第8話 前を向く(勇運)
『冬音さんが許してくれるなら……俺は、今度こそ、冬音さんの傍を離れません』
それは決して嘘ではなく。
俺の人生を再スタートさせる、
大切な言葉となった。
ガラッ
「三石……は、寝てるのか」
三石が元カレに連れ去られた事件から翌日。三石は「念のため」という事もあり、数日のあいだ入院するとおじさんから聞かされた。「連絡先を交換してほしい」と言われた時は疑問に思ったが……なるほど。こういうやりとりの時に必要だったのか。
「スー、スー」
放課後、ダッシュで病院に来た。病院に着いてから「面会謝絶じゃないよな?」と不安になったが、受付の人は病室の番号を快く教えてくれた。変にニコニコしてるから不思議に思ったが……受付を去る俺の耳に入って来たのは、こんな言葉。
『いいわねぇ、彼氏かしら』
『クールな感じがカッコイイ~』
『私もあんな彼氏にお見舞いされたい』
『……』
丸聞こえなのは、偶然なのかわざとなのか。とりあえず俺は、逃げるように三石の部屋に入った。
ガラッ、パタン
眩しいほどの夕日が、病室の中を照らしている。三石の顔にも光が届き、それがとてもキレイに見えた。
「三石……」
スヤスヤ眠る三石を見て「無事でよかった」と改めて思う。居ても立っても居られなくて、三石に近寄り、薄茶色の髪をサラリと撫でる。毛先が頬に当たりくすぐったいのか、三石の口が「へへ」と開いた。
「……無防備」
ここは個室。三石と俺以外、誰もいない。そして三石本人は寝ている――「……ごほん」この状況から気を逸らすように、俺は三石に背を向け、窓の外へ目をやった。
「”彼氏”……ね」
さっき受付の人は、俺の事をそう呼んだ。しかし残念だが、これから先、俺が三石の彼氏になる事もなければ、その見込みもない。
なぜなら、
――すごく危険な仕事。だけど、カッコイイね
――私がお兄さんを気になってるって、バレてる?
三石が想っているのは兄貴であって、俺じゃないんだ。
「……”あの日”、」
兄貴よりも先に、俺が三石を助けて居たら。三石の俺を見る目は、変わったんだろうか。「ただの同級生」じゃなくて「好きな人」へ――
『あ、またいる』
放課後、帰り道で三石を見かけたのは、梅雨の時期だった。
クラスであまり喋らない子が、最近は輪をかけて無口になった。心なしか表情も暗く見えて、三石の周りには、常に負のオーラが漂っていた。そのせいか、学校での三石の存在感は、限りなく薄かった。
そんな三石を、学校の帰り道で見かけた。
自動販売機の横で、無表情で佇む姿。初めは「何をしてるんだろう」と不思議だったが、暫くして現れた男を見て、彼氏と待ち合わせしていたのだと分かった。
『行くか』
『あ……、うん』
だけど、その時の三石は……なんというか、変だったんだ。
彼氏に会ったら嬉しいはずなのに、彼氏の姿を見た途端、三石の顔は強張り……浮かべる笑顔は、ぎこちなかった。「会えて嬉しそう」な表情には、とても見えなくて。それが不可解で、気になって。その日から、三石の顔をよく見るようになった。
放課後、急かされるように席を立ち、ほぼダッシュで自販機の隣に並ぶ三石。自販機に着いた時、辺りをしきりにキョロキョロして、まだ男が来ていないと分かれば、安心しきった顔で息を吐く――
それらの行動は、まるで怯えてるように見えて、
『まさか、彼氏が怖いのか?』
そんな事を思った。
三石の表情は、季節が変わるごとに、どんどん暗くなっていった。そして、日が早く落ちるようになった秋。俺の目に、信じられない光景が飛び込む。
『待って、成希……ッ』
『静かにしろ』
『ん……っ』
辺りが暗くなり、人の目が気にならない時間帯。元彼は、三石とキスしていた。帰り道での事だった。見てしまった俺が悪い……と思いつつ、なぜか頻繁に遭遇してしまう自分の不運を呪った。
しかも俺が目にする時。三石は常に嫌がった表情をしていて……三石は、本当はキスを拒みたいのだと察した。
だけど――
そのうち自分で逃げるんじゃないのか、そのうち別れて離れるんじゃないのか、なんて。そんな事を思って、介入しなかった。
しかし待てど暮らせど、三石は行動に移さなかった。だから、大きなハチが教室に現れた日。俺は、あぁ言ったんだ。
――早く逃げろよ
――お前、危ないぞ
――これ以上、刺されんなよ
それでも三石は逃げなかった。あの男から、彼氏から。
でも、俺は後になって知る。脅えた人が、対象から逃げる術を持たないことに。見えない何かのせいで、切り離せない関係になっている事に。
それから――元カレが捕まって以来。三石の表情は、どんどん明るくなった。
――好奇心で、つい
――でも、さっき何かに驚いてなかった? まさか、またハチ⁉
――もしかして、笑ってる?
登校中、地面に張った薄氷にはしゃぐ三石。教室の中で、友達と楽しそうに話をする三石。そんなお前を見ると嬉しくて、俺も自然と笑顔になった。だけど、一つだけ心残りがあったんだ。
――お前を助けるために逃げなかったんだ
三石をハチから助ける時に、俺はあぁ言ったけど。”あの日”、路地裏で三石を助けたのは兄貴だった。
俺ではなく、兄貴だ。
俺は学生で兄貴は警察官という立場上、仕方ないと思いながら……でも納得いかなくて、腑に落ちなかった。三石のピンチに気づいてながらも、全く動かなかった自分自身に嫌気がさした。
だから――もし次に三石に困った事が起これば、必ず俺が助けてやるって。そう決めたんだ。
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