01-10 王女追跡部隊結成

「マリク、マリクはどこですか?」


 夕暮れのログラスの町を青髪の女性が慌ただしく走っている。彼女はクロムウェル隊を襲ったマリクを見つけると、息を切らしながら声を荒げる。


「はぁはぁ……マリク、これはどういうことですか!」

「ちっ、イリーナか。見りゃ分かるだろ。逃げた連中を追うんだよ」


 ミランダと共に仲間とリビングデッドを集めていたマリクは、邪魔をされたことで悪態をつく。だが、イリーナが怒っているのには別の理由があった。


「そうではありません。このリビングデッドの数は何ですか?」

「死体は自由に使っていいって言ったのはあんただぜ?」

「私たちの目的はこの町の占領統治です。捕虜も町民も大事な労働力なんですよ!」


 ログラスの町のある一帯は農業が盛んであり、アルヴヘイム王国全土に穀物を供給する穀倉地帯である。そのため捕虜や住民は占領後の労働力として確保するという計画だった。


「いやー、捕まえていた連中が一晩にして“病死”しましてね。そのまま放置するわけにもいかないんで、俺様がリビングデッドにしてやったんですよ」

「イリーナ様はただでさえ病弱なんだから、気を付けてくださいよ。魔王軍の四天王が“病死”なんて笑いもんですからねぇ」


 マリクとミランダがわざとらしく、補充したリビングデッドの出所について話す。イリーナは自分がログラスの町を離れた隙に起きた出来事に、頭を抱えるしかなかった。


「そんなに私が気に入りませんか?」

「ああそうだよ。本当なら俺様が四天王になって、ガリウス様と一緒に王都の連中相手に暴れまわるはずだったんだよ! なのに、なんでお前みたいな雑魚が四天王なんだよ!」

「バルゼロが王都に行って、アタシらが行けないのは納得できないね!」


 魔王軍は属性によって振り分けられた4つの部隊が存在する。そのトップは四天王と呼ばれ、魔王ガリウス直轄の側近でもある。

 魔属性の四天王はイリーナであり、マリクはその補佐官であった。ミランダが言ったように彼女は病弱であり、ログラスの町の中を少し走り回っただけで息切れしてしまうほどだった。


「どうせその身体でも使って、ガリウス様に取り入ったんだろ!」

「そこまでにしな」


 マリクが暴言を吐いたところで、馬に乗った女性騎士が現れて止めに入る。イリーナには反骨精神をむき出しにしていた彼も、彼女の言葉には素直に従った。


「マリク、そんなに暴れ足りないなら私と一緒に来るか? ニーベルから王女を捕まえて来いって言われてるんだ」

「へへ、さすがロザリアの姉御。話が分かるじゃねえか。同じ補佐官なら、姉御の下に付きたかったぜ」


 ロザリアと呼ばれた女性騎士は霊属性の四天王であり、参謀であるニーベルからソフィア王女の奪取を命じられてログラスの町を訪れていた。イリーナに命令されることに嫌気がさしていたマリクにとって、この提案はまさに渡り船だった。


「ロザリアさん、待ってください。それだとこの町の運営が……」

「なら、代わりにうちの補佐官を置いていってやるよ。それなら良いだろ?」

「そう言ってくれるなら、ありがたいです」


 人手不足を懸念して反対するイリーナだったが、補佐官をトレードする提案が出たことで心地よく了承する。病弱気味で年下の彼女では上昇志向の強いマリクの手綱を握ることができないため、四天王最年長であるロザリアが彼を引き受けてくれることに感謝した。


「お、ならアタシも連れてってよ」

「ミランダはダメだ」

「そんな、なんでさ姉御ぉ!?」


 当然自分もマリクと一緒に連れて行ってくれると思っていただけに、ミランダはロザリアに反対されたことにショックを受ける。


「ドッペルゲンガーのアンタは、捕らえた町民に言うこと聞かせる仕事があるだろ」

「ええー、オッサンの姿って嫌なんだけど」

「よし、マリク。ミランダを説得できなかったらアンタも置いてくわ」


 ミランダはドッペルゲンガーという種族であり、肉体情報を読み取った人間に変身することができる。その能力は戦闘よりも特殊工作において重宝されるため、ロザリアは残るように命令する。


「いいか、ミランダ。王女を捕まえれば、俺様が四天王にふさわしいって誰もが認めるだろうよ! このチャンスをふいにするわけにはいかねえんだ」

「ちぇ、分かったよ。その代わり、しっかり王女様を捕まえて来いよ」

「当たり前だろ。平和ボケした奴らに、俺様が負けるかよ!」


 マリクの言葉を聞いて、ミランダは渋々残ることに納得する。話がまとまって安心したイリーナは、ソフィア王女を追う部隊についてロザリアに尋ねる。


「それで、いつ出発するんですか?」

「明日、物資を積み込んだらすぐにでもだな。連れてきた部下の一部はここに残すから、マリク以外にも暴れたい奴がいたら連れてってやるよ」

「分かりました。希望者はマリクに徴集させます。その間に私は、物資の配分と交換人員の再配置をしておきますね」

「急ぎで悪いな。ネクレスに手伝うように伝えておく」

「ありがとうございます。これで、仮眠くらいはとれそうです!」


 ロザリアから出発の予定を聞き、イリーナは準備に必要なことを確認する。すでに日が沈みかけているため時間的猶予は少ないが、彼女の補佐官の力を借りれば余裕ができると試算する。


「ああ、くそっ。アタシだけ行けないのがもどかしい。マリク、前祝に酒を用意してやるから付き合いな!」

「へへ、そりゃあいい。面倒な仕事はとっとと終わらせるか」


 イリーナの苦悩など知る由もなく、マリクはミランダの提案を聞いて俄然やる気を出す。早速周囲にいる仲間たちにロザリアの部隊に参加するか聞いて回り、翌日の出発に向けて準備を始める。






――――――――――






 魔王軍の包囲を突破したクロムウェル隊は、野営地を確保して食事を取っていた。この数日食べている豆と野菜のスープに羊肉の缶詰とちょっと硬いパンを用意したが、いつもと同じようには食べられなかった。


(デイさん……町に着くまで、色々と教えてくれていたのに)


 パンを齧りながら雲に覆われた夜空を見上げる。少し前まで隣で話していた人がいなくなる。それも胸を貫かれ、身体が吹き飛んだ姿で……彼女の最期が頭から離れないアキトが思わずため息をつくと、それを見たシンが小瓶を持って隣にやって来た。


「大丈夫か?」

「まだ、気持ちの整理が付きません……」

「そうか、無理はするなよ」


 シンは王都アルヴリアを脱出したのに、また襲撃に巻き込まれてしまったアキトを気遣う。そして持って来たオレンジ色の液体の入った小瓶を彼に差し出す。


「これは何ですか?」

「ホワイトアピスの蜂蜜だ。精神を落ち着かせて、魔力を回復する効果がある」


 見た目は見知っている蜂蜜と変わらないため、アキトは戸惑うことなくパンに塗って食べてみる。すると口の中に心地よい甘みが広がっていき、疲れた精神を癒してくれる。


「……甘くておいしいです」

「そうか、良かった」


 アキトが美味しそうにパンを食べる姿を見て、シンも幾分か気持ちが楽になる。そして自分のパンにも蜂蜜を塗り、一緒に食事を始める。


「シンさんは騎士ではないんですよね?」

「ああ、普段はハンターをしている。色々な場所を周りながら、狩猟やモンスターの駆除を請け負ってる」

「僕も付いて行っていいですか?」


 シンはハンターとして仕事を請負ながら世界中を回っているそうだ。それを聞いたアキトはこの世界について知るために、彼に付いて行きたいと頼み込む。


「いきなりだな」

「すいません。でも、僕はこの世界について何も知らなくて……どうやって生きて行けばいいのか分からないんです」

「何も覚えてないんだったな。それなら、ハンターじゃなくて冒険者になるといい」


 シンは思いがけない提案に少し戸惑ったものの、アキトの境遇を思い出して冒険者になることを勧める。冒険者にはギルドに登録すれば誰でもなれるため、身元不詳でも日銭を稼ぐことができる。


「冒険者ですか?」

「ああ、俺もたまにそっちの仕事も受けてる。今は不安だろうが、焦って無理をする必要はない。安全な仕事で生活基盤を作ってから、どうすればいいか考えれば良いさ」

「確かにそうですね。あの、冒険者について色々教えてくれませんか?」

「そのくらいは構わない」


 その後もシンから色々な話を聞いて、アキトは一先ず冒険者になることを決意する。その後は食べ終えた食器を片付けると、設営されたテントからマルームが1人の女性を支えながら連れてくる。


「ソフィア様、目を覚まされたんですね」

「ええ、貴方たちのおかげです」


 その姿を見たクロムウェル隊の騎士たちが、歓喜の声をあげる。アルヴリア城で重傷を負ったソフィア王女がようやく意識を取り戻した。

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