01-12 北部国境駐屯地

 ログラスの町で魔王軍に襲われたクロムウェル隊だったが、その後は何事もなく無事に目的地である王国軍の駐屯地にたどり着くことができた。


「オラァ、行くぞ!」


 その駐屯地の一角にある演習場でアキトはエーと対峙している。振りかぶられた拳から軌道を予測し、左手を伸ばしてその先に青色のシールドを発生させる。


「良いぞ、アキト。次は後ろだ」


 正面からエーの拳を防ぐと、今度は背後からビーが殴りかかってくる。アキトは背中から魔力を放出すると、2枚目のシールドを形成する。


「発生はまだ遅いが、強度はそこそこと言ったところか」


 ビーはシールドの形成速度を見切ると、拳をワンテンポ遅らせてから振り抜く。2枚目のシールドも攻撃を受けても割れることは無く、アキトはその勢いを利用して2人から距離を取る。


(この距離なら魔力弾で)


 空いていた右手をエーに向けて、そこから魔力を放出する。魔法のマトリクスを構築するために集められた魔力が靄となって現れ、その一部が魔力の弾丸を形成する。


「今だ、行け!」


 マトリクスが完成すると魔法が発動する。靄が閃光のように弾け、小さな破裂音を伴って魔力弾が発射される。それをエーが立ち止まってシールドで受け止め、発射の隙を突いてビーが距離を詰めてくる。

 こうして習得した魔法の実践と、戦闘における立ち回りを身に着けるための訓練を続けていく。




……




…………




「よーし、休憩するぞ」

「ハァハァ……ありがとうございます」


 この数日で、アキトはシールドを空中固定できるようになった。さらには魔力弾を放つ魔法を新たに教えてもらい、魔法の技術を着実に積み上げていく。


「それにしても、この短期間でシールド2枚張りとかアキトはすげえな」

「魔眼のおかげですよ。これのおかげで、魔力をどう構築すればいいか分かるんです」


 ラプラスの魔眼は精霊の眼とは違い、空気中の魔力の流れまでは見ることはできない。その分魔法のマトリクスを正確に捉えることに特化しており、拡張された視覚情報を処理するために多少の思考強化も付随している。


「シールドは使う人が多いので、参考になりました」

「たしかに、シールドは戦場で最も使われてる魔法だからな。使えない奴を探す方が難しい」


 アキトが魔法を早く覚えられるのも、他人が構築するマトリクスを直接見ることができるからである。特に防御魔法として汎用性が高いシールドは誰もが使用するため、ラプラスの魔眼で観察する機会はたくさんあった。


「魔法の練習は順調そうね」

「あ、シイさん。おかげさまで、攻撃と防御の魔法を習得できました」

「なら次は武器の練習ね」


 シイが声をかけると、借りてきた訓練用の武器をアキトの前に並べる。刀剣類から長柄武器まで、近接武器が一通り揃っている。


「ところで、武器は何にするか決まったか?」

「考えてはみたんですが、なかなか思い浮かばないです」


 シイを手伝っていたシンが尋ねる。アキトが冒険者になると決めてから、何の武器を使うかという話題がたびたび出た。武器を持たない魔道士を目指すとしても、接近戦での身のこなしは何らかの形で身に着けなければならない。


「武術の経験がないので、そもそも何が向いているのかが分からないんです」

「好きな武器で良いんじゃねえか? メインは魔法なんだろ」


 アルヴヘイム王国軍の歩兵はレイピアとバックラーが制式装備であるが、個々の戦闘スタイルに応じた武器を持つことも許可されている。目の前にいるエーもそうで、ギガースの筋力を生かして巨大なメイスを使用している。


「ナイフくらいは使ったことあるだろ。ひとまず短剣から試したらどうだ?」

「そうですね、やってみます」


 シンに促され、アキトは短剣を手に取って軽く振り回してみる。木でできた訓練用の物なので特に重さは感じなかった。


「アキト、いつでもいいぜ」

(うぅ……さっきもそうだったけど、エーさんが目の前にくるとちょっと怖いな)


 相手役を買って出たエーが、木の盾を持って打ち込むように指示する。アキトは正面に立っていざ打ち込もうとするが、近づいたことで彼の巨体に威圧されて緊張してしまう。

 さっきまでの訓練なら近づかれてもすぐに離れればよかったが、今度はこちらから近づかなければならない。そう思うとすぐには踏み込めなかった。


「……行きます」


 しばらくして意を決したアキトは、身体を横に向けて右腕をまっすぐ伸ばして短剣の切っ先をエーに向ける。腰を落として深呼吸をすると、伸ばした右腕を一度引いて踏み込みと同時に横に薙ぎ払う。

 その勢いのまま何度か短剣を盾に打ち込み、その度に乾いた音が演習場に響き渡る。


「なるほどな。アキト、次はこれを使ってみろ」

「槍ですか?」

「ああ、これなら引け腰にならないだろう」


 打ち込む様子を見ていたビーが、次の武器に2mほどの長さのある木の槍を選んだ。アキトはそれを受け取ると、シンが戦っている姿を思い出しながら両手に持って構えてみる。


(ビーさんの言ったとおりだ。さっきよりも威圧感がないし、打ち込みに集中できる)


 長い武器を持つことでエーまでの距離が開き、先ほどまで感じていた威圧感が軽減される。アキトは突きや薙ぎを繰り返しながら、最も扱いやすい方法を模索する余裕があった。


「やはりな。さっきの魔法の訓練もそうだったが、距離を取ろうとする癖がある。それならリーチが長く扱いが容易な槍が最適だろう。防御を重視するなら刃はいらないから棒という選択肢もある」

「初心者が即席で武器を持つならこの辺りよね」


 その後も一通り武器を試してみたが、リーチの長い槍が精神的に一番適していた。ただ、実際の槍は刀身が金属になる分だけ重くなるため、長めの木の棒を用意することで落ち着いた。






――――――――――






 同時刻、指揮所ではソフィア王女とジェイコブ隊長たちがこれまでの経過を報告していた。この駐屯地はクレイン師団長をトップとして、騎士や歩兵を含めた60人ほどの人数で構成されている。


「クレイン師団長、こちらの状況は?」

「そうですね。1から経過を説明しましょう」


 王都アルヴリアが襲われたあの日から、駐屯地では通信妨害が発生していた。それにより王都のある南側と東側の各都市と連絡が取れなくなっていた。そればかりか魔王軍と思われる部隊の襲撃が断続的に続き、駐屯地は籠城することを余儀なくされる。


「それなら西側は?」

「ネルソン隊に救助されたウィリアム様が、ミンガムに避難されています」

「良かった。お兄様は無事なのね」


 クロムウェル隊と同じ近衛騎士団のネルソン隊に連れられて、第1王子ウィリアム・L・アルヴヘイムと生き残った王族たちが西の城塞都市ミンガムに到着したという連絡をクレイン師団長は受けていた。


「ミンガムでは避難民を連れて王都を脱出した部隊が集結しています」

「それなら話は早いぜ。俺たちもそこへ合流するぞ!」


 部隊が合流している話を聞いて、ジェイコブ隊長はミンガムに希望を見出す。口にこそ出していないが、他のクロムウェル隊の面々も同じだった。しかし、クレイン師団長の面持ちは重かった。


「……一昨日のことです。魔王軍の大部隊がミンガムに攻撃を開始しました。その連絡を最後に西側も通信が妨害され、現在も確認が取れていません」

「孤立無援か。ここまで追い込まれていたとは」


 幾多の襲撃によって、駐屯地の戦力は残り少なくなっていた。仮に怪我人を置いて行ったとしても、ミンガムを包囲している魔王軍の大部隊を突破することはできない。

 そして駐屯地を襲撃する魔王軍の部隊は、セレスフィルド連邦との国境がある東側の都市シェイフィードからやって来る。魔王のいる南側の王都アルヴリアから来たエスカは、不利な状況に追い込まれていることを認識する。


「ソフィア様、ここから国境を越えてエルフの里に避難されてはどうですか?」


 この駐屯地が監視しているアルヴヘイム国王北側の国境……その先には、どの国にも属していない未開の地【霊の国】が広がっていた。エルフの里とは、その奥地に存在する精霊たちの集落であり、殺されたエルフィーテ先代王妃の故郷でもある。


「国を見捨てて、わたくしだけ逃げろと?」

「我々の力が足りず、ソフィア様には不便をおかけします。援軍が望めない以上、ここもいずれ陥落するのは明白です。どうかご理解を」


 クレイン師団長は己の非力さを認めつつ、頭を下げてソフィア王女を説得する。援軍無き籠城戦に勝ち目はない。クロムウェル隊がもたらした王都アルヴリアの情報が、この駐屯地の結末を知らせてしまった。


「……分かりました。そこで傷を癒し、機を待ちます」

「魔王軍は我々が命を懸けてここで食い止めます。ジェイコブ殿、ソフィア様を頼みます」

「まったく、貴族って言うのは格好つけたがりでいけねえや」


 クロムウェル隊が霊の国へ出発した後、魔王軍の追走を防ぐために時間を稼ぐ。ジェイコブ隊長の言葉に笑顔を返しつつ、クレイン師団長は駐屯地を預かる者としての覚悟を決める。


「クレイン師団長、たしか貴方には子供がいましたね?」

「はい。おかげさまで、末の子たちも無事に成人いたしました」

「王都では助けられました。感謝していると伝えてもらえるかしら?」

「……立派になったようで、私も父親として誇らしいです」


 クレイン師団長はソフィア王女の前に片膝をつき、頭を下げてその頼みを承る。そして、霊の国へ渡るための物資をクロムウェル隊に補充することが決まり、この日の会議は終了した。

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