第2話 始動

心地が良い…


痛みも苦しみもない、安らかさ。


最初に感じたのはそれだった。


死とはこれほどまでに救いであったのかと実感する。


…願わくばこの安らかさが…。


……永遠に続いてほしいと……。





「…ん…」


自身の吐息が漏れたことに気付き、ゆっくりと瞼を開く。


意識はしていなかった。無意識のうちに瞼の裏に差し込む明るさと、安らかな騒めきの正体を探ろうとした。


僅かに開かれた瞼から見えたのは、深い緑色を発する木々と、木々の隙間から見える綺麗な青空であった。


昔、まだ幼かったころに歴史の本で見たことがある。


今は失われた、美しい自然であった。


「…ここは、一体…」


ゆっくりと瞼を広げながら呟く。


俺は確か…。と、そこまで思考が進んだことで、この異常さに気付く。


目をカッと開いたのも束の間、即座に上体を引き起こす。


「ど、どういうことだ!!」


上体を引き起こしたことで、空を移していた視界が変化する。


見渡す限りの木々。緑の絨毯であった。


目を見開いて言葉を失う。


「……夢…か?」


片手を地面に着けて立ち上がる。


身体の痛みも、ましてや重さもない。


末期がんに侵され、身体を動かすことすらままならなかったことを考えると、ありえないことであった。


末期がんが急に治ることなどありえない。


可能性があるとすれば、夢か、あるいわ…。


「…天国…って可能性もあるか…」


フッと柔らかな風が吹く。


木々の葉が踊るかのごとく揺れる。


弐式炎雷は暫くその心地よさに身を預けた後、小さく笑って起き上がる。


「まあ、どっちでもいいか…なんせ、こんなにも心地いいのだから…」


一歩を踏み出す。そうしてまた一歩踏み出す。


何の枷もなく歩くことができる。


思わず笑みを浮かべる。


そうして、どこまでも広がる森の中を少し速く歩き出した。





「こりゃあ、夢でも天国でもなさそうだな…」


遠くで起こっている、とある喧騒を見ながら、悩むような口調で呟いた。


暫く歩いていくうちに、少しずつ脳が正常な思考を可能としていた。


まず、木々の独特の匂いを感じ取れたのだ。


ユグドラシル時代ではありえない、制限された五感の一つである。


加えて味覚もある。


木々の匂いを感知してすぐ、慌ただしく近くの草をむしり取り、口に投げ入れた。


お世辞にも美味しいとは言えない、苦い草花の味が口の中に広がったのだ。


そして、腕をつねってみる。しっかりと痛い。


ここまで五感がしっかりと感じ取れるところを見ると、夢でないことは確かだ。


「…ゲーム…ユグドラシルⅡなのか?…しかし…」


弐式炎雷は、徐に右腕に意識を向ける。


すると、紫色のエフェクトが発動した後、その手に一つの短剣が出現する。


「…やっぱり『天照』が出る…それに、スキルや忍術もなんとなく使い方が分かる…」


先ほど、ゴブリンに襲われかけたとき、無意識のうちに取り出したのだ。…異空間から…。


その時は心底驚いたものである。


ゲームのように武器を取り出せたことも、自身のステータスがユグドラシル時代と『似ている』ことが理解できる。


ゆえに、ゴブリンを蹴散らすにはなんてことはない。


木っ端微塵を遥かに超える粉々加減であった。


そんな風にして少し前のことを思い出しながら、手に持った天照を振り下ろす。


短剣を振り下ろしただけとは思えないほどの暴風と衝撃が辺りを揺らす。


「…だが、ゲームと仮定した場合、この五感に説明がつかないな…しかもハーフゴーレムじゃなくて人間だし…」


弐式炎雷がユグドラシルをプレイしている時の種族はハーフゴーレムという異形種であった。


「人間っことは、種族レベル分は失われたってことか?…25レベ分だから、今は75レベか…。心許ないな…」


何かの手違いでユグドラシルⅡに強制的にログインさせられているとしても、なんの前置きもなく種族が変更されているのはおかしいと感じた。


「夢や天国にしてはできすぎているし…現実にしては自然環境に説明がつかない…」


そこまで考えたところで、遠くに見つめていたとある喧騒へと思考をシフトする。


1人の人間と思わしき男が、複数人の亜人と見られる集団に追い掛け回されている。


「亜人がいるところを見ると、タイムスリップしたとも考えにくいしなー…異世界転生とか?…いや、まさかそんなはずは…ん?」


人間と亜人の追いかけっこを見ている中で、ある点に気付く。


「…あの人、ケガしているのか…ゴブリンの時も感じたけど、血も妙にリアルだな…」


真っ赤な鮮血を見て、些少の不快感を覚える。


「まあ、助けるか…見たところ亜人も対して強そうじゃないしな…それに…」


弐式炎雷は、短く言葉を含めると、意を決したように目を鋭くさせた。


「同じ人間が襲われてるのを、黙って見てるわけには…いかないよな…」


かつて、同じギルド…クラン時代から共に戦ってきた、とある白銀の聖騎士の口癖を思い出しながら地面を蹴った。





とある森に、息を荒げ、覚束ない足取りをする男がいる。


「はぁ…はぁ…、くそ…なんということだ…。俺も焼きが回ったものだな…」


彼はレンジャーとしての力を活かし、とある任務を遂行していた。


この場所。アベリオン丘陵の亜人たちが何やら不穏な動きを見せているとの情報を得て、調査の任務を受けていた。


しかし、その成果を持ち帰ろうとした矢先、敵に見つかり、何とかここまで逃げてきたのだ。


だが、その際に足に大きな怪我を追ってしまった。


もちろん、すでにポーションを飲んだ。


だが、それだけでは完全に回復することはなく、多少の傷が塞がる頃には意識が朦朧とするほどの血を流していた。


「いたぞッ!九色のパベルだ!!」


白い体毛を全身に身に纏い、長く鋭い角を有した山羊のような見た目をした亜人が流暢な言葉で周りの仲間たちに告げる。


「くっ、くそ!」


それを聞いた男、パベルは痛む足と身体を引きずりながら、何とか歩を進める。


アベリオン丘陵を抜けるまでまだ5㎞ほどはあるだろう。


本来であれば30分程度で抜けられるその距離も、負傷している身には酷く遠く感じる。


そんなパベルの進行を邪魔するようにして、前の茂みが揺れ動く。


「へっ、追い詰めたぜ、パベル・バラハ!!」


「ッ…!ちっ…」


パベルは歩みを止め、目を凝らす。


山羊人がニヤッと不敵な笑みを浮かべる。


歩みを止めたことで、後ろから追ってきた山羊人も続々と追いついてくる。


「…ここまでか…。こりゃ、また嫁にどやされるな…」


「はっ!安心しな…もう会うこともねえよ」


パベルの諦めに似た言葉に、山羊人は皮肉を込めて言葉を漏らす。


すでにパベルの周りには、10体の山羊人が見て取れる。


その皮肉がどうにもおかしく、パベルは思わず鼻から息を吐きだし、笑う。


「…それもそうだな…」


パベルは逃げられないと悟り、短剣の柄を握る。


それと同時に、一人の少女の顔が脳裏に浮かんだ。


「(…すまない、ネイア…パパはここまでのようだ)」


それはパベルが愛してやまない娘であった。


山羊人がに迫ってくる。


最後の悪あがきだと、短剣を力強く引き抜いて見せる。


驚く。


短剣を抜いた瞬間、迫ってきた山羊人が、噴水の如く血を吹き出しながら地面に伏して見せた。


パベルは、思わずその凶眼を見開いた。


「い、一体何が…ッ!」


無意識のうちに呟いたその言葉は、一人の男を視界に捉えたことで詰まりを見せる。


「な、なんだ、お前は!!」


山羊人は、仲間が血飛沫を上げて倒れた様に驚いた様子を見せながら、パベルと同様に件の男へと言葉を投げかける。


「…名乗るほどの者じゃないですよ」


男は、片手に持っていた短剣、それも見ただけで性能の高さが伺えるそれを払って見せると、ついていた血糊がピシャッと地面に吸い込まれる。


パベルはそれを見て気付く。


「(この御仁が…山羊人をやったのか…)」


身長は180㎝あるかないか…体格はゴリゴリではないがしっかりとしている。


肩から腰ほどの長さのある細身の剣と鞘を交差させるようにして二本、背中に背負っている。


全身を黒を基調とした、服とも鎧ともとれるようなものを身に纏っている。


また、節々に金色の装飾が施されている。


日本人がみれば、100人中100人が『忍者』と答えるような身なりであった。


先ほどこの御仁は、『名乗るほどの者じゃない』と言っていた。


それが謙遜であると、パベルはすぐに理解する。


山羊人を、不意打ちとはいえ、自分ですら視界に捉えられない速度で倒したのだ。


それも、3体である。


3体を同時に倒すだけならば、聖王国最強と謳われる聖騎士団長であれば可能であろう。


しかし、目にも止まらぬ速さでとなると無理だろう。


そうして徐々に思考を開始した頃、件の男が口を開く。


「で、なんであなた方はこの人を襲っていたんだ?喧嘩でもしたんですか?」


「「「は?」」」


「…え?」


暫しの沈黙が流れる。


何を言っているんだ、この男は…。と、パベルが思っていると…


「ば、ばかか!人間は俺たちの食糧だ!!それを狩るのに理由なんかいらねー!!」


山羊人も同じように考えていたのか、戸惑いながらも反論して見せた。


「人間が食料?…うわ、まじかよ…そういう世界か…参ったな…できれば無駄な殺生は好まないんだが…」


男は、左手でガシガシと頭の後ろを掻いてみせた。


「そ、そいつらは人類の敵です!殺すことに躊躇う必要はない!」


パベルは腹の底から声を張り上げ、男に向かって言い放つ。


男はパベルを視界に捉えると、何やら考え込むようにして眉間に皺を寄せた。


「そういうことだ!お前ら下等生物たる人間は、我々亜人の食料!!それ以上でも、それ以下でもない!!」


山羊人はそう言い放ち、2人掛かりで男へと襲い掛かる。


「ッ!!気を…え…?」


パベルは目の前の男へ声を掛けようとするが、またも言葉に詰まる。


先ほどと同じように山羊人が血を吹き出して倒れたからだ。


「なるほど…つまり、あんたらは俺の敵でもあるってわけだ…」


「な、なんだ、何が起こった…!?お前がやったのか!!」


残り5体にまで減らされた山羊人が、仲間の無残な姿を目にしながら狼狽したように声を上げる。


「はーぁ…種族の違いを理由にした争いは好きじゃないんだが…。引く気がないなら……殺るしかないな…」


瞬間、世界が静止する…ように感じる程の殺気が山羊人を襲う。


それは直接殺気を浴びていないパベルでさえも驚くほどの者であった。


「(これは…唯者ではない…なんなのだ…この御仁は…⁉)」


「ッ!怯むな!!所詮は人間だ!!やれーッ!!」


5体の山羊人は、鼓舞するような大声を出して男に襲い掛かる。


が、そのどれもが男を捉えることができなかった。


1体は短剣で、1体は拳で、1体は蹴りで…とそれぞれ5体とも、それぞれただの一撃で沈めてしまった。


「…よわっ…」


男は、どこか呆れたような物言いで右手に持った剣を背中に背負っている鞘に納めた。





男は、ゆっくりとパベルの方へと視線と身体を移す。


「……怪我、大丈夫ですか?」


「え?…あ、あぁ…」


先ほどまでの殺気はどこへやら、優しくも精気のこもった声で、パベルは思わず言葉を詰まらせた。


男はそういうと、腰の後ろにあるポーチのような場所から赤い液体の入った瓶を取り出した。


「飲んでください。ポーションです」


「こ、これが…ポーション?真っ赤だが…」


「さあ、遠慮なく」


明らかに自分の知っているポーションの色ではなかったが、彼の物腰の柔らかさと、優しい口調から嘘を言っているようには見えなかったため、恐る恐るではあるものの、ポーションと呼ばれたその赤い液体を飲み干した。


すると腹と腰、更には一番深かった足の傷まですっかりと治ってしまった。


「こ、これは…!!」


余りの治癒力と即効性に驚愕した。


自分の知っているポーションは、ここまで治癒力と即効性があるものではない。


勿論傷は塞がるには塞がる。


だが、それはとてもゆっくりで、擦り傷ならともかく、内臓に達するか達しないかの傷を一瞬で治す即効性はない。


足の傷に至っては、骨まで損傷していたはずであったが、それすらすっかり治っている。


もちろん、前述のとおり、ここまでの治癒力もない。


まるで奇跡が起こったかの如く治り果てた自身の身体を確認した後、パベルは再びゆっくりと男を視界に捉えた。


「痛みの方はどうですか?」


「だ、大丈夫だ。貴殿が何者かはわからないが、助かった、感謝する」


「それはよかった。では、お気をつけてお帰りください」


男は微笑を浮かべたのち、くるっと背を向けた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、私はローブル聖王国兵士長のパベル・バラハという。差し支えなければ、貴殿の名を聞かせてはくれないか!」


パベルは逃がすまいと身を乗り出して声を掛ける。


「名前…ですか…?」


男は何やら少し悩むような素振りを見せた。


先ほどの山羊人とのやり取りを見ていたパベルは、恐らくはあまり名を名乗りたくないのではないかと考えた。


しかし、これほどの恩義を受け、何も返さないほど、パベルは性根が腐ってはいなかった。


お礼をするにも、なにをするにも、名前が分からなければやりようがない。


そう考えて尋ねたが、少しまずかったかと些少の後悔を見せた。


だが、それは杞憂に終わる。


「弐式…弐式炎雷といいます」


「ニシキ…エンライ…殿、ですね」


パベルは、聞いた名を頭と心に刻み込みながら、次なる言葉を発しようとしていた。





さて、先ほど弐式は、名前を聞かれて些少の焦りを見せた。


それは、本名を言うか、キャラクター名を言うかである。


本来であれば、現実(異世界ではあるが)たる世界で出会った人間に対しては本名を伝えるべきであろう。


しかし、ここは弐式がいたリアルの世界でも、ゲームであるユグドラシルの世界でもない。


いわば、第三の世界であった。


故に悩んだ。


が、であればこそ、本名を伝える必要性はないと考え、ユグドラシル時代のキャラクター名を名乗った。


幸いに名前が可笑しいとかそういうツッコミはなかったので安心したが、その後にお礼に金貨を貰ったり、他に何かあれば言って欲しいと来たものだから更に焦った。


そもそも金貨を貰った時点で十分すぎる程であったが、これはパベル曰く『あの高性能なポーションの代金であって、助けてもらった恩返しではありません』とのことであった。


ユグドラシルでは、それこそゲーム内のショップで、安価で購入、入手できる最下級の回復アイテムである。


これがエリクサーとかだったらまだわかるが、金貨100枚も入ったポーチで釣り合うような高級なものではなかった。


だが、好意を無下にするわけにもいかず、加えてこの世界での貨幣を持ち合わせていなかったこともあり、折れる形で受け取ったのだ。


「何か困っていることはないですか?私にできることなら、多少無理をしてでも…」


「いえいえ、先ほどの金貨だけでも十分すぎるくらいですよ」


「それでは私の気持ちが収まらない、何でもいいのだ…。例えば…情報とかでも…」


パベルの言葉を聞き、ニシキははっとした様子で目を見開く。


それだ、と思ったのであろう。少し焦るようにして口を開く。


「では、この世界のこと…いや、周辺の地理や国、情勢、常識などについてお教え願えませんか?あ、あと一番近い栄えてる街とか…」


「そ、そんなことでいいのか?…それならばいくらでも…しかしこの辺りのことを知りたいとなると…もしや遠方からいらしたのか?…黒髪と黒目を有する人種は南方出身と聞くが…」


「あー、ええ、まあそんなところです」


「(なるほど…日本人に似た人種が南方の方にいるのか?)」


考え込むようにして目を細めていると、パベルはその凶暴な目を維持しながら笑いかける。


「では、歩きながら話しましょう。ここに留まっていては、またいつ亜人共に襲われるかわからないですから」


「それもそうですね…(笑顔が怖い…)」


ニシキは心を悟られぬよう、苦笑いを浮かべながらパベルについていく形で歩き始めた。





「…となると、一番近い国はローブル聖王国に、リ・エスティーゼ王国ですか…」


「ええ、今進んでいる方角を起点にすると、北西側に聖王国、東側にリ・エスティーゼ王国があります」


ニシキは、パベルから聞いたあらかたの情報を整理するかのように反復する。


「ここはその二国の国境沿いに近くて、一番近い町となると聖王国のカリンシャという城塞都市で、次点が王国のリ・ロベルという港湾都市…であってますか?」


「その通りです。私としてはカリンシャがおすすめですね。街は違えど、私が住んでいる国でもあるし、そこであれば多少協力ができます」


「なるほど…しかし、ご迷惑ではありませんか?」


「迷惑などと…ニシキ殿が助けてくれなければ、私は今頃死んでいたのです。感謝してもしきれない…。これくらいは是非やらせてほしい」


そうして話をしながら歩いていると、いつの間にやら森とも丘陵ともいえる場所が終わりを告げる。


「ふぅ…とりあえずは無事にアベリオン丘陵を抜けられたな…」


「亜人に遭遇せずに来れてよかったですね」


「街道まではもう少しかかりますが、そのまま街道沿いに歩けば、城壁があります」


「城壁…確か、亜人の侵攻を阻止するために作られたという」


「ええ、ローブル聖王国とアベリオン丘陵の亜人との因縁は根深い…。奴らにとっては我々人間は食糧か奴隷でしかない」


ニシキは、怪訝な表情を浮かべる。


「でも、対抗はできているんですよね?」


「もちろんです。まあ、完璧ではありませんが…」


「そうですか…」


ニシキはパベルの口調が些少の暗いものとなっているのに気づき、変なことを聞いた気持ちになっていた。


その後も周辺国家の情報や情勢を聞きながら、歩みを進めた。





パベルは、ニシキの求める情報を伝えつつ、ニシキを観察していた。


この御仁は、私を遥かに上回る実力者である。


あの戦いを見れば、そんなことは百も承知なのだが、問題は力の底が見えないことにあった。


先の山羊人との戦いは、例え幼い子どもが見てもわかるくらいに一方的且つ余裕感のあるものであった。


武技もスキルも一切使った様子は見られず、剰えその場から一歩も動かずに制圧して見せたのだ。


故に気になってしまう。それは致し方ないことだろう。


パベルは、ニシキにあらかたの情報を伝えたところで、ひとつ尋ねることにした。


「…失礼を承知でお聞きしますが…あなたは一体何者なのですか?」


「何者…というと??」


「失礼、質問が抽象的過ぎましたな…。見た目から察するに、レンジャーやアサシンのようにお見受けするが…」


「あー、あっていると言えばあっていますが…。正確には忍者ですね」


「ニンジャ…ですか。余り聞かぬ職業ですね…」


パベルは顎に手を当てて、悩むようにして言った。


「こ、この辺りではあまり馴染みがないのかもしれませんね。ですが、レンジャーやアサシンと対して差はないですよ。あるとすれば、忍者だけが扱うことのできる『忍術』を有している点ですかね」


「なるほど、ニンジュツですか…魔法のようなものですか?」


「まあ、広義的にはそうですね。魔法のような位階はないですが、代わりに会得難度とか消費する魔力量に応じて威力が変わります」


「ほう…それは中々興味深いですね…」


「機会があれば、お見せしますよ」


「なんと!?それはありがたい!ぜひお願いしたいですね」


パベルは鋭い目つきで、それでいてどこか期待感のある目をニシキに向ける。


「(うーん、目つきは死ぬほど怖いけど、悪い人ではないな…)」


顔と性格があっていないな…などと思いながら歩いていると、またも質問が飛んでくる。


「続けてで申し訳ないが、ニシキ殿はどこかの国に所属していたのですか?」


「んー、国…と言っていいのかわかりませんが…ギルドというかチームには属していましたね」


「ギルド…冒険者ギルドではなく?」


「冒険者ギルドではないですね。おそらくこの辺りのギルドとは意味合いが異なります。ギルド=国みたいなものでしたから…」


「そうですか…。住む地域が違うと、文化も違うものですね」


パベルの感心するように言葉を漏らす。


「しかし、なぜ南方からこの地へいらしたのですか?」


「…それは…ですね…」


ニシキは思わず言葉を詰まらせた。


『ゲームをしていて、リアルで死んだと思ったら、異世界に転生していました…』、なんて口が裂けても言えない。


どうにかしてそれっぽい理由を考えることにした。


それが勘違いを生むのは必然であった。


パベルは思わず、目を見開いて己の無礼に気づいた。


が、謝罪するよりも先に、ニシキが口を開いた。


「滅んだ…いや、消滅したんですよ…跡形もなくね…ッ!」


嘘は言っていなかった。あの日ユグドラシルはサービス終了。アインズ・ウール・ゴウンもナザリックも…全てが泡となって消えたのだ。


真実であるがゆえに、嘘をついていないと確信したパベルからすれば、非常に衝撃を受ける内容であった。


「も、申し訳ない…。配慮に欠いた発言でした」


しかしニシキには届いていなかった。


離しながら、ニシキが一つの疑念と可能性を見出したからだ。


もしかしたら…そう思ったのだ。


「…パベルさん…一つお聞きしてもよろしいですか?」


「え、ええ。もちろんですとも」


「アインズ・ウール・ゴウン、ナザリック、モモンガ、ナーベラル…。この中で心当たりのある名前はありますか?」


「むう…申し訳ない。寡聞にしてそのような名を聞いたことはないですね」


「そうですか…。あ、お気になさらないでください」


ニシキは申し訳なさそうにははっと笑って答える。


それが、パベルにとってはあまりにも悲壮感があるものに見えた。


「…その、それは…大切な、お名前ですか…?」


「はい…。アインズ・ウール・ゴウンはギル…いえ、国の名前。ナザリックは…まあ城みたいなものですね。モモンガは親友で、ナーベラルは……」


パベルは、その名をニシキの名前と共に、心に刻み込んだ。


それと同時に、ナーベラルという言葉に関して、特別な思いを抱いた。


国と城である、アインズ・ウール・ゴウンとナザリックに関しては、すんなりと言い放っていた。


となると、それが意味するところはそれ以上に大切なものであろう。


親友であるモモンガの名前が出たことで、ナーベラルという言葉が差すものは自ずと割れてくる。


家族か、恋人または婚約者である。


パベルの見立てでは、ニシキは20代前後の様相である。


子どもの名前である可能性もある。


そこまで思考を張り巡らせたことで、パベルは胸を引き裂かれるような思いを抱く。


「…そうなのですね…。申し訳ありません。話しにくいことをきいてしまい…」


「謝らないでください…。質問したのはこちらなのですから…」





そうして情報や個人情報を伝えているうちに、ニシキは街道と思しき、道のようなものを発見する。


道と言っても、きちんと整備されたものではなく、ただ草を刈り取ったり、馬車や人が通ったことでできた轍のようなものがあるだけであった。


街道以外は至って平原。それこそ、方向感覚が分からなくなってしまう程であった。


「こっちに行くと聖王国で、こっちにいくと王国ですか?」


「はい。王国の街より、聖王国の城壁のほうが近いですが、まだ10㎞ちょっとはあります」


「あー、結構歩きますねー…ッ!」


「…?どうしましたか?」


ニシキが急に怪訝な表情を浮かべて、急に左側、アベリオン丘陵を見たことで、パベルは疑問を投げかける。


「…パベルさん、先に行っていただけますか?50…いや100はいる…」


「一体何を…ッ!あ、あれはなんだ!!」


視界の先に、よく目を凝らすと、無数の点がこちらに向かってかけてきている。


パベルは、凶眼の射手という異名を持つ存在である。


射手の名の通り、弓使いなのであるが、彼の特徴はそれだけではない。


凶眼の名に恥じぬ恐ろしい目つきは、昼夜問わず広く長い視野を持つのだ。


しかし、そんな彼を超える速さでニシキは捉えたのだ。


恐らくは視覚によるものではないだろう。


探知か何かの可能性が高い。


だが、今はそんなことを論じている場合ではなかった。


「…さっきの亜人と同じか…だが、先ほどよりも強そうな個体ばかり…加えて、一体だけずば抜けてるやつがいるな…」


その集団は、パベルの目をもってして鮮明に映る距離にまで近づいてきている。


「ま、さかッ!豪王バザーか⁉」


ニシキの言葉に、パベルは思わず目を見開いて予測する。


そして、それは現実のものとなっていく。


豪王バザーと思しき、周りの山羊人とは雰囲気も装いも違った山羊人がニチャッと口を広げる。


「九色のパベル・バラハだな!!…もう一人いるとは聞いていないが…まあいい。観念することだな」


ニシキの言った通り、100を超える山羊人達が、バザーの周りにわらわらと集まりを見せる。


「くっ…この数はまずいな…」


山羊人は、本来であれば一般兵士3、4人で一体を相手にするのが定石である。


一般兵よりもはるかに高い戦闘能力を有するパベルであっても、正面から一人で相手取れるのはせいぜい5体程度である。


それだけでも相当な実力ではあるが、100体を超える山羊人の前では無に等しい。


これは、パバルが弓を用いた後方型というのもあるが、聖王国最強と謳われる聖騎士団長でも、相手取れる数は30体を超えない。


しかも、アベリオン丘陵の亜人の中でも突出した力をもつ、『十傑』の一人、豪王バザーがいるとなると、さらに絶望感が増す。


「パベルさん、後ろを振り返らず、ただひたすらに走ってください」


「なっ!ど、どういうことですか⁉」


パベルは驚きの声を上げたが、ニシキは山羊人を見据えたまま、ゆっくりと背中に背負っている二本の剣を引き抜く。


先ほどは動揺していてよく見えなかったが、一般的な剣とは違い、刃が片側にしかついていない刀という武器であることが伺えた。


「私が相手をします…。パベルさんは先に聖王国へ向かってください」


「む、無茶だ!!100を超える山羊人相手にたった一人で挑むなど!!そ、それにバザーもいるんだぞ!!」


「…ご心配なく。負けるつもりはありません。ですが、この数を相手取りながら、あなたを守り切れる自信はない」


「…ッ!!」


パベルは苦渋を舐めるような表情を浮かべる。


どうしらいい…一体どうしたら…。


パベルの中に、迷いが渦巻く。


それを察したのか、バザーが不敵な表情を浮かべながら口を開いた。


「はっ!なんだ~?まさか戦う気か?この人数を相手に?」


「早くいけ!パベル!!」


ニシキは、先ほどとは打って変わって、些少ドスの聞いた声を放つ。


パベルはその声を聞き、更に顔を歪ませ、ゆっくりを目を瞑った。


瞼の裏に浮かぶのは、愛しい娘の顔であった。


そしてすぐに目を開き、決断する。


「…すぐに援軍を呼んできます。…それまで、どうか持ちこたえてくれ…」


その言葉を聞き、ニシキはようやく視線をパベルに向けると、ふっと微笑を浮かべた。


「…なに、すぐに追いつきますよ」


「ッ…!ご武運を!!」


パベルはそう言い残し、聖王国に向けて街道をただひたすらに走り抜けた。




現時点での弐式炎雷さんのレベル

・Lv75


設定1

※弐式炎雷さんの種族が、ハーフゴーレムから人間になっています。

※T:180、体重80㎏で筋肉質。容姿は上の中で整っています。

※原作通りの神器級の装備を有していますが、パベルとの接触時点での装備は『聖遺物級(レリック)』です。

防具はモンスターハンターサンブレイクに登場する『カムラノ装・継一式(黒と金色)』、武器は『長ノ双刀【不限】』の見た目をしています。

強敵との戦いなど、必要に応じて原作通りの装備をします。

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