第5話 亡者の隣人


 デュラハンを倒したあと、朝まで適当に探索して俺達はダンジョン周辺にある銭湯にやってきていた。

 ガイコツガーデンを探索している探索者に向けて、この辺りにはリラクゼーション施設が充実している。

 この銭湯もその一つでアロマや足つぼリンパに整体と色々な施設が合併した総合施設だ。


「あんまりこういう大衆向けのところは来たことないから新鮮だよ」


 御曹司の無自覚嫌味を聞き流しながら、俺と良太はシャワーを済ませて個室のサウナに入った。

 普通のサウナに比べれば狭いが二人程度なら余裕で入れる。


「で、これからどうするかだが」

「うん。来る途中にスマホで調べてみたけどあのデュラハン、協会の正式名称『クビナシキヘイ』もガシャドクロと同じ六等級だったよ」


 まだ試行回数二回だし断定はできないが、出てくる魔獣の強さはそう大きくは変動しなさそうだ。

 そうなると……


「早くガイコツガーデン傍の探索者協会支部に報告に行こうよ。ほんとに市長とかから表彰されるかもしれないよ?」

「いや、一週間……は流石に厳しいか? 三日後だな」

「え?」

「まずはあの方法で魔道具を乱獲する」


 あの指輪も盾も鑑定した結果六等級の魔道具だった。

 魔道具のランク一等級から十等級に分けられ、数字が減るほど強力という意味になる。

 六等級なら普通に買おうと思えば数十万……百万を超える物もある。


 売るかどうかは確保できた魔道具の数によるが、戦力強化のためにもできるだけ多く獲っておいた方がいい。


「ちょっと待て。違うだろ。探索者がダンジョン内で発見した新事実は全て協会に報告する義務がある。これは仮免とか関係ない。破れば最悪探索者資格をはく奪されるぞ」

「俺達はガシャドクロもデュラハンも等級なんて知らなかった。ガイコツガーデンの低階層には稀にだが九等級の魔獣も出る。それと勘違いしてました、で通すぞ」

「魔道具はどう説明するつもりだ? ダンジョンから持ち帰った魔道具は協会に確認される」

「あんな低階層で魔道具なんて出る訳ないと思ってた。誰かの落とし物だと思ってた、で通す。ダンジョン内の落とし物は拾った奴が十割貰えるからな」

「完全に規約違反だ」

「だから? お前さ、世界一になるんじゃないのか?」


 使えるチャンスは全て最大限に物にする。

 俺たちが目指すのは並みじゃないんだ。それくらいしなきゃ届かない。

 しかしまぁ、悪いことをするのに抵抗があるってのは別に悪いことじゃない、か……


「誰にも迷惑はかけてない。あの条件なら普通の奴が被害に会う可能性なんて万に一つもない。たった三日だ。それ以上は言い訳できなくなるからちゃんと報告する」

「僕が欲しいのは名声や人気だ。後々こういうグレーな話が公にバレるようなことがあると困るんだよ。だから二日後あさって報告する。ここが僕の最大譲歩リミットだ」


 俺を真っ向から睨みつけながら、良太はそう息巻いた。


「……はぁ、分かった。けどその分死ぬ気で働いて貰うぞ? 魔道具の乱獲だ」

「あぁ、当然だ。丁度明日は祝日だから今からだって僕は行ける」

「いやもう少し話して置くことがある。それに明日直ぐ向かうなら移動時間は無駄だからな、今日はこの辺のホテルに泊まるか」

「了解。……でも、できればもっと可愛い女の子から言われたかったよ」

「俺だってそうだから心配すんな」



 ◆



 朝から六時間ほど睡眠を取り、昼にガイコツガーデンに到着した俺達は少し大きめの声で会話をする。


「魔道具はセットしてきたよな?」

「あぁ『アイテムスキル』は槍を装備していた時も使っていたからね」


 二十年以上前、まだ探索者が腕に刻印を刻んでいなかった時代。

 探索者は現代兵器と魔道具でダンジョンに挑んでいた。

 しかしその時代で探索者になるためには『魔道具に選ばれる才能』が必要だった。


 魔道具が使用者を認めなければ魔道具の力は使えなかったのだ。

 その適合率は百分の一以下で、等級が上がるほど適合率も下がる傾向も相まって、探索者は本当に極少数しかいなかった。


 しかし現代ではそんな縛りは存在しない。

 俺たちが腕に刻む『クラスツリー』と呼ばれる刻印が適合率の問題を完全に解決したからだ。


 クラスツリーを介して探索者が使うスキルには三つの種類がある。

 〈脱出エスケープ〉などの全探索者が共通で持つ『汎用スキル』。

 ウォリアーやプリーストなどのクラスをセットすることで発動できるようになる〈身体強化〉や〈治癒ヒール〉などの『クラススキル』。


 そして魔道具をセットすることで強制的に魔道具を適合させ、その魔道具に込められた力を使用することができる『アイテムスキル』だ。

 しかし適合率を無視できる代わりに、アイテムスキルは最大で三つまでしかセットできないというデメリットがある。


「つう訳で最低でもあと四個は確保する」

「オーケーリーダー。十個獲ろう」


 黒い盾を出現させて構える良太の隣で、俺も紫色の宝石の嵌められた指輪を右手の中指に出現させる。

 セットした魔道具はこうやっていつでも具現化して使うことができる。


 まずはスケルトンを〈治癒ヒール〉で倒していく。


 一匹目の上位種はスケルトンを42匹成仏させたところで現れた。

 電撃を放つ杖を持ち、ローブに身を包んだ骸骨。

 探索者協会が付けた正式名称を『雷撃リッチ』。


 こいつも六等級だが、単独で六等級を倒している俺と良太なら苦戦することなく討伐することができた。


 他にも色々と出てきたが『コマンダー』の〈鑑定〉で全部六等級の魔獣ってことが分かった。


 大声を出してスケルトンを呼び出して成仏させ、大体40匹ほどで上位種が一匹出てくる。

 協会に報告しなければならないし、それは本免への昇格を狙ってのことだ。

 報告書はきちんと纏めた方がいい。


「今何匹目だっけ?」

「六匹倒した。だが手に入れた魔道具は五つだ」


 そもそも『魔道具が無限に手に入る』なんてことはあり得ない。

 未探索の領域ならそれなりの数の魔道具を見つけることはできるだろうが、それでも探索者が獲って行けば次第に発見数は減っていく。


 俺たちがやっていることだって同じだ。

 このダンジョンの地下に潜む上位種。

 そいつらが保有している魔道具は誰も発見していないから残っていたというだけ。

 獲ればその分残りの魔道具の数は減り、獲れる量は減っていく。


 だから報告を遅らせる必要があった。

 埋葬された魔道具が他の探索者に掘り尽くされる前に、俺たちが利益を頂く。


 時刻は13時40分。

 すでに俺達は丸一日この作業を続けている。

 目標である四つ以上の魔道具はすでに確保し、汎用スキルの〈宝物庫インベントリ〉に突っ込んである。

 スキルの付け替えやクラスの変更は協会に戻らないとできないから、手に入れた魔道具をすぐに使うことはできない。


「良太。疲労はどんなもんだ?」

「まだ行けるよ。僕が明日報告するって言ったんだからその分はきっちり働くさ」


 結構きつそうだな。

 倒したスケルトンの数は既に二百匹以上。

 普通の探索で出会う数の倍以上を倒してる。

 それに加えて六等級の魔獣六匹との戦闘。

 普段のオーバーワーク気味の探索で鍛えられてはいるだろうが、それでも体力も精神もかなり擦り減っている。


 そろそろ限界だな。


「あと一体倒したら引き上げる」

「僕に気を遣ってるならその必要はないよ」

「俺がシャワーを浴びたいだけだ。調子乗んなっての」

「君って奴は……あぁ、了解だ」


 その会話が終わった時、ちょうど俺のプリーストとしてのセンサーに上位種の気配が引っ掛かった。


「ちょっと待てよ……」


 それは、今までに感じたどの上位種の気配よりも一際大きい不の力を持っていた。


 中国やモンゴル辺りの民族服に近い装いを纏い、顔を文字の書かれた大量の札で覆い尽くした魔獣。

 身体的な構造は人間の女に近いが、放っている魔力プレッシャーが常軌を逸してる。

 絶対に六等級の魔獣じゃない。


「燈泉……なんかあいつ、やばくないか?」

「あぁ……」


 恐る恐る『コマンダー』の〈鑑定〉を使用する。

 このスキルは対象を視覚に収めることで、探索者協会に蓄えられた情報の中から一致する魔獣や魔道具の情報を自動的に引っ張り出してくれる。



〈マスタークンフーキョンシー〉

〈五等級〉

〈接近格闘型〉

〈特記事項:武術の達人並みの技量を持ち、常時『アサシン』の〈加速アクセラ〉並みの速度で移動し、常時『エンチャンター』の〈パワーブースト〉並みの怪力を持つ〉



 視界に映ったその情報を理解し終えたその瞬間、キョンシーの姿は一瞬でその場から掻き消える。


「燈泉!」


 隣から鬼気迫る顔で左手を突き出した良太に押される形で、俺はその場から退かされる。

 良太の視線が俺から見て左を向く、俺もそちらに視線を移したその瞬間、良太の盾目掛けて引き絞られた拳が叩き込まれる。


「〈結界シールド〉!」

「ッ! 〈結界シールド〉!」


 盾と拳の間に二枚の青い六角形の結界が構築されるが、まるで障子でも破るみたいに、その拳は結界を突き抜けて盾を穿ち、装備を合わせれば百キロ近い重さのはずの良太の身体を吹っ飛ばす。


 なんつー怪力だよ……

 しかも俺の意識を越えた速度への加速……


 良太は自分の役割を理解して、キョンシーの速度に反応して俺を庇った。

 しかも相手の攻撃の威力を察知して〈結界シールド〉を発動させて身を守ったのだから、今の攻防の良太の選択は百点満点中の二百点だ。

 ミスったのは俺だ。〈鑑定〉の結果に気を取られて反応が遅れた。


「燈泉、逃げろ! 僕なら時間を稼げる!」


 今の一連の攻防で良太は理解したのだろう。

 確かにこいつはパワーも、スピードも、そして武術の練度も俺たち以上だ。

 今だって片足立ちになって、如何にもって感じの変なポーズしながらこっちを威嚇してる。


 けど、この程度のことで心配してんじゃねぇよ。

 こんな奴、百兆円稼ぐには片手間に倒せるようにならなきゃいけない相手だ。


 それに、プリースト歴四十年を嘗めるんじゃねぇ。


 死者に負けるプリーストなんていない。

 何故なら死者は救済の対象で、我等はその味方であるからだ。


 同じように彼等の声もまた俺の味方である。

 俺の魂にはその声が刻み込まれているのだから。



『腕が立つ奴ってのは相手の力量を見抜くのにも長けてる。だから自分より弱い相手を侮りやすい。そこを突けば力量の差なんて簡単に覆る』

『いつだって方法は一つじゃない。怪力だからって必ず拳で戦わなければならない訳ではないし、熟練の弓兵よりそこらのゴロツキの方が強い場面もある』

『いつでも目的を明確にしておく必要がある。その状況の勝利が何か分かって無い奴に、勝ち目なんてはなからねぇのさ』

『アンデッドには色々と弱点があってな……』

『緊張はやばいから、落ち着くのが大事……』

『環境を考慮するとかな……』

『意識の隙を突くんです……』

『準備を怠ってはいけない……』

『使えるものは全部使う……』

『視野は常に広く……』

『生き物には固有の呼吸ってのが……』

『敵の所作には意味がある……』

『真に見るべきは相手の思考……』


『どんな時も、諦めてはいけない』



 俺が見殺しにしてきた死者たちの声は、忘れたくても忘れることはできない。


 ずっと、全て、嫌になるほど頭の中で何千回と反響フラッシュバックして、その言葉は頭と魂の根底に刷り込まれている。


 その心を少しでも癒せればと彼等の事情を聞き、共感を述べ、隣人として解決の助言を送ろうとした。

 けれど、関わりが深くなるほど、関わる数が増えていくほど、俺の心の中には『救えなかった』という靄が募っていった。


 彼等は皆、不遇という絶対の法より逃れようとした愚かなイカロスなのであろうか。


 ――否。


 彼等は皆、不遇という大敵へと挑み抗った偉大な英霊に他ならない。


 彼等がそうしたように、俺も今世では金を稼ぐ。

 あんな思いはもうまっぴらだから、上辺の言葉ではなく、現実的なかねを持って、俺は満足と幸福を手に入れ、真の救済を達成する。


 たとえそれが、聖者と対局の位置であるのだとしても。


「故に、俺は負けない」

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