Epiphone1 黒い影の生き霊編

1話目 「星野さん」

自分には少し変わった友人がいる。

名前は幽子、もちろんあだ名である。

彼女には変わった能力が何個かあるのだが、その中の1つに霊感と言われる物がある。

そんな彼女と一緒にいるといろいろと不思議な体験を経験出来る

そんな彼女と体験したエピソードを1つ紹介しよう。


事の始まりは、幽子と同じ高校に入学してから少し経ったある日の放課後だった。

陽が傾き、部室の窓から差し込む柔らかな光が、まるで青春の一瞬を切り取ったかのように、部屋を温かく包んでいた。


その日も、いつものように先輩たちと共にオカルトの話やマンガの話に花を咲かせ、貴重で無駄な青春のひとときを楽しんでいた。


そんな和やかな雰囲気の中、突然、部室のドアを「コン、コン」とノックする音が響いた。思わず会話が途切れ、皆がその音に耳を傾ける。

次の瞬間、「すみません……」と、様子をうかがうような小さな声が聞こえ、ドアがゆっくりと開いた。

そこに立っていたのは、ショートカットのかわいい女の子だった。


「どうしました?」と先輩が近づいて対応した。自分は「なんだろう?」と思いながら、先輩とその女の子の様子をうかがっていた。すると、先輩が自分に向かって「おーい!しんいち、お前に用事だってよ。」と言ってきた。


「えっ!」と思い、その女性の顔を改めて見るが、やはり見覚えはない。

ただ、目の前の彼女はとても可愛く、魅力的な雰囲気を漂わせている。

まるで恋愛アニメのワンシーンのように、心がドキドキしてくる。

俺にも春が来たのかと淡い期待を抱いたが、そんな期待は目の前の彼女の言葉ですぐに消え去った。


「あの~、佐々木さんといつもいるお友達の方ですよねぇ?」彼女の声は、少し緊張した様子で、しかしどこか親しみを感じさせるものだった。

どうやら幽子に用事があるようだ。


実を言うと、こんなことは今日が初めてではない。

周囲の人々は、幽子の霊感の噂を耳にし、心霊的な相談をしたいと思っているようなのだが、しかし、幽子の周りには人を寄せ付けない不思議なオーラが漂っていて近づくことすら出来ない。


幽子自身曰く、「不言不語の術」と呼ばれる怪しい術が彼女の周囲に展開されているため、誰も彼女に声をかけることができないのだ。

だからこそ、幽子に相談したい人々は、必ず普段仲良くしている自分に仲介を頼んでくる。

まるで幽子のマネージャーのような役割を果たしていた。


目の前に立っていた見知らぬ彼女にも話を聞いてみると、「えっ!彼女全然喋りかけられないし、何か恐いじゃないですかぁ。それで…」と不安な様子で答えた。

そんなに幽子の「不言不語の術」は凄いのかと、内心驚きつつも感心していた。


そこで、目の前の彼女に名前や幽子にどんな用事があるのかを尋ねてみた。

彼女の名前は星野沙織(ホシノ サオリ)。

ショートカットが似合う魅力的な子で、学年は幽子や自分と同じ高校1年生だが、クラスも学科も違うため、正直なところ面識は全くなかった。


おそらく心霊的な相談だろうと思いつつ、「幽子にどんな用事なんですか?」と星野さんに聞いてみると、彼女は少し戸惑いながらも、「あの~、噂で聞いたんだけど、佐々木さんって本当に霊感あるんですか?」と逆に質問を返してきた。

自分のことではないのに、なぜか自信を持って「もちろんありますよ」と答えてしまった。


その返事に、星野さんは少し笑顔になり、「そうなんだ!いやぁ、実はちょっと佐々木さんに相談にのってもらいたくて……」と話を始めた。

どんな相談かというと、彼女自身のことではなく、どうやら彼氏の周りで起きていることについての相談のようだった。


軽く話を聞いてみると、最近、彼氏が定期的に金縛りにあっており、その際に黒い影を見たり、ひどい時には髪の長い女性の影に襲われることもあるという。

さらに、彼はその髪の長い影のような幽霊に心当たりがあるらしく、どうやら生き霊ではないかと考えているそうだ。

彼女は、彼に本当に生き霊がついているのか、またお祓いができるのかを幽子に聞いてほしいと頼んできた。


かわいい子の頼み……いや、困っている人を見捨てられない自分は、「幽子に聞いてみるよ!」と快く引き受けた。

そして彼女の連絡先やクラスを尋ね、後で連絡する約束を交わした。

心の中で、これから起こる新しい事件に少し期待を抱きながら。


夕暮れ時、学校からの帰り道、自分は家から少し足を伸ばして、近くにある幽子の家を訪ねることにした。

心の中には期待と少しの緊張が入り混じっていた。

呼び鈴を鳴らし、玄関で待っていると、ドアがゆっくりと開き、幽子が姿を現した。


彼女はまだ制服姿で、学校から帰ってきたばかりのようだった。しかし、その表情は明らかに不快感を漂わせている。


「君はこんな時間に同級生とはいえ、女性の家を訪ねるなんて、恥ずかしいとは思わんのかね?」幽子は、まるで彼女の中の古風な価値観を持ち出してきたかのように、意外な言葉を口にした。

まだ夕方の18時前だというのに。


「イヤイヤ!」と、自分は軽く突っ込みを入れた。

彼女の反応に少し笑いをこらえながら、彼女の不機嫌さを和らげようとした。


その時、奥から幽子の祖母の声が聞こえてきた。「あら!しんいち君、お久し振り。元気だったかい?星空せいら、しんいち君をそんな所に立たせちゃダメでしょ。早く上がってもらいなさい。」


その言葉に、幽子はまるで「おばあちゃん、余計なことを言わないで!」と言わんばかりの表情を浮かべた。

自分はその様子に少し微笑みを浮かべながら、彼女の内心を想像した。


「どうぞ…」幽子は納得のいかない顔をしながら、自分を家の中に招き入れた。

彼女の心の中には、複雑な感情が渦巻いているようだったが、自分は構わずお邪魔した。


幽子は帰ってきたばかりで、部屋は少し散らかっていると告げ、彼女は「おばあちゃん、応接室借りる」と一言告げ、自分をその方向へと案内した。


応接室と呼ばれるその部屋は、普段は幽子の祖母が占いや相談事のために使っている広々とした空間で、座り心地の良い椅子が並んでいる。


自分はその椅子にドカッと腰を下ろし、「あーぁ!」と深いため息をついた。

まるでこの瞬間を待ち望んでいたかのように、心地よい座り心地を堪能する。

だが、その安らぎも束の間、幽子の声が耳に飛び込んできた。

「さて!何の用だね?また変な頼み事じゃないだろうなぁ?」彼女の表情は明らかに迷惑そうで、少し怒りを含んでいる。


その反応も無理はない。今回のような頼み事は、もう何回繰り返しているのだから。


こんな幽子に頼み事をする際には、特別なコツが必要だ。


まずは、「だって頼まれちゃってさぁ!」と自分の立場を強調する。


すると、彼女はすぐに反応する。「君は馬鹿なのかぁ!断れば良いじゃないかぁ!やるのは私なんだぞ。」あるいは、「君はおかしいのか?何度も何度もこんな事を持ってきて。」と、文句や罵倒が飛び出す。

まぁ、これも当然の反応だと思う。


ひとしきり文句を言い終えた後、幽子は少し気が済んだのか、諦めたように「どんな話なんだ!言ってみたまえ。」と促してくる。

毎回、こんな風に罵倒に負けない仏のような無の心を持ち、粘り強く交渉するのが自分のコツだ。


彼女の反応を楽しむ余裕を持ちながら、自分は心の中で星野さんが語った事を思い出していた。


星野さんからの話を大まかに幽子に伝えると、彼女は少し考え込んだ後、ため息をつきながら言った。

「生き霊かぁ!君はまた面倒な頼み事を持ってくるなぁ……」その言葉には、少しの困惑と、しかしどこか楽しげな響きがあった。


「まぁ良い!少し準備しておくから、明日その星野さんを昼休みに私のところに呼びたまえ。」彼女の口調には、どこか自信が感じられる。

自分は心から感謝し、「ありがとう!面目立つよ。」と満面の愛想笑いで返した。


その瞬間、幽子は何かを思い出したかのように目を輝かせ、「あっ!言い忘れた!」と声を上げた。

「そうそう!分かっていると思うが、あの件も彼女に伝えておきたまえ。」彼女の言葉には、少し楽しげな雰囲気が漂っている。


あの件……。幽子が言うその「件」とは、報酬のことだ。彼女は決してこの手の相談事をタダでは受けてくれない。必ず報酬を要求してくるのだ。


「私はボランティア精神なんて持ち合わせていない。なのに何故、君が持ち込んだ変な頼み事や、見も知らない人のお祓いをしなければならないのだ!」と、彼女はいつも言う。

「だから私は自分を納得させるために、仕事として受けているのだ。自分の能力を使って仕事として受ける以上、報酬を要求するのは当然の権利ではないか!?」


その屁理屈には、いつもながら感心させられる。だが、幽子の要求する報酬は決して高額なお金や高価な物ではない。

大概はファーストフード店の限定ハンバーガーセットや、お気に入りのケーキ屋さんの季節限定ケーキといった、割とリーズナブルなものだ。

ちなみに、幽子は食べることが大好きなのだ。


彼女にとって、これは絶対に譲れない条件であり、自分もそこは尊重している。

そこで、「今回の報酬は何にするの?」と尋ねてみると、彼女はすでに決めている様子で、「マックの新作が良いなぁ、もちろんセットでだ!」とニヤリと笑った。


「分かった、伝えておくよ。」と自分は答え、席を立った。幽子の祖母に軽く挨拶をし、彼女の家を後にした。


夕暮れが過ぎた後、家に帰り着くと、心地よい疲れが体を包み込む。

夕飯を済ませ、まったりとした時間を過ごした後、星野さんから聞いていた携帯電話に手を伸ばした。

事前に「21時辺りに連絡します」と伝えていたため、彼女はすぐに電話に出てくれた。


「どうでした?佐々木さん、話聞いてくれそうですか?」彼女の声には不安が滲んでいた。

自分は優しく微笑みながら、「大丈夫でしたよ」と答えた。

すると、彼女はほっとした様子で「ホントですか、良かった!」と声を弾ませた。


その安堵の声を聞いた自分は、少し恐縮した感じで「そうそう!一つお願いがあるんですが……」と切り出すと、星野さんは「何ですか?」と興味を示した。


自分は幽子の報酬の件を伝えた。

星野さんは一瞬驚いたように「はぁ!?」と声を上げ、続けて「はぁ!?」と二度目の反応を返した。

説明が終わる頃には、彼女の声には苦笑いが混じり、「分かりました」と少し笑ったような声で応じた。


「じゃあ!明日お昼休みの時に伺います」と彼女は言い残し、電話は静かに切れた。

自分はその言葉を胸に、明日への期待を膨らませながら、夜の静けさに包まれていった。

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