第五幕 「噂」
彼の口から語られるのは、この旧校舎が戦前に建てられたもので、かつては病院や軍の研究施設として使われていたという話だった。
さらに、地下で人体実験が行われていたのではないかという、まるで都市伝説のような噂話が続く。
「チープな噂だなぁ……」と、思わず苦笑いを浮かべる自分に、木村さんも「なぁ!出来すぎたよくある怪談だろう。」と、いつものようにケラケラと笑いながら言った。
その笑い声の中に、どこか不気味な響きが混じっているように感じた。
彼はさらに続けて、「しんちゃんは知らないと思うけど、この旧校舎の噂を昔、ミステリー研究会で調べたことがあるそうなんだ。」と教えてくれた。
「へぇー、そうなんだ」と驚きの声を上げる自分に、木村さんは「それで調べた結果は、割りと普通だったみたいよ。」と、少し残念そうに言った。
「俺も先輩からも聞いたんだけど、今は老朽化のため立ち入り禁止になっている二階部分には、この旧校舎にまつわる資料が保管されている部屋があるらしいんだ。」
木村さんによると、「あそこには全ての事実が納められていて、戦前の建物というのは本当らしいんだ。でも、病院でも軍の研究施設でもなく、ただの孤児院だったんだよ。」と教えてくれた。
「えっ!孤児院だったんですか?」と驚く自分に木村さんは「そうみたいね。」と落ち着いた口調で答えた。
すると、木村さんは続けて「その孤児院に関する白黒の写真がたくさんあり、その後ろには「孤児院 輝望の里 昭和18年開園」と銘が刻まれていたみたいなんだ。
他にも何枚か当時の多くの子供たちと大人の姿が写っている写真があったらしいよ。」と語ってくれた。
「えぇ……」と自分が驚いていると、木村さんは「だけど、ここには少し変わったことがあるんだよ。」と言ってきた。
「変わった事?」
その時自分の中で何かひやりとした気配がしたが、自分はそのことを口にせず、「何か気になることでもあるんですか?」と返した。
すると、彼は「実は去年の話なんだけど、うちの部活でお化け屋敷をやったんだよ。そのとき、隣の教室の棚を退けたら、地下室につながるかもしれない扉を見つけたんだ。」と言った。
「地下室って、まさか?」と驚愕する自分に木村さんは、「正確にはその扉が地下室に通じているかは分からないんだ。開けた訳じゃないからね。あの扉は鍵がかかっていて、中には入れなかったんだ。
もしかしたら床下のメンテナンス用の入り口かもしれないんだけど、でも棚で隠されているのは明らかに変じゃないかなあ?」と疑念を抱く様子で話した。
確かに……、そのメンテナンスのための入り口の可能性はあるけど、木村さんの言うように隠しているのは確かに怪しい気がする。
その言葉に自分が頷いていると、自分の心の奥に潜む不安がじわじわと広がっていくのを感じた。
「それでね、その扉のことを関口さんが気にしているらしいんだ。今、いろいろと探っているみたいでさ。」木村さんは、目を輝かせながら続けた。「なんでも、先生に頼んでこの旧校舎に部活の備品を置かせてもらっているらしいんだけど、それを取りに行く口実にして二階に上がって、いろいろ調べているみたいよ。」
その言葉を聞いた瞬間、昨日の関口さんの様子が脳裏に浮かんだ。彼が自分と幽子に旧校舎のことを尋ねてきたのは、まさにこのためだったのか。心の中で何かが弾けるような感覚を覚えた。
「それで、地下室の入り口の鍵らしい物も見つけたって言ってたよ。」木村さんは、さらに興味をそそるように続けた。
「関口さん、そんなことをしているんですね。」自分の声は、驚きと興奮が入り混じったものだった。
「でもね、地下室以外にもこの旧校舎にはまだ変なところがあるんだ。」木村さんは、まるで秘密を打ち明けるかのように、声を低めた。
「えっ!地下室以外にも何かあるんですか?」自分の心臓が高鳴る。木村さんの言葉には、まるで魔法のような魅力があった。
「それがね、ここにまつわる怪談についてなんだよ。」木村さんは、含みを持たせた笑みを浮かべながら言った。
オカルト好きの自分は、その瞬間、まるで未知の世界に引き込まれるような感覚を覚えた。ワクワクした視線で、続き!続き!と話をせがむ。木村さんの目が一瞬、楽しげに輝いたが、すぐに焦るなと言わんばかりのジェスチャーをして、話を続ける準備を整えた。
自分はリハーサルで耳にしたことを思い出しながら、木村さんの話に耳を傾けた。
「俺が話す怪談は、この旧校舎にまつわるものなんだ。実は、話すことになってから、他にもここにまつわる怪談がないか調べてみたんだよ。」
「その結果、妙な事実に気づいたんだ。旧校舎に出てくる幽霊たちは、身体の一部分が欠損した大人の姿をしていることが多い。しかも、その大人たちの服装は戦前のものを思わせる女性や、医者のような白衣をまとった者、さらには神主や宗教的な服装をした人々など、まるで統一感がないのだ。」
「さらに奇妙なのは、ここが孤児院だったはずなのに、子供にまつわる怪談が一つも見当たらないことだ。おかしいと思わないか?」
自分はアゴに手を当て、じっくりと考え込んだ。女性の幽霊は、もしかしたらこの孤児院に関係した人かもしれない。
医者の姿は、旧校舎にまつわる噂から生まれた思い込みで、そうした存在が見えてしまったのかもしれない。
しかし、身体の欠損や宗教的な服装をした人々は、一体何を意味しているのだろう?
子供の幽霊が一つも存在しないという事実も、心に引っかかる。
孤児院という場所は、子供たちの悲しみや苦しみが渦巻く場所であるはずなのに、その影がまるで消え去ったかのようだ。考えを巡らせるが、なかなか辻褄が合うストーリーが見つからない。
そんな事を考えてる自分に木村さんは「実はもう一つ気になる事があるんだ……」と告げた。
「えっ!まだあるの?」と驚愕する自分をよそに、木村さんは静かに言葉を続けた。
「みんな怖がらせると悪いから言わなかったんだけど、この旧校舎の中に入ってから、変な感じがするんだよ。」その声は、まるで暗い秘密を打ち明けるかのように、外の雑音をかき消して響いた。
彼の目には不安の色が浮かび、まるでこの場所に潜む何かを見透かしているかのようだった。木村さんの言葉は、まるで薄暗い霧の中から浮かび上がる影のように、心の奥に不気味な感覚を呼び起こす。「しんちゃん、俺だけかなぁ?と思ってたら、隣の部屋で2人も倒れたって事件もあったじゃん。何か怖くてよぉ……。しんちゃんは何か感じない?」
その問いかけに、俺の心臓は一瞬高鳴った。木村さんもこの旧校舎の異様な雰囲気に気づいていたのか。
「実は自分も…」と言葉を返そうとした瞬間、会場のドアが音を立てて開き、関口さんや3年の先輩たちが入ってきた。彼らの明るい声が、木村さんの不安を一瞬でかき消してしまう。
「おっ!早いじゃん」、「2人気合い入ってるねぇ。」と、いつもの雑談が始まった。
時間を見ると、もう12時になろうとしている。雑談の声が響く中、他のメンバーも続々と集まってきて、結局木村さんには自分や幽子が感じたこの旧校舎の違和感について話すことができずに、話が終わってしまった。
「さぁ!準備始めるか。」という掛け声が響き渡り、各自の準備が始まった。しかし、心の奥底には不安が渦巻いていた。木村さんの言葉が頭の中で反響し、旧校舎の不気味な雰囲気がますます強く感じられる。何かがこの場所に潜んでいる。何かが、自分たちを見つめているような気がしてならなかった。
準備が進む中、自分はその不安を振り払おうとしたが、心の中の違和感は消えなかった。果たして、この旧校舎に隠された真実は何なのか。木村さんと共有できなかったその思いが、ますます重くのしかかってくる。何かが起こる予感が、自分の背筋を冷たくさせた。
そんな中、怪談会の控え室は、まるで仮装大会のような賑わいを見せていた。
様々な衣装に身を包んだ出演者たちが、幽霊のように白粉と血のりを施したり、某妖怪漫画のキャラクターに扮したりしている。
和装で決めた者もいれば、個性的なコスプレを楽しむ者もいる。
控え室の空気は、緊張と期待が入り混じり、まるで一つの大きな舞台の幕が上がる瞬間を待っているかのようだった。
その中で、自分は特に目立つ衣装を持っていなかった。
首元には蝶ネクタイをつけ、「司会です」と書かれた100円ショップで売られているようなたすきを掛けているだけだ。
しかし、やることがないわけではない。機材の設置や音響の確認、めくり立て札の設置、演目の順番の確認など、忙しく動き回っていた。
時間はいつの間にか12時半になり、開演まであと30分。お客さんも徐々に入ってきて、席に座って携帯電話をいじったり、物を置いて一旦外に出たりしている。
そんな中、「みんなお疲れ!」と元気な声が響いた。振り返ると、銀色の髪に丸いサングラスをかけた男性が入ってきた。
彼は、まるで某呪術系漫画に登場する最強の先生のコスプレをしている最木先生だった。
自分は思わず声をかけた。「先生、凄いですね、その格好で来たんですか?」最木先生は、子供のような笑顔を浮かべながら、「いや~ぁ!駐車場係していてね、そこから一旦職員室に戻って、そのまま着替えて来たんだよ。ところでしんいち、どうだこの衣装は?俺、このキャラ凄くファンでさぁ、似合うか?」と見せびらかしてくる。
「めちゃくちゃ似合ってますよ。」と親指を立てて称賛すると、「そうか!ありがとう」と嬉しそうに他の部員にも見せに行く。まるで子供のような無邪気さを持つ先生に、少し安心感を覚えた。
開演5分前、客席は上々の入りで、立ち見は出ていないものの、座席はほぼ埋まっていた。自分は入り口にスタンバイし、開演のタイミングを伺っていた。腹はくくったものの、緊張がじわじわと押し寄せてくる。序盤の流れとしては、開演の音楽と共に入り口から会場に入っていき、お客さんに挨拶をする手筈だ。
その時、最木先生が小さな声で「大丈夫!大丈夫!深呼吸してー」と声をかけてくれた。彼の言葉は、まるで心の中の不安を和らげる魔法のようだった。自分は大きく深呼吸を数回繰り返し、心を落ち着ける。
そして、開演の合図の音楽が鳴り始めた。あとは自分のタイミングで会場に入るだけだ。「よし!行くぞ。」と気合いを入れ、心の中の緊張を振り払うように、会場へと足を踏み出した。
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