第11話 警察帽子に隠れた素顔


「どうして勇運が、冬音ちゃんの家にいるのかな?」

「……」



玄関にてただならぬ空気を感じ、まどろむ夏海を置いて玄関へ出て来た私。何やら一触即発の雰囲気を醸し出す勇運くんと、守人さん。そんな二人の間に割って入ったのは、私ではなく柴さんだった。



「久しぶりです、冬音さん。その後、調子はどうですか」



ズイッ


守人さんの視界を遮るように、わざと身を乗り出す柴さん。守人さんを見ると、柴さんの背中が現れた瞬間に口を閉じ、その場から一歩引いた。勇運くんも守人さんから目を離し、腕を組んで廊下の壁に背を預けている。


私と柴さんだけが向かい合っている状態。これは「二人の事は気にしないで話を続けて」って事だよね? きっと……。



「お、おかげ様で元気です。あの時は、お世話になりました。助けてくださり、ありがとうございました」



ペコリと頭を下げる。そんな私を見て、柴さんは口角をわずかに上げた。


入院中、警察の人が何度か来た。だけど来たのは警察「署」の人で、柴さんと守人さんが来た事はない。だから、こうしてお礼を言えるのが嬉しかった。学校の登下校の時タイミングが悪かったのか、二人を見かけなかったから……。



「冬音さんがご無事で何よりです。本当は、事が起きる前に予防しておくことがベストだったのに……申し訳ありませんでした」

「い、いえ! そんなことは絶対ないです……っ!」



両手をブンブンと振ると、顔を下げていた柴さんは滑らかに起き上がった。「それで」と、玄関に並ぶ靴に目をやる。その視線が、ここにいないお母さんを探していると、何となく分かった。



「母は今、仕事から帰っている最中でして……。”暫く遅れます、すみません”と、さっき電話がありました」

「そうなのですか、ならお母様が帰られるまで、私どもは外へおりますので」

「あ、いえ!」



お客さんを外に立たせていたなんて、お母さんに知られたら、私が怒られる!



「お二人さえ良ければ、中に入ってほしいのですが……」

「しかし……」

「わ、私のためにも……!」



すると事情を察したらしい柴さんがコクンと頷き、「そういう事でしたら」と、靴を脱ぎ始めた。私は来客用のスリッパを出し、二人の前に並べる。まずは柴さん。その次に守人さん……のはずだったんだけど、



「にーちゃん、おはよ〜」

「おぉ夏海、起きたのか」


「⁉」



ついに目を覚ました夏海が、勇運くんを探して玄関まで出てきたのだ。目をこすりながら、力の入ってない手で勇運くんのズボンを握っている。そんな夏海の行動に驚いたのは勇運くん、ではなくて――



「ねぇ、勇運……」

「あ?」

「もう……」



信じられないものを見たと言わんばかりに、守人さんは目を開いていた。そして勇運くんの名前を呼んだ途端、喋らなくなってしまう。



「守人さん……?」

「……あ、いや。ごめんね、何でもないよ」



力なく笑った後、守人さんは夏海を見た。いや、正確には。夏海と勇運くんを、交互に見ていた。その姿は、目の前に起きてるのは本当に現実?と、しきりに守人さんが確認しているようだった。



「……にーちゃん、喉乾いちゃった」

「じゃあ、向こう行くか」



勇運くんは、夏海と奥の部屋へ戻っていく。私は残った守人さんに声をかけ、中へ促すのだけど……



「守人さんも、どうぞ」

「あ……、うん」


「……」



守人さんを見つめる人物――それは柴さん。勇運くんと夏海が消えた奥の部屋を見る“守人さん”の様子が気になったらしく……



「一葉」



ピリッ、と。この場の空気を切り裂くような。そんな鋭い声色で、芝さんは守人さんの名前を呼んだ。



「ここからは私一人で大丈夫です。あなたは外で待っていてください」

「え……そんなわけにはいきません。僕も残って、」



その時。守人さんの言葉を“わざと”遮るように。柴さんは、再び名前を口にした。



「一葉、これは指示です。待機」

「! ……分かりました」



そして、守人さんは私にペコリとお辞儀をして、玄関の取っ手へ手を掛ける。すると同時刻。外から、お母さんが玄関ドアを開けた。


ガチャ



「遅れてしまって、すみません!」

「お母さん、いえ。こちらこそ急かしてしまい申し訳ありません」

「狭い家ですが……どうぞお上がりください」



お母さんは柴さんを案内する。その時、守人さんにも「どうぞ中へ」と促したのだけど……「いえ、僕は」と。警察帽子を取り、深くお辞儀をする。そして玄関の外へと、行ってしまった。


パタン



「守人さん……」



なんだか気になって。守人さんの後ろ姿を見たら、放っておけない気がして。私も守人さんの後に続くため、ドアの取っ手に手をかけた。その時、「夏海の楽しそうな声がするわね」とお母さん。


だから、ただ一言。



「勇運くんが、夏海と遊んでくれてるの」



と、返事をした。もちろん、次に聞こえてくるのは「えぇ!?」というお母さんの驚いた声。だけど私は、


ガチャ――


その声に構わず、外にいる守人さんに会うため、家を出たのだった。



家を出ると、少し離れた電柱の隣に、守人さんがいた。



「あれ、冬音ちゃん?」

「守人さん……」



思わず出てきちゃったけど……しまった、何を話そう。



――一葉、これは指示です。待機



あれは、怒られたって事なのかな? 大人の世界はよくわからないけど、でもあの時の柴さんが纏った空気は、何だか怒ってる気がしたから……。でも、私みたいな高校生に気を遣われても……嫌だよね?



「……もしかして、心配してくれた?」

「え、あ……」

「ふふ、ありがとう」



守人さんはふわりと笑い、私に「おいでおいで」をする。いつもの雰囲気の守人さんに安心した私は、てててと。軽くなった足取りで、守人さんの傍に寄った。



「ごめんね、みっともない所を見せちゃって」

「そ、そんな事ないです……!」


「そこは否定してよ。じゃないと、いつも僕がカッコ悪いところを見せてるみたいだからさ」

「え……あ、えっと……す、すみません?」



守人さんの言葉に「ん? そうなの?」と疑問を抱えながら、とりあえず謝る。すると、テンパった私を見て、守人さんは「うそだよ」と笑った。



「ありがとう、冬音ちゃん。でも僕は大丈夫だから」

「守人さん……」



それが「何に対して大丈夫」なのか――そう思っていると、守人さんの方から「実はね」と話してくれる。



「前さ、冬音ちゃんに言ったでしょ? 勇運は”子供が嫌い”って」

「はい、教えて貰いました」


「でもさ、さっき……冬音ちゃんの弟くんがそばにいても、触られても……勇運は普通だった。それにビックリしてね。その動揺を悟った柴さんが、頭を冷やすようにって意味で、待機命令を出したんだと思うよ」

「っていうことは……」



さっきの柴さんは怒っていたんじゃなくて、守人さんを気遣っていたって事? でも、そんな優しい雰囲気には見えなかったんだけどなぁ。


「解せない」と表情を浮かべる私に、守人さんは「ふふ」と笑う。



「ほら、柴さんって無表情がウリじゃない? だから表情読めないところあるんだよね。でも長い間一緒にいると、だんだん分かって来るんだ。さっきのは、優しさだよ」

「なるほど。私、全然わかりませんでした……」



言うと、守人さんは「ハハ」と笑った。だけど……、ふっと。笑うのをやめ、無表情になる。そして「そっか」と、息を吐きながら呟いた。



「勇運は、乗り越えたって事だね。やっと……」

「すみません、守人さん……。私、勇運くんと守人さんのお父さんの事を聞いてしまって」

「そっか。でも謝らないで。隠す事でもないでしょ?」



守人さんは、再びニコリと笑う。それは、いつも守人さんが見せるニコニコの笑顔だった。



「勇運は、まだ中学生だったから。父さんの死を、受け入れられなかったんだろうね。長い間、苦労していたから……その悩みが晴れたなら、僕も自分の事のように嬉しいよ」



言いながら、守人さんは帽子を外した。どうやら、さっき玄関で帽子を脱いで被せた時、被せ方が悪かったらしい。「髪を全部入れないといけないから難しいんだよね」と、守人さんは髪を真ん中へ寄せる。


その時、なんとなく。本当になんとなく、思ったことを質問してみた。



「守人さんは、受け入れられたんですか?」

「え?」

「当時、守人さんは高校生だと聞きました。私と同じ三年生だと。だけど私、まだ全然で。全然、自分の感情を、自分で処理できないんです。この前も……守人さんに言われた言葉を思い出して、初めて自分の足で、前へ進めたんです」



成希に連れ去られた、あの時。成希に優しい言葉で懐柔されかけた私は、守人さんのくれた言葉を思い出した。



――嫌な事をされたら、自分が納得できるまで、絶対に許しちゃダメだよ?



あの言葉のおかげで、私は初めて成希に抵抗する事が出来た。見えない鎖から、やっと解き放たれたような……言葉にできない解放感。それらは全て、守人さんのおかげ。



「守人さんが私に教えてくれなかったら、私は、また間違った選択をしていたと思います。そして、また悩んでいた。高校生って言っても、まだまだ未熟で……支えてくれる人がいないと、前へ進めないって。そう思うんです」



私だけかもしれないけど……。



「だ、だからこそ、当時高校生だった守人さんは悩まなかったのかなって。そして今も……無理してないかなって」

「――……」



守人さんは、僅かに口を開けていた。だけど、何も口にしないまま、静かに閉ざす。そして「僕は大丈夫」とほほ笑み、帽子を被った。



「冬音ちゃんに、またまた新たな情報を一つ。警察官はね、メンタルが強くないとなれないんだよ?」

「え、そうなんですか!?」

「うん。だから、警察官になれた僕は、メンタルが強いって事だね。だから心配しないで。僕はちゃんと、前を向いてるよ」



ニコッと。

守人さんは笑った。いつもの笑顔で。



「……守人さん」

「ん?」



自分で何を言いたかったのかは分からない。だけど名前を呼んでしまった――そんな時。守人さんの無線が、反応した。



『陽の丘警察本部より緊急伝達』



その瞬間。守人さんの顔から笑顔が消え、無線の声に、全ての神経が集中する。

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