第15話 釣れないなぁ……

 イーグルは飼い主のおばあさんに返しに行った。


 飽きるくらいに礼を言われた。泣いて喜んでくれたところを見ると、相当イーグルのことを心配していたらしい。


 お礼のほうはありがたく受け取ってから、


「飼い犬のことを愛してるのはわかりますけど……もうちょっと飼育方法は考えたほうがいいでしょうね」これは伝えなければならないことだ。「散歩中……力負けしてません?」

「……」おばあさんは顔をしかめて、「……そうだねぇ……私もおばあさんになったし、なによりイーグルちゃんが大きくなったからね……」

「……そうですね……」


 たしかに高齢の女性が散歩させるのは危険な大きさかもしれない。


 というわけで、


「お孫さんとかといっしょに散歩したらどうですか? 頼っていい年齢だと思いますよ」


 そんなアドバイスだけして、俺とナナはその場をあとにした。これ以上残っているとお菓子とか出てきそうな雰囲気だったので、早めの退散だ。

 

 道中、


「お兄ちゃんって猫派? 犬派?」

「なんだ急に。猫だけど」

「そっか……ローズさん、猫っぽいもんね」

「なんでローズさんの名前が出てくるんだよ」


 ……そしてローズさんは猫っぽいか? サザンカさんのほうが猫っぽいだろ。


 さて、そんな変な話をしながら歩いていくと、大きな川に出た。


 水の音だけが聞こえる場所だった。今日は風もなく静かで、なんとも幻想的で涼しげな場所だった。


 ナナはその場所に置いていた釣り道具を手にとって、


「お兄ちゃんもやる?」

「釣り竿を持ってない」

「大丈夫。2本持ち歩いてるから」なんでだよ。「布教用だよ。この辺に釣りが趣味な人いないから。興味を持ったときにすぐできるようにしてる」


 ……そんなことしてたのか……俺は釣りに興味がないので、全然知らなかった。


「じゃあ……やってみようか」

「ほい」


 ナナは俺に釣り竿を渡して、あーだこーだと釣りの説明をしてくれた。


 最低限の説明だけ受けて、俺は釣りというものを開始した。


 ナナと横並びで、しばらく釣り糸を垂らし続けていた。


 ……


 ……


 ああ……川の音って心が安らぐなぁ……たまに聞こえる木々が揺れる音も風流だ。全然釣れないことを除けば素晴らしい釣りの時間だった。


「……ここって……魚いるのか?」

「いるハズなんだけど……サザンカさんは大量だったからね」

「サザンカさんと釣りしたのか?」

「うん。サザンカさんが大量で、私が一匹も釣れなくて……気まずくなったのが最初で最後」……なんか悲しい過去があったらしい。「……悪いことしちゃったな……」


 あっけらかんとしていて適当そうに見えるナナも、こんな悩みを持っているのだ。兄である俺でも気が付かないような悩みを。


 ……


 しかし釣れないな……ホントにここに魚がいるのだろうか。それとも俺たちがヘタすぎるだけだろうか。だとしたら悲しいな。


 それから俺は言った。


「……これから……どうする?」

「……ん……」俺の言葉の意図は伝わったようだった。「前のギンさんに戻ってきてほしいかな……」

「……俺もだよ……」


 別に今のギンが嫌いなわけじゃない。人は変わっていくものなのもわかっている。


 それでも俺は前のギンが好きだ。少なくとも……なんの前触れもなく成り代わるのは納得できない。


 ナナが言う。


「いきなり別の人になる……それって、死んだようなものだと私は思う」低いトーンだった。「外見とかは一緒でも、中身が違えば別人なんだ。私はそう思う」

「……そうかもな……」自分、という定義があるわけじゃない。「とはいえ……解決策がないのも事実だ」

「そうだね。シノブさんでも厳しいと思う」じゃあ相当だ。「現状でできることって何かな」

「……今のギンの見張り、くらいだろうな。あいつがロベリア家に危害を及ぼす人間なのか……それは判別しないといけない」


 危険な男ならそのときは……消えてもらう。見た目がギンだろうが容赦はしない。


「私から見れば、今のギンさんは危険人物だよ。だって……お兄ちゃんを襲ってる」そういえばそうだった。「早めに消したほうがいいと思う。あの人……約束とか守るタイプには見えなかったから」

「……ナナが言うなら、そうなんだろうな」


 だからといってすぐに消すことはできないけれど。それをしたら捕まるのは俺達のほうだ。


 ……


 結局は……今の俺達にできることはないということだ。ギンが動くか、あるいは前のギンが戻ってくるか。それを待つしかない。


 ……


 俺って無力だな……


「釣れないなぁ……」


 ナナの情けない声が川に虚しく響いた。

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