第14話 私にできること②


そして帰り道。

強風により、私の髪の毛がフワリと風に舞い、そして勇運くんの顔に被さった。



「わ、ごめん。勇運くん!」

「ん……、いーけど」

「は、はは……」



今日は、家庭教師の日。なので私の家で勉強するべく、私と勇運くんは共に帰路についていた。



「試験まで、一か月切ったな」

「は、早すぎるよ~……」


「でも最近は調子いいだろ? 苦手な分野、確実に潰せてると思うぞ」

「そ、そうかな。ありがとうっ」



私の将来のかかった試験は、もう来月。だからクリスマスだとか、お正月だとか。それら行事を、楽しんでいる暇はない。だって、その試験で、全てが決まるのだから――


って。そういえば勇運くんって、どこの大学を目指してるんだろう?全国模試一位が目指す大学……。き、気になる……っ。



「ね、ねぇ、勇運くんってさ」



と、そこまで聞いた時だった。



「あ、ねーちゃん~!」



なんと、夏海とそのお友達が、仲良く手を繋いで私の方へ走ってきた。男の子同士が手を繋ぐの、保育園児ならではで、可愛いなぁ。


まだあどけない夏海を見て、思わず顔がほころぶ。夏海の後ろを見ると、お母さんと夏海の友達のお母さんが、こちらを見ながら手を振っていた。



「お母さんを置いてきちゃったの?」

「でも、ちゃんと白い線よりコッチを走ったよ!」



夏海と勇運くんが仲良くなってから、夏海は少しだけ変わった。それは勇運くんが「交通ルール」について、何度も話してくれたから。


道路には飛び出すな

車道からはみ出すな

絶対に親の近くを歩け

興味があっても飛びつくな

周りをよく見て行動しろ――なんて。


たくさんの交通ルールを、勇運くんは根気よく話し続けた。最初は夏海も話半分だったけど、今となっては、勇運くんと一緒にルールを話せるまでになってきた。


おねーちゃん!と言っては、所かまわず走り出していた夏海。その夏海が、きちんと「白線の中を意識している」事に、隣にいる勇運くんも安心した表情を浮かべる。



「これから帰り? あのね、僕もだよ!」

「僕もー!」

「ふふ。じゃあ一緒に帰ろうか。お母さんたち、後ろからついてくるだろうから」



可愛い二人を真ん中に、勇運くんと私でサンドイッチする。夏海以外の小さな子とは初めての接触らしく、勇運くんは緊張した面持ち……。だ、大丈夫かな?


そんな事を心配していると、夏海が声を上げる。



「ねーちゃん、交番!」

「あ、本当だね」



見ると、柴さんと守人さんが、何か書類を持って話している。いま勤務してるって事は……今朝は、もう交代済みだったって事か。



「「こんにちはー!」」



夏海とお友達が、声を揃えて挨拶をする。その声に、守人さんと柴さんが二人揃って顔を上げ、こちらを見た。そして私たちに向かって、挨拶のため手を上げた、



その時だった。



ガシャアァン――!!




「きゃあ⁉」

「冬音!」



ドンッ



大きな音と、私を呼ぶ勇運くんの声。私は片方の手で繋いでいた夏海を、とっさに抱きしめていたらしく。



「お、おねーちゃん……?」



大きな音に体を震わせる夏海と。砂埃が舞う中、目が合った。



「な、夏海……。け、けが、ある……?」



何が起きているか分からない状態で。とりあえず、夏海を見る。夏海も、何が何だか分からない中、力なく首を横へ振った。



「ぼ、くは……大丈夫……。ねーちゃん、何があったの……?」

「わ、わからない……っ」



何が、なんだか、分からない。だけど、大きな音が聞こえた瞬間。私は名前を呼ばれて、そして――押された気がした。


あの声は、誰だった?

そして押したのは……誰だった?



「あ……、ね、ねーちゃん……!」

「う、そ……っ」



記憶を辿っていると、強い風が吹き、舞っていた砂埃を取り払っていく。それにより、今、この場でなにが起きているのか。だんだんと視界がハッキリし、鮮明になっていく。


だけど、そこで私が目にしたものとは――



「ゆ、勇運くん……!!」



どこから飛んできたか分からない、大きな看板。それが目の前に落ちている。だけど、その看板がある場所は、さっき勇運くんがいた所。よく見ると、周りに勇運くんがいない。勇運くんと一緒に手を繋いでいた、夏海のお友達の姿もない。



「ま……、まさか……っ!」



あの看板の下敷きに――?


そう思った瞬間、足に力が入らなくて、ガクリと地面に膝をつく。全身がブルブルと震えて、全くいうことを聞かない。



「ど、どうしよ……、どう、したら……っ」



混乱で、パニックになって。わけがわからなくなってきて、うつろになってきた目に、ある色が飛び込んで来る。それは、交番の赤いランプ。



「そうだ、ここ……交番っ!!」



看板が落ちてくる前、守人さんと柴さんが交番の中にいた。その交番は、すぐ目の前だ。



「しゅ、守人さん、柴さん……っ!!」



震える声じゃ、大きな声なんて出なくて。喉が痙攣するような震えを覚えながら、必死で声を紡ぐ。だけど――二人の声は聞こえない。


なんで、どうして……と思っていると。もっと絶望的な状況が、目の前に飛び込んで来た。



「ねーちゃん、交番……壊れてる……!」

「……っ⁉」



よく見ると、落ちて来た看板は、交番にもたれかかるように倒れている。それにより交番の入り口は潰れ、がれきの山を作っていた。看板がいかに大きく、重たい物であったか――それを物語るには、充分すぎる光景だった。

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