第7話 序章の終了


 まるで庭でも散歩するような軽快さで、そいつは俺の後ろを付いて来る。


「肝試しみたいだね~」


 まぁ日本一の探索者にしてみればこんな低階層はそこらの道端とそう危険性は変わらないのだろう。

 いや、クラスツリーを起動していない外の方が死亡率は高い可能性すらある。


「お~い、無視するな~」


 鬱陶しく肩を組んで俺の髪をわしゃわしゃ弄りながらそう言ってくる日本一。

 しかし黙ってるとずっと無駄に絡み続けられそうだ。


「あんた、なんで剣なんか持ってんだ?」

「なんでって?」

「だってそれ魔道具じゃないんだろ? 協会に居た時から、クラスツリーを起動する前から持ってたし」


 探索者はダンジョン外でスキルを原則的に使用できない。

 勝手に発動するタイプの〈身体強化〉などを含めてオフにするためには、刻印を停止状態にしておく必要がある。

 その状態ではアイテムスキルも使えない。

 つまり、外でも具現化されていたこの武器は魔道具じゃないってことだ。


「いや、これは魔道具だよ。私の相棒で名前を宝剣【空撫子からなでしこ】。でもこれはアイテムスキルとして登録してある魔道具じゃなくて、私に適合している魔道具なんだ」

「なるほどな……そういうズルもあるのか」

「別にズルじゃないよ。なんのルールにも抵触してないし」


 アイテムスキルは原則三つまでしかクラスツリーに登録できない。

 しかし適合した魔道具ならクラスツリーを介さず使用できる。常時持ち歩くのであれば実質的に四つ以上の魔道具を戦闘に使える訳だ。


 まぁ自分と適合する魔道具を見つけるのはかなり大変だろうが、日本一位の探索者の財力があればそれも可能なのだろう。

 やっぱり世の中金ってことだ。


「聞きたいことはそれだけ?」

「そうだな、あんた何歳なんだ?」

「女の子に歳の話ですかぁ?」

「さっさと言えっての」

「22だよ」

「女の子じゃないだろその歳」

「酷いな君は。こういうのは自分の納得の問題なんだよ」

「そうっすか」


 22で日本一になれるのか。いや探索者の寿命はスポーツ選手並に短い。

 俺も急いで世界一にならないとな。


「けど探索者がなんで協会で働いてるんだ?」

「スーパーアドバイザーとかいう仕事を貰ってね。協会の業務を見て探索者の視点から問題がないか確認するのが仕事。って言っても私も忙しいからここに居るのは一週間くらいだけど」


 そんな話をしているとスケルトンが湧き始めた。

 いつも通り俺が〈治癒ヒール〉を使って処理していく。

 報告内容を確認するためとは言え、ニコニコしながら俺が戦ってるのを腕を組んで見てるだけのあいつは少しムカつくな。


 ま、雑魚だから別にいいけど。


「ほら、これで四十匹だ。そろそろ湧くぞ」

「うん、だったらここからは私がやろう。最高位の探索者の戦いが生で見られるなんてレアだぜ燈泉くん」

「そうだな」


 やはり今までの九回と同じように上位のアンデッドが姿を現す。

 青白い色をした半透明の幽霊のような姿だ。

 和装に天女のような羽衣を纏っている。

 少し大気の温度が下がった気がする。


 〈鑑定〉結果は『怨女おんにょゴースト』。

 ってかこの魔獣や魔道具やダンジョンの名前、第一発見者がある程度体を表してれば好きに決められるってルールのせいでふざけた名前結構あるのなんなんだよ。


 しかし……こいつも五等級だ。

 流石に日本一の探索者様がこの程度の魔獣に負けるとは思わないが一応……


「おい、五等級だ。ちょっと気を付け――」

「ん? もう終わったけど」


 カチリと剣を鞘に納めた音が鳴る。

 すでに相羽マヒロの姿はゴーストの後ろにあった。

 ゴーストの胸に横向きの亀裂が走る。

 鑑定では物理的な攻撃は効かないと書いてあったのに、どうやって倒したんだよこいつ……


 いや、どうやって移動したかも、どうやって攻撃したかも、全く分からなかった。

 これがクラスアップ済みの探索者の身体能力。

 クラスを進化させた後に起こるレベルアップは、基本クラスと違い所有者の身体能力を恒常的に増加させる効果が含まれる。

 それにレベルに応じて基本クラスとは比較にならない性能のスキルを得られる。


 〈思考加速ハイビジョン〉や〈視覚強化ホークアイ〉を使っておけば良かったな。


「うん、確かに報告通りだね。これ上げる」


 そう言いながら放られたのはさっきのゴーストが残した羽衣の魔道具だった。


「いいのかよ?」

「いいよ。スケルトンを沢山倒してくれたし、そっちの方が仕事量的に多いでしょ」


 そりゃ一秒と掛からず五等級を倒せるお前からすればそうだろうけどな……


「何してんの?」


 振り返ったマヒロは手を組んで目を瞑る俺に疑問を投げる。


「成仏を願ってる」

「へぇ、やっぱりそうなんだ」

「やっぱり?」

「……なんでもない。私もしよーっと」


 天に昇るアンデッドの光に隣で祈りを捧げ始めたマヒロ。

 この距離で見ればよく分かる。あの剣には聖の力が込められているようだ。

 それでゴーストを一刀両断できた訳か。

 つうかそれならスケルトンもお前が倒して良かったんじゃないのか?


 いや、気にすると負けたような気がするからやめよう。


「じゃあ帰ろっか」

「いいのか? 一回しか試さなくて」

「いいよ、本格的な調査は報告してから別の探索者がやるだろうし。私がその仕事を奪う訳にはいかないよ」

「日本一位も配慮が多くて大変なんだな」

「あれ、日本一位なんて言ったっけ私」

「お前の名前を聞いたことのない探索者なんていないだろ」

「どうもどうも。サインくらい書いてあげようかね?」

「いや、サインはいい。それよりあんたの『クラス』を知りたいな」


 基本クラスをレベル5まで極めた後に進化して名が変わることをクラスアップといい、本免取得者だけに許されたシステムだ。

 それまでに覚えた基本クラスのスキルに加えて、クラスアップで得たスキルを使用できるようになり、レベル上限もなくなる。


 つっても、上位になればなるほど探索者にとってクラスやスキルは結構な個人情報だ。

 気になって調べたことがあるが、上位探索者の殆どは隠してる。

 何せ上位探索者は必ず複数の魔道具を装備している訳で、それはつまり宝石店が銀行を担いで人気の全くない路地裏を歩いているようなものだ。

 殺して奪えば一生楽して暮らせる。だから上位探索者は手の内を明かさない。


 日本一ともなれば知っているのは本人とその仲間、それに協会の上層部くらいのものだろう。

 俺みたいなさっき知り合った人間に教えてくれる訳ない。この質問もただの冗談だ。


「私は『アサシン』から派生した『勇者ブレイバー』だよ。いやー暗殺者が勇気を持つ者になるって、結構皮肉効いてるよね」

「…………いや、お前なんで言ってんの!!?」

「今日一番の驚いた顔。それを見れたんだから話したかいがあるよ。でも、他の人には言わないでね? あ、ちなみにレベルは9でっす!」


 何を……この女は……ペラペラと……

 いや、流石にそんな訳ない。

 多分揶揄われてるだけ……


「冗談、なんだよな……?」

「さぁ、どうだと思う?」


 意味が分からない。

 駄目だ。多分根本的に性格が合わないタイプだ。


 声を掛けてきたその時からずっと絶えることのない笑顔と明るさ。

 緑色に輝く眼は話をする間ずっと俺の目から離れない。

 今もハーフアップの髪を耳に掛けながら、少ししゃがんで俺を視線を合わせ、まるで犬みたいに俺の言葉を待っている。

 これは多分あれだ。『陽キャ』って奴だ。


 こんな奴に絡まれるなら良太を連れてくればよかった。

 こういう苦手なタイプとの会話は別の奴に、良太みたいな適任に任せるに限る。


 なんというか、ある意味で昨日より疲れる一日だ。


「他には聞きたいことないの? 今ならなんでも答えてあげるよ燈泉くん。えいえーい」


 俺の頭をつつきながらそんなことを言ってくるこいつを制御する方法を俺は持ち合わせていなかった。ていうかもう諦めた。

 ここまで厄介な奴は前世の患者にも居なかったな。

 いや、最後に見たあの患者は同じくらい馴れ馴れしかったような気もする。


 その後、マヒロの話に適当に相槌を打ちながら協会に戻ってきた。


「それじゃあ、あとは私の方で報告しておくから帰って貰って大丈夫だよ」

「やっとか……」

「ねぇ、それってどういう意味?」

「なんでもない。じゃああとは任せた」

「うん、君が本免を取得できるように私も口添えしておいてあげる」

「そりゃどうも」


 その言葉に嘘はなく、この数日後に俺と良太宛てに本免取得権利と、文部科学大臣賞の表彰式への招待状が届くことになる。


 しかし、どうしてこの女が俺にそこまでよくしてくれるのか、その理由は全く見当もつかなかった。



 ◆



「お疲れさまです。相羽さんって燈泉くんと知り合いだったんですか?」

「お疲れさま平塚さん、報告書の受理ありがとね。彼とは初めましてだよ」

「なのにあんなに甘え……仲睦まじ気なんですね」

「そう見えちゃう? やっぱり傍から見ても相性いいかな?」

「あぁ……それは……どうですかね?」


 まぁ、舞い上がっちゃうのもしょうがないでしょ。

 ずっと探していた人にやっと会えたんだから。

 でも酷いよね、私は一目で分かったのに、あの人は私に全然気が付いてくれないんだから。


 どうして探索者なんてやってるのか知らないけど応援はするよ。

 そんなに多くは手助けできないと思うけど。


 協会を後にする彼に視線を送ると、彼はむず痒そうに後ろ頭を搔いていた。


「それに、いつかは思い出してよね。先生」


 誰にも聞こえないように小さな声で私がそう呟くと、彼は少し大きめのくしゃみをして、そのまま協会の外へ出て行った。



 ◆



 あの女と出会って一週間ほどが立ち、あの女は普段活動している都会の方へ戻っていった。

 これでやっと平穏な探索活動ができるというものだ。

 行くたびに喋りかけてきやがったからな……ほんとなんだったんだ……


 放課後、いつものように良太を呼ぶために隣のクラスへ行くと、数名の生徒たちがやけに騒がしく話していた。


「良太くんすごいよ、高校生でプロの探索者とか!」

「ふん、これも俺と一緒に探索に行った経験があってこそだな」

「良太、これお祝い。あげる」


 その輪の中心に居るのは良太だった。

 しかも一番近くで囲んでる三人の内一人は俺も知っている顔だった。

 山田じゃねぇか。

 というかあの三クソ(良太が言ってた)じゃん。


 結構な毒舌で愚痴ってた割に、良太の奴まんざらじゃないドヤ顔してるな。


「いやぁ、九等級だと思って倒してた魔獣がまさか六等級や五等級だったなんて僕もビックリだよ~」

「え~そんなの普通無理だよ。ほんとにすごいじゃん!」

「そうかな? でも九等級だと思ってたくらい、あんまり苦戦しなかったよ」


 うっざ……

 いや、そういう言い訳しとけって言ったのは俺だけど……

 うっざ……


 いや、親とか兄弟に感じてる鬱屈した気持ちをああやって満たしてる訳ね。

 三馬鹿と欲求の種類は大差ないな。

 まぁ、量っていうかそれに賭ける思いが段違いだけど。


 食欲だろうが性欲だろうが承認欲求だろうが自己顕示欲だろうがなんでもいい。

 俺と同じくらいの欲求があって、同じ位の力強さで上を目指してくれるなら。


「おい良太」


 教室の扉を殴り気味にノックしながら名前を呼ぶと、ビクリと肩を震わせて良太はこっちを向き直った。


「行くぞ?」

「あ、うん。荷物纏めたらすぐに行くよ」

「おう、校門で待ってるから早くしろよ」

「了解」


 そのまま俺が廊下を戻っていくと、教室からそれなりの声で俺の話が聞こえてきた。


「誰あの陰キャ」

「知らない」

「あぁ、あれ立川だよ、俺と同じクラス。一応良太と組んでるっていう。けどまぁどうせ寄生だろ」

「確かに、パッとしない顔してたし」

「お零れが偉そうにしてるのきもいね」

「あぁ、私も良太くんと探索者続けてれば良かったなー」


 いい感じだな。

 良太に人気が集約してる証拠だ。

 まぁ俺は学校に友達なんていないし、こうなるのは必然だな。

 良太の思い描いていた通りの帰結になってる。


 このまま昇進していけば家族から認められる日もそう遠くはないだろう。


「あのさ、次あいつのこと悪く言ってたら君たちとは縁切るから」


 冷えた声で言った良太の台詞に、その場にいた全員が静かになった。


「僕さ、友達を悪く言うのってよくないと思うんだよね?」

「そ、そうだよな、ダチを悪く言うのはよくない……」

「う、うん。よく見たらあの人結構雰囲気あるし」

「ごめんね良太……そんなつもりじゃなくて……」


 つうかお前が言うなって感じだけど。しかしなるほど、あれが名声の力ってことか。

 名声があれば人気が集まる。

 人気が集まればたった一人と関わることの価値が跳ね上がる。

 あいつたった一人に嫌われることが、どれだけの人間の意見を批判することなのか、空気を読める現代人は察知する。


 そして強制的に同調させられる。


 まるで神を妄信する信徒のように。


「ちょっと待ってくれ燈泉、僕も一緒に行くよ」

「おう、ちなみにあの二人のどっちかってお前の彼女?」

「そんな訳ないだろ。まぁけど、どっちとも付き合えるとは思うよ。多分同時でも」

「あっそうですか。いやぁ、五等級と九等級を勘違いして倒しちゃう探索者様は言うことが違うな」

「ちょ、それはお前がそうしろって言ったんだろ! 僕だってちょっと恥ずかしかったんだからな!」

「ともてもそうは見えなかったけどなー」


 そんな会話をしながら俺たちは協会へ向かう。

 今日はクラスツリーをアップグレードする手術が可能な日だ。

 そしてその手術が終われば、俺たちは低階層だけではなく全世界に存在する協会管理の全てのダンジョンの全ての階層に自由に出入りできるようになる。


 それに手に入れた魔道具によって俺たちは相当強化されてる。


 さっさとクラスアップを果たして本職の仲間入りをするとしよう。

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