第6話『ミックスフライと、海鳥たち』


 幼馴染たちと協力したことで、夕方前には一階部分の床板を張り替えることができた。


 まるで新築のよう……とはいかないけど、見違えるようにキレイになった。


「二階の床板は明日にして……問題は船揚場ふなあげばに流れ着いてるゴミだよね。これ、運び出すだけでどのくらい時間かかるかなぁ」


「水路は繋がっているし、ラルゴにゴンドラを借りてきてもらう?」


「それでも何往復かかるかわからないよ。うーん……」


 イソラと二人で頭を抱えていると、ボクにある考えが浮かぶ。


「そうだ! 海魔法で外に運び出そう!」


「え、何をするの?」


「名案が浮かんだんだよ! イソラは舟屋の外で待ってて!」


 そう言ってすぐ、ボクはゴミが散乱した船揚場へ分け入り、奥の水路へ足を踏み入れる。


 この水路の水は海水だし、こうして触れてしまえばボクの海魔法で自由に操ることができる。


「よーいしょ!」


 次の瞬間、波を起こして室内のゴミを一つ残らず水の中へと引き込むと、ボクは無数のゴミたちと一緒になって水路へ出る。


 そのまま舟屋横の空き地近くまで移動すると、運んできたゴミたちをまとめて空き地へと打ち上げた。


「わぁぁ、なんかすごいことに」


 イソラの驚嘆する声が聞こえる中、ボクは地上へと舞い戻る。


「あとは少し乾かしてから、分別して捨てるだけ! 楽でいいでしょ!」


「そ、そうだね……楽だね……」


 呆気にとられたままのイソラに笑顔を返して、ボクは再び作業へと戻ったのだった。


 ◇


 ……その翌日。朝から二階の修繕作業に精を出していると、一人の女性が舟屋を訪ねてきた。


「ナギサちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど」


「あれ、マウラさん。どうしたのー?」


 この人は街の大通りに住むマウラさんだ。最近、漁師の男性と結婚したばかりだと、おばあちゃんが言っていた。


「彼ったら、せっかく作ったお弁当を置いて仕事に出ちゃって……ナギサちゃん、届けてくれないかしら」


 胸の前にピンク色の可愛らしい包みを抱きながら、マウラさんは困った顔をする。


「いいよー! 旦那さんの船は、どのあたりに出てるの?」


「確か……今日は島の南西で漁をするって言ってたわ」


「南西側だね! 船の特徴は?」


「縦に緑色の線が二本入った、白い船なの。近づけばすぐにわかるわ」


「りょーかい! ご利用ありがとうございます!」


 元気よく答えて、ピンク色の布に包まれたお弁当と、配達代金を受け取る。


 それから作業を手伝ってくれている幼馴染たちに仕事が入った旨を伝えて、ボクは船揚場から水路へと飛び出した。




 輝く水面を行き交う大小さまざまな船を避けながら、ボクは中央運河を南下する。


 そのまま海に出ると、進路を西寄りに変えながら海上を高速で進んでいく。


 気がつけば、数羽の海鳥がすぐ横を飛んでいた。


「こら! そんな目で見たってあげないよ!」


 海鳥たちはいかにも物欲しそうな顔でお弁当を見てくるも、これは大切なお届け物だ。ボクは胸に抱くように、必死に守りながら移動を続けた。


 ……ややあってマウラさんから聞いた特徴の船を見つけ、ボクは速度を落としながら近づいていく。


「あれ? ナギサちゃんじゃないか。こんな場所までどうしたんだい?」


「マウラさんに頼まれて、お弁当を届けに来たんだよ! はい!」


「おお、助かったよ。お弁当忘れたこと、漁場に出てから気づいちゃってさ。今日はお昼抜きだと諦めてたところだったんだ」


「どーいたしましてー。せっかく作ってくれた愛妻弁当なんだし、残さず食べないとね!」


「はは、違いない。これがないと力が出ないよ。持ってきてくれて、ありがとう」


 船の上の彼は少し照れながらもお礼を言ってくれ、ボクも嬉しくなる。


「それじゃ、確かに届けたからね! お仕事、頑張って!」


「ああ、ナギサちゃんもね」


 それから手を振りながら船から離れ、島に向かって進路を取った。


「おーい、届け屋さん! 仕事頼みたいんだけど、いいかな?」


 少しずつ島に近づいてきた時、一隻の船から声をかけられた。


「はーい! なんでしょうか!?」


 ボクは急遽進路を変え、船のほうへ向かう。小さいながら帆がついていて、ヨットのようだった。


「料理の配達ってお願いできるかい?」


「料理の配達?」


 そのヨットに乗っていたのは、立派な口ひげを蓄えた恰幅のいいおじさんだった。


 顔に見覚えはないけれど、届け屋の存在を知っているようだ。


「ほら、島の西側にミックスフライのお店ができただろう? あれが急に食べたくなってさ」


 そういえば、最近そんな料理を出すお店ができたとラルゴが言っていた気がする。


 島に移住してきた人が開いたお店で、小魚やエビ、イカといった魚介類を味付けして油であげた料理なのだそう。衣に秘密があるらしく、冷めてもサクサクなのだとか。


「頼むよ。一人前300ルリラ。二つ買って、一つ食べていいからさ」


 熟考するボクを渋っていると捉えたのか、おじさんは二人分のお金を差し出してきた。


 島の西側ということは、ここからそう遠くない。


 どんなものか食べてみたい気持ちもあったし、ボクはその依頼を受けることにした。


「わかった。買ってくるよ!」


「ああ、よろしく頼むぞ」


 おじさんの期待に満ちた声を背に受けながら、ボクは全速力で島に向かった。




 やがて目的のお店へたどり着き、店員のお兄さんにミックスフライを注文する。


「まいどありー。おいしかったら、また買いに来てねー」


 ややあって、熱々の紙袋を二つ受け取る。


 ……これは、修繕作業をしてくれている幼馴染たちに、いいお土産ができたね。


「ところでお嬢さん、今、海のほうからやってきたように見えたけど……ゴンドラ乗りの仕事でもしてるのかい? 女性なのにすごいね」


「ううん。ボクの仕事は届け屋だよ! この料理も、届けてくれって頼まれたんだ! それじゃ、お客さんが待ってるから!」


 言うが早いか、ボクはきびすを返し、海へ飛び込む。


 後ろからお兄さんの慌てふためく声が聞こえたけど、ボクは両脇に袋を抱えたまま海面を駆け抜け、来た道を戻った。


「おじさーん、おまたせー!」


 そのままの勢いでヨットまで戻ると、おじさんに紙袋を手渡す。


「おおっ、これだこれだ。これが食いたかったんだ」


 中身を確認した彼は満足げな表情を浮かべる。それと同時に、なんともスパイシーな香りが周囲に広がった。


「届け屋のお嬢ちゃんも食べてみるといい。うまいぞぉ」


「そう? じゃあボクも少しだけ……」


 おじさんに促されるがまま、自分の紙袋を開ける。


 湯気とともにスパイシーな香りがいっそう強くなり、ボクは思わず生唾を飲み込んだ。


「じゃあ、この大きいのを……はむっ。んー、はふはふ……熱々でおいひー」


 これは塩鱈しおたらのフライだぁ。凝縮された旨味と塩分が絶妙だねぇ。


「うまいだろぉ。揚げる前にミルクに漬け込んでるから臭みもない。エビも殻ごと食べられるぞぉ」


「これはおいしいねぇ。今度、皆で買いに行こうかな」


 おじさんとそんな話をしていると、その香りに誘われたのか、ヨットの周りに海鳥たちが集まってきた。


 その数は膨大で、青い空を覆い尽くすほどだった。


「うわ、こりゃまずい! あっちいけ! しっし!」


 それに気づいたおじさんは、船内に置いてあった非常用のオールを振り回して鳥たちを追い払おうとするも……彼らにはミックスフライしか見えていないようだ。その数はどんどん増えてくる。このままだとおじさんが危ない。


「ほ、ほらほらー! こっちだよ! こっち! こっちにもミックスフライがあるよ!」


 その様子を目の当たりにしたボクは大声を出し、自分の手にある袋を大きく振り回して海鳥たちにアピールする。


 そしてヨットから離れるように海上を走り出すと、その動きに釣られるように海鳥たちがあとを追ってきた。


「よしよし、そのままついておいでー!」


 ボクは海鳥たちの大群を引き連れながら、どんどん大海原を移動していく。


 やがてヨットの姿が見えなくなると、ボクは紙袋の中身をぶちまけた。


 宙を舞うミックスフライを、海鳥たちが華麗にキャッチしていくのを見届けつつ、ボクはその場から逃げ出したのだった。


「はぁぁ、ミックスフライ、せっかくもらったのに……せめてもう少し食べたかった……」


 仕方ないこととはいえ、ミックスフライを鳥のエサにしてしまったことを後悔しつつ、ボクは帰路につく。


「ああでもしなきゃ、おじさんが危なかったよ。下手したら海に落ちてたかもしれないし、人の命には変えられないよ」


 自分にそう言い聞かせながら、島の西端に到着する。


 そこから浜辺を横に見ながら移動し、中央運河に続く水路を目指していると……その浜辺に、奇妙な物体を見つけた。

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