第13話 綺麗な心
「綴。そろそろ階層主の報告を聞いた魔導師たちが到着する」
と、そこで紡詩はそんな事を言い出した。
「魔導師? このスラムみたいな第一階層にもちゃんといるんだね」
「彼らは彼らの移動手段で上層からやってくる。今向かってるのは第三階層から来た〈第二等級〉の魔導師たち」
「〈第二等級〉って、すごいの?」
「学園を卒業した魔導師たちだから、まあトウキョウダンジョンの魔導師の上位10%くらい」
「それは強そうだね」
「全然大したことない。有象無象」
そう言ってのける紡詩は果たしていったい第何階層の第何等級の人間なのか、本格的に気になってきた。だが、おそらく聞いても教えてくれないのだろう。
「とりあえず、灯織を普通の人間に見えるように魔法をかける」
紡詩がパチンと指を弾くと、灯織の身体がキラキラした白い光で包まれ、次の瞬間、普通の赤いワンピースドレスを着た女の子が姿を現した。
「わぁ、ありがとう紡詩姉っ!」
灯織はひとまず、着せ替えでもしたかのように無邪気に喜んでいるようだ。そんな様子を見て取ってから、僕たちは工場から外へと続く道を歩き出す。
と、工場の端っこから伸びる通路に入ったところで、天井に空いた大穴から、一体二体と翼竜に乗った人間が降下してくるのが見えた。
おそらくあれが、紡詩の言っていた〈第二等級〉の魔導師たちなのだろう。
「見つからないように魔法を使った。早くいこ」
紡詩から何か魔力を感じたと思ったが、どうやら姿を認識できなくする類の魔法を使ったらしい。
僕は紡詩に心の中で感謝しながら、灯織を連れて通路を急ぎ歩いた。
*****
工場の内部は、工場全体から人が避難していたらしく、がらんとしていた。受付にも人の姿はなく、僕たちは無人のロビーを歩いて突っ切っていく。
「ねぇねぇ綴兄、綴兄はどうしてこんなところにいるんですか?」
灯織はあまり状況が分かっていないのか、呑気にそんな話題を振ってくる。
とはいえあまり彼女を邪険に扱って刺激するのもまずいだろう。ひとまず足早に歩きながらも返事をする事にする。
「僕は昨日魔法の才能があるってことでトウキョウダンジョンに連れてこられたばかりなんだ。ひとまず魔力を鍛えながら生きるために働かないといけないから、この工場に来たんだけどね……初日でキミが来たから、この職場はしばらく止まっちゃうかも」
「そうですか、トウキョウダンジョンで生きていくには、お金が必要ですもんね」
「そうなんだ。びっくりするくらい物価が高いし、外からお金を持ち込んだわけでもないから、いきなりギリギリの生活だよ」
僕はそれほど危機的状況でも悲観する性質ではないというか、比較的どこか俯瞰的に物事を眺めているところがある。
だから、いきなりトウキョウダンジョンに連れてこられても、それほど動じずに行動できたわけだが、現状は正直いってそんな僕でも大いに不安が残るものだ。
さっきはみなパニック状態で逃げていったようだから、特に僕が灯織と関わりを持った事はバレはしないと思う。とはいえ、この少女は階層主、つまり一般的観点でいえばトウキョウダンジョンに生息するモンスターの類と変わらない存在である。そんな少女を助ける、つまり一緒に行動していくというのは、なかなかにリスクが伴う行為だろう。そもそもトウキョウダンジョン内部の事もろくに理解していないのに、そのような決断をしてしまった事は、軽率だと言われても仕方がないと自分でも思う。
だが、それでも――
「そんな状況なのにわたしを助けようとしてくれるなんて……綴兄は、とっても綺麗な心を持っているんですね?」
小走りに僕の前に出てきて、振り返るように僕ににこっと笑みを向けながら、灯織が突然そんな事を言った。
綺麗な心を持ってる、なんてこんな可愛い女の子に言われたのは初めてだった。
思わずドキリ、と心臓が跳ねて、なんだか心地よい高揚感のようなものすら感じてしまう。
「綺麗な心か……初めて言われたけど、僕はそんないいものじゃないと思うよ」
謙虚さを見せたいわけでもないが、なんとなく否定したい心理に駆られてそんなセリフが口を突いて出る。
「いえいえ、綴兄の心は綺麗ですよ。わたしのような危険な生き物を助けようとするだけでも、その志は崇高で尊いです。わたし、本当に綴兄のそういう所に惹かれてるんですよ?」
灯織という美少女に明るい仕草でまっすぐにそんな事を言われると、彼女の事を本当に可愛らしく感じてしまって、なんだか頬が赤くなっているような感じがする。
「綴の心、綺麗にデレデレしてるね」
先行してぷかぷかと宙を進む紡詩が、振り向きざまにそんな皮肉を投げてくる。それを聞いて、少し意識を正常に戻そうというバイアスが働いた僕の心は、なんとか平常を保とうとこんな事を言う。
「ひとまず安心できる場所まで早く移動しよう。おしゃべりはそれからにしようか」
紡詩はどこか冷たい瞳でそんな僕の誤魔化しを観察している気がしたが、どうしようもないので、僕はひとまず歩く速度を少し早める。
「綴兄、手つないでもいいですか? いいですよね?」
一人僕の話を聞いていない少女がいたが、僕は諦めて無言で彼女に手を差し出した。
結局、工場を出ても、その手は繋がれたままだった。
ぎゅっと握られた灯織の指先は、まるで彼女の熱く燃え上がった感情が伝わってくるかのように暖かかった。
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