第9話 素直な勇運くん
三石が好きだ。お前を守りたい。三石が兄貴を好きなのは知ってる。それでもいい。それでもいいから――俺に三石を守らせて
病室の中、二人きり。見える景色は、天井と勇運くん。そして、聞こえる音は――
ドク……、ドクドク、ドキン
荒ぶる私の、心臓の音。
「好きって……」
寝耳に水の発言に、しばらく思考が停止した。そして数秒経って、真剣なままの顔の勇運くんを見て――やっぱり聞き間違いじゃなかったって。そう思ったら……涙が出た。
だって、そうでしょ?
勇運くんは、勇運くんは――
「勇運くんの過去……聞いちゃったの。救急車の中で」
「……そっか」
「子供が、苦手なんだよね」
「…………そうだ」
そうだ、と言った時の勇運くんは、罰が悪そうな顔をした。切れ長の瞳に収まる黒目が、僅かに細くなる。
「私の弟は保育園に通ってる。まだ子供だよ。きっと……勇運くんを苦しめる。それなのに……”私のそばにいる”なんて、言っちゃダメだよ」
「……」
勇運くんは何も言わない。ただ黙って、私を見つめ返した。
昨日――
あの廃墟の中で見た勇運くんは、本当に顔色が悪くて。すごく調子が悪そうに見えた。その原因が夏海だと分かって……勇運くんに謝りたかった。夏海を勇運くんの元に向かわせたのは、紛れもない私だから。
――よし、夏海。あのお兄ちゃんの所がゴールだよ!いくよ~
勇運くんは子供が嫌いと知っていながら、夏海を走らせた。自分のピンチを察してもらうために、勇運くんを頼った。あれほど調子が悪くなる勇運くんを、自分勝手に利用した。
「私は、勇運くんに申し訳なくて……謝りたかった」
それなのに”そばで守らせて”なんて。
「勇運くん、優し過ぎるよ……っ」
シーツをギュッと握って、目の高さまで引っ張りあげる。この前から、勇運くんの前で泣いてばかり。
――冬音は弱くない
あの廃墟の中、勇運くんが言ってくれた言葉を、私自身がかき消しているようで。それも申し訳なくて「ごめんね」と謝る。
「勇運くんが強いのは知ってる。強くなったって、分かってる。だから……ううん。だからこそ、もう私とは関わらない方がいい。勇運くんには、いつも自由でいてほしいから」
しがらみのない世界で、ふとした事で心が暗くなってしまわない世界で――自由に生きてほしい。だから、子供嫌いな勇運くんの隣に、私はいられない。一緒には、いられない。
「ごめんね」
「……」
私が喋ってる間、勇運くんは一言も話さなかった。そして、私が喋り終わった後も、しばらく口を閉ざしたまま。
あぁ、これで勇運くんとの関係は終わるんだって。ずっと甘えちゃってごめんね。今まで何度も助けてくれてありがとうって――そんな事を思っていた。
その時だった。
「もういいか?」
「……へ?」
ガタリと椅子を立ち、私を見降ろす勇運くん。かと思えば、背中を丸めて、顔を私に近づけた。どんどん、どんどん。
最初は前髪同士が当たって、しまいには、まつ毛同士まで当たって。そんな近さまで勇運くんはかがんで、端正な顔を惜しみなく私に向ける。
「ゆ、う、くん……。何、してるの?」
「なにって」
私が喋って。勇運くんが喋る。もしも同時に喋ったら、お互いの唇さえも当たりそうで。そんな事ばかり意識しちゃって、私は小さな隙間からしか、声を出すことが出来ない。
だけど、そんな事を気にもしてない勇運くんは――
「”たまたま”ってことで。このまま口、当たんないかな」
「ッ!」
まるで私の思考を全て把握しているかのような。把握した上で、楽しみ、からかっているような――そんな意地悪い笑みを浮かべ、今だ変わらない至近距離で、大胆に口を開いた。
「三石は? 当たったら……困る?」
「こ、困るって……言ったら?」
「……」
「……っ」
沈黙さえも、勇運くんの息遣いに集中してしまって。目を合わせることも恥ずかしくて、私とは違いゆったり上下に動く勇運くんの肩へ目を移す。すると、勇運くんは「よそ見するな」と。コツンとおでこ同士を当てて、また離した。
「いくら三石が困ろうが、俺は構わない。三石が”当たったら困る”って思っても、俺は避けないからな」
「え……」
大胆発言に、思わず目を丸くする。そんな私をチラリと見て、勇運くんは「だって今更だろ」と。あっけらかんと言ってのけた。
「いくら三石が”私と関わらないで”って言っても、もう俺は決めたんだ。三石の傍を離れない、絶対に守るって」
「で、でも夏海が、」
「それでもだ。俺がお前の傍にいたいって思ってる。俺が傍にいて三石が困ろうが、もう決めた事だ。意見は変えない。だから……覚悟して。そして潔く諦めろ。俺はお前と一緒にいたいんだ」
「ッ!」
勇運くんとの至近距離に驚いて止まっていた涙が、再び流れた。こんなに一途に私の事を思ってくれる人が存在する事が、信じられなかった。そして……信じられないくらい、嬉しかった。
――次はナイからな
――お前は顔だけ。アッチに関しては、元カノの方が上手かった
――あーあ。もう使えないのかよ。つまんね
半年間、心にもない言葉ばかりを浴びせられた。それでもニコニコ笑って受け流していると、気づいた時には、自分の心は目も当てられないくらい傷ついていた。
穴が開いて今にもしぼみそうな風船を「どこから空気が漏れてるんだろう」って、無意味に探し続けていた。鋭い針を持ち私を攻撃する人は、すぐ隣にいたというのに。
――もう刺されんなよ
ねぇ勇運くん、あの言葉を聞いた時。私は、傷ついた私を見てみぬふりをしたんだよ。
成希がハチだと分かっていたのに、叩けないでいた。だけど、代わりに勇運くんが叩いてくれた。あの日、教室でハチを仕留めたように。勇運くんは、何度も私を助けてくれたんだ。
「~っ、そんな優しい言葉……かけてもらえる資格、私には、」
「三石」
「だって私、勇運くんを、」
「――――冬音」
「っ、……!」
半ば泣きわめく私を諫めるため、勇運くんが私を呼ぶ。名字から、名前へ。すると「冬音」と名前を呼んでくれた瞬間――一瞬だけ私たちの間に空間がなくなり、ゼロになった。
唇が、当たったんだ。
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