第6話 何事にも資格なり証明なり、自分の職業を説明することがこんなに難しいとは


夜のユズポン街、ハリガネとミドルは職場であるパブへ向かうべくリアカーを牽いていた。


「こういう時に転送魔法があれば楽だよな~」。


「悪かったな、魔法が使えない戦士で。お前の店こそ宅配用の大型魔獣とかないのかよ? 」。


「みーんな配達で出払ってて、店には一頭も魔獣はいないぜ~」。


「マジか...。儲かってるみたいで何よりだな」。


「ありがとよ~」。


ハリガネとミドルは他愛のない話をしながらリアカーを進ませていた。


(しっかし、何だ~? 気分悪ぃな...。人のことをチラチラ見やがって...)。


リアカーを牽いているハリガネは、街中で降り注がれる周囲の視線が気になっていた。


すれ違う民衆は、好奇と怪訝な視線をハリガネ達に送りながら通り過ぎていった。


どうやら、ハリガネが腰につけている片手剣と短剣が気になっているようだ。


「お前、業務中くらいは剣を外しておけよ。邪魔じゃないのか? 」。


リアカーを後方から押すミドルがハリガネに声をかけた。


「一応、用心棒の仕事なんだから、これくらいは装備して当たり前だろ? 服装も自由で良いって言ってたし」。


「お前、その貧乏くさい灰色の麻服に剣なんか持ってたら、戦士じゃなくて盗賊にしか見えないんだよ。最近の戦士ってのは、ああいうのを言うんだとよぉ~! 」。


ミドルはそう言いながら少し離れた場所にいる集団を指差した。


「ん~? 王国の特殊治安部隊が何でここにいるんだよ? 奴等は城周辺の巡回だけだろ? 」。


特殊治安部隊は、華美な装飾が施された銀の鎧と高価そうな帯剣を身に纏っていた。


「最近反乱軍の目撃情報が入ってから憲兵だけじゃなくて、ポンズ王配下の特殊部隊もここら辺を巡回してるんだとよ。だから民衆もナーバスになってるんだよ、きっと」。


ミドルがそう言った時、特殊治安部隊の兵士達がハリガネの存在に気付くと足早に近づいてきた。


「おいッ!! そこのお前ッ!! なぜ剣を携えているッ!? 」。


兵士の一人は、まじまじとハリガネを睨みながら厳かな口調で問いかけた。


「何だよ、剣持ってちゃいけねぇのかよ? 」。


ハリガネは手をリアカーのハンドルから離し、兵士と向かい合った。


「口答えするなッ!! あと、身分証明書も見せろッ!! 」。


「チッ...!! 面倒クセーな、おらよ」。


ハリガネは露骨に不機嫌そうな表情を浮かべ、カードタイプの身分証明書を兵士に差し出した。


兵士はその身分証明書を見ると、眉をひそめて小首を傾げた。


「これ、大型魔獣乗用免許証だろ? 身分証明としては問題ないが、お前は剣を携帯してるだろ? 剣士か何か資格者証みたいなのは持ってないのか? 」。


「は? ねぇよ、そんなの」。


ハリガネがフンッと鼻を鳴らしてそう答えると、兵士は怪訝な面持ちで腰に手を当てながら首を横に振った。


「それじゃあ、何で剣を持ってるのかっていう話になっちゃうんだよな。このご時世、国外から賊人が潜伏している情報もあるくらいだから、正当な理由がないのに武装されるのは困るってもんだ。今は大丈夫だけど正当な理由なく武器の所持をしてる場合は処罰の対象になるかもしれないから、それまでに資格くらい取っておけよ? まぁ、傭兵か狩猟職か何の職種かは知らんけどな」。


すっかりへそを曲げてしまったハリガネを余所に、別の兵士がハリガネの剣を面白そうに眺めていた。


「しっかし、安っぽい剣だし何か鞘もボロボロだなぁ~! どうせ刃も手入れされてないだろうし、資格受ける前に石でちゃんと砥いでおいた方が良いぞ~? はははっ!! 」。


「確かに~!! はははっ!! 」。


その兵士と他の兵士はハリガネを茶化すかのように高笑いをした。


「...」。


ハリガネはこめかみに青筋を浮き立たせ、茶化した兵士に詰め寄った。


「...ん? 何だ?? 」。


「せっかくだし、職務質問がてらの暇つぶしに俺の剣の刃も見ていけよ。ついでに斬れ味も確かめて見るかい? その腰につけてるアクセサリーなんだか千歳飴なんだか分からない剣もどきの代物なんて簡単にカットできそうだけどな」。


「なっ...!? 何だとぉっ!? 貴様ッッ!! 」。


「ハリガネっ!! よせっ!! 落ち着けっ!! 」。


ハリガネが剣の柄を握ろうとしたことにミドルが気づき、慌てて間に割って入った。


「お、おい!! なんか兵士と男が揉めてるぞっ!? 」。


「な、何だっ? 喧嘩か?? 」。


「ぞ、賊人を見つけたのかっ!? 」。


ハリガネと兵士の間で起きた一瞬即発の事態に周囲が騒然となっていた時...。


パカラッ!! パカラッ!! パカラッ!! パカラッ!!


近づいてくる馬蹄ばていの音とともに男の声が聞こえてきた。


「ハイハァ~イ!! ストッップゥ~!! ストッップゥ~!! 」。


男は自身が騎乗する魔獣と共に、颯爽とハリガネ達の目の前に現れた。


パカラッ!! パカラッ!! パカラッ!! パカラッ!!


男の仲間らしき数人の兵士達も追従して姿を現した。


「はぇ~!! あれ馬族魔獣の“ヒスイ”じゃないかぁ~!? 本当に発光してるよ~! 希少な魔獣だから、なかなかお目にかかれないんだけど綺麗だなぁ~! 」。


ヒスイは全体的に青白く、たてがみと尻尾の部位は白く光り輝いていた。


眼は赤く輝いており、非常に神秘的な容姿をしていた。


「あれは王国配下の騎兵隊だな」。


神妙な面持ちでハリガネがポツリと呟いた。


「...へ? 」。


ヒスイに惚れ惚れしていたミドルがハリガネの言葉で我に返った。


「今回の騎兵隊は貴族っぽく馬族の魔獣で現れたけど、もともと騎兵ってのは他にも竜族とか獅子族とかの魔獣に乗って、戦場で戦闘する兵士の事を言うんだ」。


「ふ~ん、なんかそれだけ聞いてると獣使いとあまり変わらない感じがするなぁ~」。


「獣使いは魔獣の飼育や教育といった育成の専門家なんだけど、他にも魔獣を利用して運送とか魔獣関連の事業を展開して実業家として活躍していくケースもある。近年の獣使い事情は事業展開が通例になってきてるな。一方で、騎兵とは魔獣を戦闘要因として計算した上で戦う兵士のことだ。獣使いも戦うことはあるが、騎兵は戦闘に特化しているから騎兵の方が戦闘的要素が強いな」。


「つまり、騎兵は魔獣に乗った戦士みたいなものになるのか~」。


「事実上、そういう事になるな。要は魔獣を戦う事に用いるか、そうしないかだ。それに騎兵も王国軍の兵士だからな」。


「なるほどね~」。


ハリガネとミドルが話を交わしている時、一人の兵士が被っていた金色の兜を外し素顔をさらけ出した。


「フゥゥゥゥ~! 兜を被ると髪が乱れるから都合が悪いな~」。


「...ッッッ!? 」。


素顔を露わにし茶色い長髪を片手でなびかせている男の顔を見て、ハリガネは露骨にばつが悪い顔をした。


「ゲェッッッ!!! 最ッッッッッッ悪ッッッ!!! 」。


「え? どしたの? 」。


頭を抱えるハリガネと状況が理解出来ずにキョトンとしているミドルに対し...。


「か、か......かかかかかかかかかかか閣下ッッッ!? 」。


顔を青ざめた兵士達は激しく狼狽し、直立不動で男に対して敬礼していた。


「やれやれ...一体何の騒ぎかと思えば、由緒ある戦士一族ポップ家の末裔ハリガネ=ポップ氏ではないか~。お久し! 嬉しー! 僕セクシー! オッケーイ!! 」。


男は兜を仲間に手渡し、その仲間から一輪の白い薔薇を受け取ってハリガネの方へ歩み寄った。


「おぉっ!! 本物の騎士ナイトだ!! 」。


「わぁ~!! 綺麗な馬~!! 」。


「私が手振ったら反応してくれるかしらぁ!? 」。


「キャー!! こちらをお向きになられたわぁ~!! 」。


「閣下~!! 」。


「キャー!! キャー!! 」。


「はははっ! サンキュー! サンキュー! 」。


男は黄色い悲鳴を上げる周囲の民衆に手を振り、微笑を浮かべながら白い歯を輝かせていた。


「相変わらずナルシスト全開ですな~。サクラダきょう」。


「ナルシスト?? ...ははっ! 誉め言葉として受け取っておこう~。ところで、元気にしていたかね~? ハリガネ=ポップ氏~」。


「地獄にいる気分でしたけど、サクラダ卿に出会って地獄の最底辺にまで落ちたというのが今の心境です」。


げんなりした様な表情でハリガネがそう答えると、男は両手で自身の口を押えて悲痛な表情を浮かべた。


「おおっ...!! 神よっ!! 全てを失い可哀想な社会的弱者に尚も試練を与え続けるというのですか!? あぁっっ!! この哀れなハリガネ=ポップ氏に神のご加護があらんことをっ...!! 」。


男は地面に跪き、天に祈りを捧げ始めた。


(コイツ...知ってるくせに。白々しい事しやがる...。クソうぜぇ...)。


うんざりした様子で男を見下ろしているハリガネにミドルが耳打ちした。


「...なんか騎士っぽいけど、お前の知り合いか? 」。


「前に...」。


「エブリバディッッ!! カモンッッ!! 」。


ザッッ...!!


ハリガネが答える前に聞く耳を立てていたその男は、“待ってました”と言わんばかりに指を鳴らして集合をかけた。


その行動に反応した仲間達は乗っていたヒスイから即座に飛び降り、男の後ろに横一列で並び待機の姿勢をとった。


「これはこれは、自己紹介が遅れてしまったね~。僕はポンズ王国の第四代目サクラダ子爵を務める貴族であり騎士のカノー=サンジンジャ三九世と申す。何卒よろしく頼むよ~。そして、この集団は僕が束ねる崇高なる精鋭部隊...ッッ!! 」。


ザッッ...!!


「ポンズ王国が誇る騎士団“AT05”だッッ!! 」。


カノー共にその仲間達も“それっぽいポーズ”を決めた。


「キャー!! キャー!! 」。


周囲の民衆からまたしても黄色い悲鳴が上がると、カノーは“決まった”といった満悦の表情で浮かべて決めポーズのまましばらく静止した。


「...騎士団? お前、さっき騎兵隊って言ってなかったか? 」。


ミドルは騎士団のアクションに臆することなくハリガネに再度耳打ちをした。


「それは...」。


「良い質問だ~、庶民の君~」。


ハリガネの言葉をまたしても遮り、カノーは白い歯を光らせて話を切り出した。


(誰もアンタに質問してねぇよ...)。


ハリガネはうんざりしつつ、心の中でカノーにそう突っ込んだ。


「いいかぁ~い? まず、騎兵隊も騎士団も魔獣を操り戦場に出たり任務に徹する。そういった部分に関しては同じだが、騎士団は騎兵隊を統轄したり指令を下す役割も担っているのさ~」。


「つまり、騎士団は騎兵隊の上層部隊ということなんですね? 」。


ミドルの言葉を聞いたカノーは満足そうに高笑いを始めた。


「はっはっは~!! それも騎士という称号は数多くの試練と厳しい資格がなければ得られぬ地位なのだよ~! そして、その騎士で結成された集団は僕が束ねる崇高なる精鋭部隊ッッ!! 」。


ザッッ...!!


「ポンズ王国が誇る騎士団“AT05”だッッ!! 」。


カノー共にその仲間達は再び“例のポーズ”を決めた。


「キャー!! キャー!! 」。


周囲の民衆から再び黄色い悲鳴が上がると、カノーは“決まった”といった恍惚の表情で浮かべて“また”決めポーズをしばらく保ったまま自分自身に酔いしれていた。


(...ケッ!! 馬鹿らしい...)。


ハリガネはそんな痛々しいカノー達に冷たい視線を送っていた。


「...ところで、ハリガネ=ポップ氏~? 君の御父上であるハリボテ=ポップ氏は元気なのかね~? 」。


心底からうんざりするハリガネを余所に、カノーは咳払いでその場を濁しながら問いかけた。


「王国を追放されてから、ずっと音沙汰なしですよ。むしろ、いなくなって清々している今日この頃ですがね~」。


「ほう~、文通とかはしてないのかね? 」。


「そんな律儀な人間に見えましたか? 仮に手紙が届いたとしても返信なんかしませんよ。もう、どっかでくたばったんじゃないですか~? 」。


ハリガネが素っ気なくそう答えると、カノーは再び地面に跪いて祈り始めた。


「おおっ...!! 神よっ!! 王国から追い出された哀れなハリガネ氏の御父上、ハリボテ=ポップに幸と神のご加護があらんことをっ...!! 」。


「そんで、サクラダ卿の御父様は元気ですか? 」。


ハリガネはそんなカノーのリアクションを軽く受け流し、さり気なく話題を変えた。


「うむ! お陰様で元気さ~! 今でも君の御父上に呪術...ゴホンっ! 無事であるようにと祈りを捧げているよ~。いやぁ~! あれは不幸な事故だったね~! 」。


「あ、もしかしてハリガネの親父が暴行した貴族出身の政治家って...」。


こっそりとハリガネに耳打ちするミドルの言葉に、カノーはまたしても反応して恍惚な表情を浮かべながら再び高笑いを始めた。


「はっはっは~!! その通りッッ!! 貴族の中でも歴史ある名家サクラダ出身にして貴族院の副議長も歴任した伯爵カノー=サンジンジャ三八世とはこの僕の父ッッ!! そして、息子である僕は軍人かつ騎士であるとともに王国騎兵隊隊長として指揮を執り、王国軍の大尉として活躍しているという事だッッ!! そして、その高貴な僕が団長を務めている崇高なる精鋭部隊こそがッッ!! 」。


ザッッ...!!


「ポンズ王国が誇る騎士団“AT05”だッッ!! 」。


またもや、カノーとその仲間達は“例のアレ”をした。


「キャー!! キャー!! 」。


「...アホらし、行くぞ」。


「あ、おい待てよっ! 」。


ハリガネはそんなカノー率いる騎士団“AT05”を横目で睨みながら、リアカーをミドルと動かし始めた。


「まぁ、安心したまえ~! 父上は分からんが、僕は人を憎むような事などはしないッ! 神も人間の罪を赦したのだからなッ! 神を信仰し、人に寛大であれッ! 騎士道精神とはそういうものだッ! アッハッハッハ~!! 」。


「あ~あ、時間無駄にしちまったなぁ~」。


「お~い!! 無視するな~!! 王国配下から抜けた今の君がどんな職に就いているのかは存じないが、いずれにせよ平民が高貴なる騎士を無視するなんてっ! い~けないんだ! イケメンだ! オッケーイ!! 」


ハリガネ達はそう声を掛けているカノーに背を向け、リアカーと共にその場から離れていった。


「全く、これだから庶民は...。品のあるジョークが通じないなん...おやっ!? 」。


カノーは近くで騎士団を傍観していた若い女性の存在に気づくと、自身が持っている一輪の薔薇を彼女に差し出した。


「僕は宝石コレクションが趣味なんだけど、どんなハイグレードな石よりも君の瞳が輝いていたから思わず足を止めてしまった...。こんな人前で話しかけてしまった事を赦しておくれ...。君に出会ってしまったというこの喜びを抑える事が出来なかったのさ...」。


「え...? 私みたいな庶民が騎士様とお話するなんて...」。


「ハッハッハッ~!! 高貴な僕と話をする事は罪ではない...。むしろ罪なのは、その美しい君の瞳だ」。


「いや、そんな...」。


「もうすぐ仕事も終わるし、このまま僕のヒスイに乗ってディナーでもどうだい? ナイトとッ! トゥナイトッ! ワンナイトォッ!! フゥゥゥゥゥゥ!! 」。


「キャー!! キャー!! 」。


(こんな人間が上流階級だなんて...。ポンズ王国も終わりだな...)。


ハリガネは後方で盛り上がっている騎士団や傍観者達を一瞥し、呆れた表情を浮かべながらミドルと共にパブを目指すべくリアカーを再び動かし始めた。


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