幽子さんの謎解きレポート

７体目 「生き霊」

彼女は静かに微笑みながら、淡々と語っていく。「そうそう、星野さんの嫉妬心や独占欲がどれほど強いか、想像できるだろ？ 彼女のような人から生まれた生き霊は、祓ったところで簡単には消えないんだよ。すぐに戻ってくるか、消した瞬間に新しい生き霊がまた生まれてしまうのがオチなんだ。」

その言葉を聞いた瞬間、自分は背筋に冷たいものが走った。

「生き霊は怖い」と言われる話は、オカルト好きの間ではよく耳にするが、こうして彼女の口から直接説明されると、その恐怖が一層リアルに感じられた。

「コワッ」と思わず身震いしてしまう。

「えっ、それで、もう一つのお祓いができない理由は何なの？」と、自分は興味をそそられ、幽子に問いかける。

幽子は少し考え込むように目を伏せ、静かに言葉を紡いでいく。

「もう一つの理由についてだけど、基本的に生き霊というものは、強い念が形として現れるものなんだ。

生きている人の魂が飛んでくるというイメージは間違いで、仮にそんなことがあったとしても、それは非常に稀なケースなんだ。

だって、考えてみろ。

生きている人の魂が飛んできたら、本体の人間は死に近い状態になってしまうし、他の幽霊が入り込みやすくなるだろ。

そうなったら、危険極まりないだろう？」

彼女の言葉に、自分は思わず頷いた。

「確かに……」と呟き、さらに話の続きを促す。

「それで？」

幽子は少し間を置いてから、続けた。

「実は、小林さんに憑いている星野さんの生き霊は、かなりレアなタイプなんだ。

ひとつは星野さんの念で作られた生き霊で、もうひとつは星野さんの魂の一部が飛んで生き霊になっているものも憑いているんだ。」

その言葉に驚きが走った。「それって、もしかして小林さんには違うタイプの星野さんの生き霊が、二体分憑いているってこと？」と尋ねると、幽子は「そんな感じだ」と頷いた。

「二体となるとなかなか厄介でな、特に魂の方の生き霊は、強引に祓うと星野さんの方にもダメージがいく可能性があるから、慎重に対処しなければならないんだ。」幽子は真剣な表情で続けた。

そこで、彼女は少し得意げに言った。

「それでだ！実は、ちょっとおばあちゃんに頼んで、二つのお守りを作ってもらったんだ。」

その瞬間、自分は「あれかぁ！」と呟いた。

小林さんと星野さんに渡していた、青と赤のお守りのことを思い出した。幽子はそのお守りについて、さらに詳しく解説を始めてくれた。

幽子は、青いお守りについてさらに詳しく説明を始めた。

「小林さんに渡した青いお守りには、実は二枚のお札が入っているんだ。一枚は、小林さんに幽霊が見えなくなるための不可視化のお札。

そしてもう一枚は、外からの影響を防ぐための結界のようなお札を入れてもらったんだ。」

その言葉を聞いた自分は、思わず「へーぇ」と頷いた。

しかし、心の中には疑問が湧いてきた。

「結界はなんとなく分かるんだけど、不可視化にはどういう意味があるの？」

幽子はその問いに、ゆっくりと答えていく。

「あぁ、不可視化させることによって、生き霊の力を弱めることができるんだよ。君も聞いたことがあるだろ？幽霊を見かけたら気づかない振りをするのが良いと。

実は、幽霊の類いは、こちらが認知してしまうと結び付きができてしまって、力が増してしまうんだよ。」

彼女の言葉は、まるで霧が晴れるように自分の中にあった謎が晴れていった。

「幽霊が必要以上に脅かしにくる理由は、相手に自分をアピールして、知覚や認知をさせようとする行動みたいなものなんだ。

不確かな存在が認知されることで、確かな存在へと変わる感じだと思う。」

幽子は続けて、熱心に説明を続ける。

「そこで、不可視化のお札を使って強制的に見えなくしてしまえば、いくら生き霊がアピールしても小林さんは気づかないのと一緒だから、自然と生き霊との結び付きが弱まっていく。そうすると、生き霊も力が弱まっていくんだ。」

彼女の言葉には、確かな知識と経験が滲み出ていた。

自分はその説明を聞きながら、幽霊の存在がどれほど微妙で、また危険なものであるかを改めて実感した。

幽子は、自分の驚きに気づいたのか、さらに話を続けてきた。

「そして、星野さんに渡した赤いお守りについてなんだけど、あれには彼女の生き霊、つまり魂が外に出ないためのお札が入っているんだ。

まぁ小林さんのお守りに入っているお札とほぼ同じで、結界的な役目を果たすお札なんだよ。

ただ、一つ違いがある。

小林さんのは外から来たものを守るお札で、星野さんのは封印するためのお札だと思っていいな。」

幽子は、星野さんの状況について詳しく説明を続けた。

「星野さんの魂の一部は、おそらく告白を受けたと聞いた後から小林さんに付きまとっていたんだと思う。

だから、お守りで封印して外に出せなくして、魂を離れづらくさせるんだよ。」

彼女の言葉を聞きながら、自分はその意味を噛みしめた。

幽子はさらに続けた。

「簡単に言うと、ギブスみたいなものかな。骨が折れたときに、ギブスで固定するように、星野さんの魂を固定して守るためのものなんだ。」

幽子の説明は、星野さんの魂が不安定な状態にあることを示すかのように、彼女の例えは、自分にとって非常に分かりやすかった。

すべての解説を聞いた自分は、星野さんの顔を思い浮かべていた。

彼女は可愛らしく、優しさが滲み出るおとなしい印象を持っている。そんな彼女が、実は人一倍の嫉妬心と独占欲を抱えているなんて、まるで別人のように感じられた。彼氏に生き霊を飛ばす姿を想像すると、そのギャップに思わず息を呑んだ。

「女って怖いなぁ」と、心の中で呟く自分がいた。

闇という言葉が大袈裟に響くかもしれないが、彼女の内面に潜む複雑な感情を知ると、そう感じざるを得なかった。

可愛らしい外見の裏に隠された、嫉妬と独占欲の渦。まるで美しい花の中に潜む毒のようだ。

その瞬間、自分は頭の片隅にあった考えがふと浮かび上がった。

星野さんの心の奥底には、どれほどの不安や恐れが渦巻いているのだろうか？。

彼女の優しさは、もしかしたらその不安を隠すための鎧なのかもしれない。

彼氏を失うことへの恐れが、彼女を孤独にさせているのではないかと、思いを巡らせていた。

「ねぇ、幽子。もしかしてなんだけど、小林さんって中学生の頃から金縛りによくかかっていたって言ってたよね。それって、星野さんの生き霊が関わってたりするのかなぁ？」と、自分の考察を幽子に話してみた。

幽子は少し考え込んだ後、真剣な表情で答えた。「おそらく関係あると思うぞ。」

「えっ！おそらくなんだぁ」と、彼女の曖昧な答えが気になり、さらに聞いてみる。

「前にも言ったことがあるとは思うが、霊感というものは万能ではないからな。

流石に過去のことまでは分からないさ。

ただ、私は君と一緒で運動は合気道しかやっていないから、運動し過ぎで金縛りにあうっていうのがどれくらい起こるのかは分からないし、百歩譲って小林さんが金縛りにあいやすい体質だったとしても、それでも小林さんの金縛りの頻度は多いんじゃないかと思うぞ。」

幽子の言葉に、思わず自分も納得する。

彼女は続けた。

「これも私の憶測なのだが、星野さんの話では中学時代の二人の関係は、まだ先輩と後輩の間柄で、あこがれの先輩って感じだったようだから、星野さんの念もそれほど強くなく、小林さんへの影響も金縛り程度で済んでいたんじゃないかと思うぞ。」

彼女の言葉を聞きながら、自分はその情景を思い描いた。

中学時代、星野さんは小林さんを見つめるだけの存在だったのだろう。

告白されたのは中学三年の時だが、高校受験もあったため、まだ彼に意識を集中させる余裕はなかったのだ。

「でも、正式に付き合い出してからは、さっき話した彼女の嫉妬心や独占欲が強まって、黒い影として形になってしまったのではないかと思うぞ。まぁ、あくまでも推測だがな。」

「ふぅーん……、じゃあ小林さんの右手の怪我は生き霊と関係があるの？」自分は興味を持って、さらなる疑問を幽子に投げかけた。

幽子は少し苦笑いを浮かべながら、首を振った。「いやいや！話を聞いてみた感じでは、あれは関係ないと思うぞ。本人も分からない的な反応をしていたしな。」

彼女の言葉には、どこか安心感があった。

小林さんの怪我が生き霊の仕業ではないと聞いて、自分はほっと胸を撫で下ろした。

そんな自分を見て幽子は、「何でもかんでも生き霊のせいにするのは良くないぞ。あの怪我は本当にたまたまだよ。」

その言葉に、自分は少し考え込んだ。

でも確かに、何か不幸な出来事が起こると、すぐに霊的な要因を疑ってしまうことがある。

幽子の言う通り、現実には偶然や不運が絡むことも多いのだろう。

「そうなんだぁ」と私は相づちを打ちながら、幽子が話してくれたことを頭の中で整理していた。その時、ふと疑問が浮かんだ。

「ねぇ！ちなみに幽子は、いつから小林さんに憑いてる生き霊が星野さんの生き霊だと分かったの？」思わずその疑問を口にした。

幽子は少し考え込みながら、「あぁ、星野さんと会った時かなぁ？彼女と初めて会った時に、何か影響がないのか軽く霊視をしたんだ。

その時に、彼女の魂の一部が欠けていたから、もしかしてっと思った程度だよ。」

その言葉を聞いて、自分は驚きと共に納得した。幽子の霊視の力は本物だと改めて感じた。

彼女は続けて、「それで、小林さんのお守りは、君が一昨日来た時におばあちゃんに頼んで用意してもらっておいたんだ。

でも念のために、昨日おばあちゃんに話をして、星野さんのお守りも作ってもらったり、彼に使う霊感テスト用の物を用意してたりしていたんだ。」

「あぁ、それで用事があるって言ってたのかぁ」と、自分は合点がいった。

幽子の周到な準備に感心しつつ、彼女の優しさを感じた。

小林さんと星野さん、二人のために尽力する幽子の姿が目に浮かんできた。