣いにイライラしてくるが、あたしとうり二つの女子が目の前にいる。


「キリコ、マジでふざけんな」

 出会い頭、双葉はあたしに向かってののしった。

「キリコって――それ、本気で言ってるの?」

 あたしはしゃべってみて自分の声に驚いた。この声、あたしの声じゃない。


 友梨奈があたしの肩を突き飛ばす。

「は? なにわけわかんないこといってんの。あんたが引きずり落としたせいで、花音が気分悪いっていってんだよ」

「花音って、その花音?」

 あたしは目の前いるあたしそっくりな女子を指さした。

 ビクッとおびえたように身を縮めるだけで、自分が花音と呼ばれていることを否定もしない。


 友梨奈はあたしの手をはたき落とした。

「ほかにどの花音がいるっていうのよ。いい加減にしな」


 目の前にいるのが音無花音なら、あたしは、もしかして、霧島桐子になっちゃったの?

 うそだよ、そんなこと、あるわけない。


 あたしは階段近くにあるトイレに駆け込んだ。手洗い場の前に立って、自分の姿を鏡に映し出す。

 鏡に映っていたのはキリコだった。


 頬に手をやると、鏡の中の自分も同じ動作をする。重たい二重まぶたが思いっきり見開いている。

 なんなの、この顔!


「いやぁぁぁー!」


 絶叫すると、祐子先生が駆けつけた。

 鏡の中で目が合い、錯乱しているあたしの様子を見て祐子先生も目を丸めて驚いているのがわかった。

 違う。あたし、キリコじゃないの。

 首を振って伝えようとするも、うまく言えない。

 先生は腰が抜けそうになってるあたしを支え、「どうしたの、霧島さん?」と、あたしに向かってその名を呼んだ。

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