第9話 明日はないと思うこと
この屋敷にはメイドが3人と……使用人が3人いる。
ツンデレのギンと常に演劇をやってるアマリリスと……もう1人。
そろそろ現れてくれないと朝食に遅刻という扱いになってしまう。そう思っていると、サザンカさんが言った。
「あ……フィオちゃん、いつの間に……」
気がつけば10歳程度の男の子がイスに腰掛けていた。
この人に不意打ちされたら誰でも避けられないだろうな……そんなことを思った。
フィオーレ、というのが彼の名前。年齢はたしか10歳で、この屋敷屈指の美形男子である。
屋敷最年少の少年。無口で無表情。数年一緒に暮らしているが、口を開いているところはなかなか見かけない。
フィオーレは全員が自分に気がついたことを認識してから、立ち上がって深々と礼をした。無口なだけで無礼ではないのが彼の特徴である。
「フィオちゃん」サザンカさんがフィオーレに声を掛ける。「今日……ちょっとお味噌汁の味付けを変えたんだ。気付いた?」
「……」
フィオーレは無言で首を横に振る。
「そうだよねぇ……普通は気が付かないよねぇ……」サザンカさんがローズさんを見て、「……お姉ちゃん……怖い……」
「誰がお姉ちゃんですか」お姉ちゃんみたいなもんだろう。「……味や匂いの変化には注意を払っていますからね……」
「なるほどねぇ……それでも気がつくのは怖いレベルだけど」
「褒め言葉として受け取っておきましょう」
「最初から褒め言葉だよ、お姉ちゃん」
「お姉ちゃんではありません」
頑固だな……もうお姉ちゃんでいいだろう。
……
さて……和気あいあいとした雰囲気だ。メイドと使用人と主人……一般的にはこれほど距離は近くないだろう。だけれどうちの距離感はこんなもの。
……ギンのことがあって少しばかり気まずい感じだが、まぁ許容範囲内だろう。これくらいならケンカした翌日にはよくある。
「あとはご主人様だけか……」配膳をしながら、サザンカさんがつぶやいた。「味付け……気に入ってくれるといいな……」
若干緊張した表情のサザンカさんだった。無断で味付けを変えたことに対して、少し恐怖があるようだ。勝手に変えるな、と俺の親が言うことはないだろうが……
さて食事の準備を終えて全員が着席した瞬間、
「皆様、ごきげんよう」冷たく鋭い声が食堂内に響き渡った。「本日も各人が誇りと責任を持って、成すべきことを成し遂げなさい。明日はないと思うこと。いいわね」
明日はないと思うこと。
それは俺の母の口癖だ。明日は訪れないものだと思って毎日を生きろ。そう教えられてきた。
……その割には……俺は問題を先延ばしにしてしまいがちだけれど。
ともあれ俺の母……オルタンシア・ロベリアの言葉に全員が「はい」と答えた。
扉を開けて現れた俺の母は優雅な所作でテーブルに近づき、そのまま着席した。
……
やっぱりこの人が現れると空気が引き締まるよな……萎縮ではなく、良い感じに空気が締まる。
鉄仮面とも揶揄される冷たい表情。鋭い目線。同じ凛とした声でもローズさんとは大きく印象が異なる。
服装がハデということでもない。背が高いわけでもない。大声を出すわけでもない。それでも彼女の存在感に誰もが圧倒される。
それが俺の母親であり、現在のロベリア家の当主……オルタンシア・ロベリアである。
「では……いただきましょうか」母さんは料理に対して手を合わせてから、「……いつもありがとうございます。皆さんのご助力なければ、私の生はありえない」
……厳しそうに見えて、他人に対する感謝は忘れない。それが母さんである。
これで全員集合なわけだが……考えてみると結構人数が多いな。初見で名前を覚えるのは難しいかもしれない。
とにかくこの屋敷には俺と妹、そして母。メイド3人と使用人が3人いる。それだけ覚えればOKだ。
……
ともあれ……今日も全員で食事スタート。
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