第44話 無茶を言うな
小指の爪を剥がされたアマリリスは、しばらく苦悶の表情で叫び続けていた。
ここが地下室で良かった。もしも上階だったら、他の人達まで巻き込んでしまうところだった。
しばらくして叫ぶ気力もなくなったのか、アマリリスは荒い呼吸を繰り返すだけになった。その顔には涙が流れていて、相当な苦痛だったことが読み取れる。
ローズさんは途中から顔をそらしてしまっていた。見届けるとはいえ……家族がこんなに苦しむところなんて見たくないのだろう。
母さんが言う。
「さてアマリリス……情報を話してくれる気になったかしら?」
「は、話す……! 話すから……!」アマリリスは怯えきった様子で、「な、なにを話せばいいんだ……? 俺の能力は空を飛ぶ能力で……」
聞いてもいないことまで喋り始めた。よっぽど痛かったのだろう。
アマリリスの能力はサザンカさんからの情報の通り、空を飛ぶ能力か……だから俺の部屋に紙切れが入れられたとき、足音がしなかったらしい。空を飛んでいたのだから足音なんてなくて当然だ。
母さんが言う。
「この世界がゲームだということは本当?」
「あ、ああ……フリーゲーム蓮の花ってやつだ。フリーゲームとしてはかなり有名で……その衝撃的なラストシーンが賛否両論を巻き起こしたんだ」
「ラストシーン……」
「ライラック・ロベリアが屋敷の人間を皆殺しにする」またそれか……「どのルートを進んでも、その結末は変えられないんだ。そんなのがマスコミの目について……俗に言う炎上ってのをしたんだ」
「炎上?」
「ああ……世間的に有名になって、賛否両論が大きくなることだ。多くの場合は否定的な意味で使われる」
つまりこのゲームは多くの人に批判されていた、と。
アマリリスは言う。急に口数が多くなって、勝手に情報を言ってくれるようになった。
「フリーゲームで……いや、ゲームで皆殺しエンドなんて珍しくない。たまたまマスコミがこのゲームに目をつけたってだけだ。俺やみんながこのゲームを好きになったのは……皆殺しになるからじゃない」
「じゃあ、なに?」
「キャラクターだよ。好きなキャラがいたから、だ。他にもシナリオやら音楽やら……フリーゲームとしては、いや、商業ゲームと比べても遜色ないレベルだったんだ」
それからアマリリスは舌打ちをして続けた。
「それなのにマスコミは……衝撃的なエンドばかり取り上げやがる。こんな野蛮なゲームを楽しんでる若者の未来が心配だとか……ゲームなんてのは低俗なものだとか、そんなことばかり言いやがる。じゃあ探偵ドラマとかミステリー小説はどうなんだよ? なにが違うっていうんだ」
そのアマリリスの怒りは、俺にはよく伝わってこない。しかしどうやらアマリリスの世界で、ゲームというものは少し低俗なものとして扱われているらしい。
……小説だとか漫画だとか、演劇だとか……基本的には表現方法の違いでしかない。漫画には漫画の表現があって、小説には小説の表現がある。そして演劇には演劇の、ゲームにはゲームの表現があるのだろう。
そこに上下の区別なんてないと思うが……
アマリリスは少し指の痛みが引いてきたのか、また不遜な態度が出始めていた。
しかしもう爪は剥がされたくないと思っているようで、
「……他にはなにを答えたらいい?」
「そうね……」母さんが言う。「本物のアマリリスはどこ? どうやったら、本物のアマリリスを取り返せるの?」
「知らねぇよ。俺はただ……この世界に来たいって願っただけだ。んで、気がついたらアマリリスになってた」
……この世界に来たい……
ベロニカさんと一緒か。彼女もそれを願ったら、この世界にいたと言っていた。
「能力というのは何かしら?」
「……それも知らん。この世界に来たら当然のように使えた。あんたらには伝わらんと思うが……転生して能力を授かるのは一般的なんだよ。創作の世界では」
能力を授かる……なるほど。その能力を使ってどう生きるのか……それを見たいのかもしれない。神様とやらがいるのなら、だけれど。
ベロニカさんは重力を操る能力。
アマリリスは空を飛ぶ能力。
……じゃあギンの能力はなんなのだろう? 必ずしも能力を身につけるわけじゃないのか?
……わからんな。アマリリスもギンの能力は知らんだろうし……
ともあれ、俺が言う。
「俺から質問だ」
「なんだよ嫌われ者」
「……」爪を剥いでやろうか。「……アマリリスのフリをする、って選択肢はなかったのか?」
この世界の未来が見えるなら、そうしたほうが良かった気がする。
アマリリスを演じて、そのゲームの知識を使って活躍するほうが良かっただろう。いきなり暴れてもメリットはない気がしたのだ。ベロニカさんについても同様だ。
アマリリスはげんなりした様子で、
「無茶を言うな。こんなやつ……誰が演じられるんだよ」
「ああ……なるほど」
納得してしまった。
要するに彼は……アマリリスの言動がトレースできなかったのだ。あの意味のわからない支離滅裂な言動、しかしなぜかローズさんにだけは伝わる言葉。
それを再現することができなかったのだろう。だからアマリリスを演じるのは諦めた。
……ベロニカさんも同じ理由かな……個性的な喋り方の2人だもんな……たしかに演じるのは無理がある。
それからアマリリスは言った。
「それに……お前らなら中途半端な演技は、すぐに見抜くだろ。いや、完璧に演技をしても騙せない。そう思ったんだよ。家族の異変なんて……すぐに気がつく奴らだ」
……だろうな……
誰かが別人になっていたら気がつく。どれだけ似ていても、どれだけ似せていても……家族なら気がつく。
……
気がつかずに生きていけるのなら、楽だろうか?
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