第5話 勤務明けのデート?


私たちの前を、勇運くんがダッシュで去って、しばらくした後。リビングのソファで寛いでいると、ピコンとメールが入った音がする。



「あ、勇運くんだ……」



宛先に「一葉 勇運」と表示されている。中身を開くと……



【さっきは悪い。家に着いたから、安心しろ】



ぶっきらぼうだけど、やっぱり優しい勇運くんの文章。無事に家に着いたんだっていう安心感と、メールを打ってくれたんだっていう喜びと……それらが合わさって、「はぁぁ」と、大きなため息をついてしまった。


すると、料理中のお母さんが「なーに?」と、長ネギに切れ込みを入れながら尋ねる。



「やっぱり学校で無理したんじゃないの? 大丈夫?」

「それは、うん。問題なかったよ。放課後、ちゃんと交番も行けたしね」



すると、お母さんは「そっか」と。安心したように笑った。



「いけたのね、交番に」

「うん。さっきの男の子……勇運くんもいてくれたから。大丈夫だった」

「良かった。じゃあ、男の子に感謝だね」



長ネギに切れ込みを入れ終わったら、今度は切る作業。ザクザクと音がした後、長ネギはみじん切りになっていた。相変わらず、料理が上手いなぁなんて。そんな事を思っていると――



『今日、陽の丘〇〇丁目でひったくりがありました』



守人さん達が向かった事件だ。テレビの中のアナウンサーが、ニュースを淡々と読み上げる。



『犯人の一人は逃走していましたが、警察に捕まり現行犯逮捕されました。現在は署で容疑を認めているとのことです』



その時、ひったくりの現場が映る。たくさんのお巡りさんがいたけど……私の目には、たった一人しか映らなかった。



「あ……、見つけたっ」



道に転がった荷物を、迅速に片付けている守人さんの姿。周りのお巡りさんと連携を取りながら、テキパキと動いている。あの人は……鑑識って言うだっけ? テレビドラマで見た事がある。ひったくりでも、鑑識の人って来るんだ。



「それにしても……犯人が捕まって良かった」



私の体から、ふわりと力が抜けているのが分かった。犯人が捕まってるなら、もう守人さんに危険が及ぶことはない――そう思うと、心の底からホッとした。良かった……。


この前までは「お巡りさんカッコイイ!」って思ってたけど、



――急ぎますよ

――了解



私の目の前で、守人さんの拳銃を見て……ビックリした。お巡りさんだから、拳銃を持つのは当たり前……だろうけど、やっぱり怖い。お巡りさんってカッコいいけど、いつも危険を伴っているんだって。今さら知った。



「ねぇお母さん。”カッコイイ”と”安全”だったら、どっちを取る?」

「そんなの決まってるでしょ――…………っ」

「……お母さん?」



何で無言?

不思議に思って、振り返る。

すると――



「目が、目がぁ~っ」



どうやら、長ネギを切り終えたらしいお母さんは――ネギ特有のアレに悩んでいた。目を瞑って「痛い」を繰り返している。



「うぅ、これだからネギは~」

「とりあえず包丁を置こうか、お母さん……」



ソファを立った時「次のニュースです」と、ちょうどニュース内容が変わった。あ、録画しておけばよかった。そうしたら好きな時に、見返せるのに。



「って、何ヘンタイみたいな事を言ってるの、私……!」

「冬音、早く来て~」

「はい、はーい」



晩ご飯の手伝いを始めた、その時だった。


ピコン


勇運くんから、メールが届く。

その内容は……



【俺の事は、気にするな】



そんな意味深な文章。だけど晩ご飯の準備を手伝ったり、夏海の世話を手伝ったりと。バタバタしていて、メールに気付いたのは――夜遅くだった。



「十一時か……。もう寝てるよね。色々聞きたいことがあるけど、仕方ない。明日、直接話せばいっか」



気にするなって、何をだろう。夏海を見て、血相を変えたこと? でも……気にするなって言う方が、無理だよね。



「まぁ勇運くんは優しいから、大丈夫。きっと話してくれるよ」



なんて。安心して眠った――翌日。

あっという間に一日が終わり、今は放課後。そして……驚くことなかれ。勇運くんとは、全く話せてない。



「あ、莉音ちゃん! 勇運くん見なかった?」

「勇運くんなら、ホラあそこ」

「え?」



あそこ――と言って莉音ちゃんが指さしたのは、校門。なんと勇運くんは、私の目をかいくぐって早々に帰っていた。



「ま、また逃げられたぁ……!」

「なんか、今日はずっと追いかけっこしてるね。元気なのは良い事だけど、何かあったの?」



莉音ちゃんが、カバンに荷物を入れながら私に尋ねる。


そう。今日は朝から、勇運くんとは追いかけっこをしているようなもので……。朝、教室で会った時から、この繰り返し。



『勇運くん、おはよう。昨日はありが、』

『……はよ。じゃ』

『え、勇運くん!』



休憩時間だって。



『勇運くん、ちょっと話があるんだけど』

『悪い、これから職員室』



なんて言って、のらりくらり逃げ続けた勇運くん。私と話す気はないみたい……というか、話したくないみたい。



「勇運くん……。私、なにかしちゃったかなぁ」



悲しいのと、納得がいかないのと。あとは……昨日の態度と、メールの意味が気になるのと。



――あ、悪い……。俺、帰る

――俺の事は、気にするな



「無理だよ、勇運くん……」



そんな事いわれたら、もっと気になるに決まってるじゃん。昨日のお礼も言いたいし、もしも勇運くんが悩んでる事があるなら……助けてあげたい。



「微力ながら……っていうか、無力かもしれないけど」



でも私、今まで勇運くんに、たくさん助けてもらったもん。だから、今度は私の番。勇運くんが遠慮なく、何でも吐き出してくれると嬉しいな。



「って、もう逃げられたんだよね……。仕方ない。また今度かぁ」

「さっきから、何を一人でブツブツ言ってるの?」


「莉音ちゃん……私、がんばる!」

「明日が土曜日でも?」


「へ?」



ムンッと意気込んだ、のはいいけれど。莉音ちゃんの言葉で、我に返る。カレンダーを見ると、明日は、確かに土曜日。学校は……休み。



「リベンジは月曜日だね、冬音」

「うぅ。本当、私って……」



そして、何の収穫もないまま金曜日が終わる。あと二日、モヤモヤした気持ちで過ごさないといけないなんて……。あーぁ、早く月曜日にならないかなぁ。


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