01-14 静寂の霊の国

――霊の国

 アルヴヘイム王国の北側にある、深い森と険しい山に囲まれたどこの国にも属さない地域。その過酷な環境から人の手がほとんど入っておらず、原住民がそれぞれに集落を築いているのみである。


「97、98、99……100!」

「アキト、こっちの様子は?」

「変わりなしです」


 霊の国で夜営をしている最中、アキトは習った棒術の素振りをしていた。周囲の見回りを終えたビーが戻ってきて、拾って来た木の枝を焚き火に放り込む。


「ビーさん。駐屯地はどうなったんでしょう?」

「制圧はされてるだろうな。問題はどこまで被害を抑えられたかだが……」


 舞い上がる火の粉を眺めながら、アキトは魔王軍の大群に襲撃された駐屯地について問いかける。既に脱出してから3回目の夜を迎えていることから、ビーは王国軍の敗戦処理を見据えていた。


「魔王軍は、追いかけてくるでしょうか?」

「それは分からない。だが、俺たちは来ると想定して進まなければならない」

「そうですよね……」


 重たい雰囲気に2人の間に沈黙が流れる。さすがにいたたまれなくなったのか、ビーは見回りに使ったトーチライトを手の平や手首を使って回し始める。


「そのトーチライトって、中の石が光っているんですよね?」


 アキトの知識で言えば、それは懐中電灯と同じ形状と機能を持っていた。スイッチを入れることで中に入っている石が発光し、指向性を持たせることで遠くを照らす道具だ。


「何だ、魔石も知らないのか? 魔石は魔法を記録して、魔力を流すだけで発動することが出来る石だ」


 魔力を含んだ鉱石の一種【魔石】は、魔法を記録する性質と魔力を流すことで発動する性質を持つ。質の良い魔石ほど、複雑な魔法を数多く記録することができる。


「サイズと質で容量が決まるが、光るだけなら小さい人工物で事足りる」


 記録させたい魔法に合わせて使用する魔石を決めるため、簡易な機能のものであれば大量生産もできる。これら魔石を利用した道具【魔法道具】の普及が、この世界における現代文明を支えていた。


「……あ、本当に魔法で光っている」

(便利な眼だな)

「でもこれ、スイッチを押すだけで光りますよ?」


 アキトは自分の鞄からトーチライトを取り出すと、光を直視しないように注意しながら覗き込む。ラプラスの魔眼で魔法の発動を確認したが、ビーの説明とは裏腹に、自分が魔力を流さなくてもスイッチでオンとオフが切り替わることに疑問を持つ。


「持ち手のところにMFコンデンサーが入ってる。スイッチを入れると、そこから魔力が供給される」


 魔法道具の動力源として魔力の貯蔵と放出を行うバッテリー【MFコンデンサー】が取り付けられている。それをスイッチで制御して、魔石に魔力を供給している。


「まあ、安物のトーチライトだとMFコンデンサーは付いてないけどな」

「そうなんですね」


 MFコンデンサーはその機能から魔法道具の動力源として広く利用されているが、その分値段が上がってしまう。この世界では誰もが魔力を持つこともあり、手持ちの道具であれば廉価版として非搭載の物も市販されている。


「魔石って戦闘用の物もありますよね?」

「ああ、あるぞ。クロムウェル隊で使ってる奴はいないが、武器や防具に仕込んで機能を拡張するんだ」

「僕もいつか使ってみたいです」


 魔石を取り付けた武具【魔装器】には、単純によく使う魔法が発動するだけの物から、性能をガラリと変えるものまで幅広く存在する。実物を見られないのは残念だったが、アキトは魔石を利用した戦術に興味を示す。


「お、アキトは魔石に興味があんのか?」


 アキトが魔石についてビーに色々と質問していると、エーが見張りの交代にやって来る。その後ろからシンもやってきて、この場にいる全員に夜食として缶詰を配る。


「もう交代の時間か。ちょっと小便行ってくる」

「でかい方もしてきていいぞ」

「馬鹿言え。すぐ戻る」


 ビーは夜食を食べるより先に、エーと軽口を交わして用を足しに茂みの中へと姿を消す。見送ったアキトたちは缶詰を食べながら、先ほどの魔石の話題について談笑する。


「アキト、最近根を詰めすぎだ。ここからどんどん寒くなるうえに、道も悪くなる。休める時に休んでおけよ」

「分かっています。でも、何かしてないと落ち着かないんです」

「そうか、分かってるならいいさ」


 霊の国に入ってから、アキトは暇を見つけては魔法の練習や素振りをしていた。さらに魔石についても色々と知りたがる彼をシンは気遣うが、落ち着かない気持ちも理解できるためそれ以上言うことはしなかった。




……




…………




「それにしても、ビーさん遅いですね」

「ったく、しょうがねえなぁ」


 夜食を食べながらしばらくシンたちと話していたが、一向に戻ってこないビーをアキトは心配する。エーもおかしいと感じていたのか、トーチライトを持って森の中へ様子を見に行く。


「おーい、ビー! 小便にしちゃあおせえぞ。でかい方でもしてんのか?」


 エーがからかいながら呼びかけるが、ビーからの返事はなかった。痺れを切らして草木をかき分けて奥へと進んでいくが、行けども行けども見当たらなかった。


「おいおい、どこまで用を足しに行ったんだよ。探知魔法の範囲から出ちまったぞ」


 野営地にはマルームの設置した探知魔法がある。それを超えてまで見つからないビーに、エーは苛立ち始めていた。そのせいか知らないが、水たまりを踏んで足を取られてしまう。


「うお、なんだ。水たま……り」


 雨が降ってないのに水たまりがあることに、エーは不思議に思う。トーチライトで足元を照らすと、地面にはどこからか流れてきた赤い液体が溜まっていた。

 その赤い液体は今なおどこかから流れて来ている。エーは息を呑んでその源流を探っていくと、何かが突き刺さった1本の木にたどり着く。


「そんな、嘘だろ……」

(探知範囲のギリギリ外……明確な切り傷……これはどう考えても――)


 そこには自身のエストックで心臓を貫かれたビーが、傷だらけの木に打ち付けられていた。全身が無残に切り裂かれているだけではなく、首筋にも刃物で切られた跡がある。その姿にエーは動揺を隠しきれなかったが、人為的な殺害方法に敵がいることを察知する。


「シン、アキト、敵だ! すぐに全員起こせ!」


 異常事態を伝えるために大声で叫んだはずが、なぜか声にならなかった。気付けば先ほどまで聞こえていたはずの風や虫の音すらもなく、完全な無音状態に支配されていた。


(声が出ないうえに、音も聞こえねえ……!?)


 魔力を放出しその反射から周囲の物体位置を探知する魔法【探知魔法】に反応はない。それでも不意に気配を感じたエーが周囲を見渡すと、木の上から音もなく降ってくる人影を見つける。


(まんまと誘い出されたってワケかよ!)


 振り下ろされた剣をシールドで受け流し、エーはトーチライトを向けて襲ってきた敵を照らす。その襲撃者は黒いマントに身を包み、フードと仮面で完全に姿を隠していた。


『ビーを殺ったのもテメエだな!』

「……」


 静かに剣と盾を構える襲撃者に対し、怒りに震えるエーは念話をぶつける。当然返事が来ることはなく、ビーの仇を取るために自らの拳で殴りかかる。目の前の襲撃者はそれに反応して盾を前に出し、剣を後ろに引いて反撃の隙を伺っている。


(……後ろにもう1人!?)


 その瞬間、背後に何者かが出現した。エーは咄嗟に攻撃を止め、振りむきながら右ひざを曲げて体勢を崩す。首筋を狙った新たな襲撃者の短剣が、突き出された左肩を斬り裂く。

 エーは勢いを止めることなく肘打ちで応戦するが、軽々と回避されてしまう。彼はすぐに体勢を立て直しながら、全身に魔力の防護膜【スキンバリア】を纏う。


(こうやってビーを殺したのかよ)


 盾を構えていた襲撃者が、離れているのにもかかわらず剣を振るう。剣の周囲に漂う黄色い魔力の靄がこの暗闇の中ではよく見える。エーは魔法の発動を察知したタイミングに合わせてシールドを展開する。


(俺の相棒を……騎士に昇格して、これからだったのに)


 直後に暴風が肌に当たったかと思うと、真空の刃によって無差別に周辺が切り刻まれていく。背後にあったビーの死体が音もなく細切れになり、打ち付けられていた木が切り倒される。


(クソッ! 早く振り切って、皆に知らせねえと)


 シールドは黄色い光となって散ったが、体はスキンバリアによって守られた。それでも孤立して焦るエーとは対照的に、2人の襲撃者は無表情の仮面から視線を送っていた。

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