00-06 森の調査

 ストライクボアを倒した翌日、アキトたちは行方不明者の捜索と他にも魔物が発生していないかを調査するためにもう一度森を訪れていた。


「カナさんこっち来て。向こうにうりぼうがいるよ」


 なぜかカナが執事のケビンを連れて着いて来たが、今日は戦闘が目的ではないしハイキングだと思えば拒否する理由もなかった。それに同い年ということでシーリスと意気投合したため、アキトたちが変に気を遣う必要もなかった。


「わ~、本当だ! 可愛い~」


 森の奥地にある高台から、沢で猪の親子が仲良く水を飲んでいる姿を発見する。周囲には他にも何頭かの猪がおり、少し奥に入ったところにある沼田場で泥浴びしていたり、泥まみれの身体を木にこすり付けていたりと、猪の色々な姿を見ることができる。


「見た感じ、魔物はいないみたいです。シンさんの方はどうですか」

「変わった様子はないな」


 アキトはシーリスたちと一緒に猪たちを眺め、シンは双眼鏡で森の様子を見渡すが、特に変わった点は見つからなかった。


「シーリスさん、あそこの猪……」

「どうしたんだろう。仲間に入りたいのかな?」


 猪観賞を楽しんでいた2人が、集団の外で1頭の猪を発見した。仲間に入りたいけど躊躇しているのか、引き気味の態勢できょろきょろとしている。結局仲間に入ることを諦めたのか、集団とは別の方向に歩きだし忽然と姿を消した。


「「え……消えた」」


 シーリスとカナは、もしかして幽霊だったのではないかと目を疑った。その猪は走り出したわけでもなく、木々の隙間に隠れて見えなくなったわけではないはずだった。


「もしかして、あそこにいるのがそうですか?」


 2人が眺めていた方向にアキトが目を向けてみると、木々の隙間から赤い魔力の塊がゆっくりと移動しているのを発見する。その言葉に反応して全員が同じ方向に目を向けるが、彼以外には何も見えなかった。


「アキトにしか見えないということは、魔法で消えてるのか?」

「猪が姿を消す魔法って……もしかして魔物化してるんじゃ!?」


 魔法を使う野生動物がいないわけではないが、シンの推測にシーリスは猪の魔物化を懸念する。もしそうであれば、この森には多くの魔物が潜んでいる可能性が出てくる。


「僕が様子を見てきましょうか?」

「そうだな、頼む。俺たちはここにいるから、何かあれば知らせてくれ」


 そういうとシンはポケットから青色に透き通った石【召喚石】を1つ取り出し、魔力を通して魔法を発動する。すると空間に切れ目が出現し、その中から1羽の黒いフクロウが飛び出してきた。


「え、なに!? フクロウが出てきた!」

「初めましてお嬢さん。私はエーデルクラウト。以後お見知りおきを」

「しゃ、喋った」


 シンの魔法【召喚魔法】によって現れたエーデルクラウトは、彼の腕に優雅に着地して挨拶をする。見た目は頭部の毛が逆立って王冠のように見える黒いフクロウだが、カナは初めて見る召喚魔法と渋い声で喋ることに驚く。


「これは召喚魔法と言って、召喚石を媒体に異界の住人を呼び寄せる魔法です」

「召喚石って、さっきの青い石のことですか?」

「その通りだ。その石の中には私の魔力が込められている」


 アキトはカナに召喚魔法と召喚石について簡単に説明する。異界……その中でも魔界と呼ばれる世界に住むエーデルクラウトは、ただのフクロウではなく悪魔の一種であるストラスという種族である。


「エーデルクラウト。アキトに付いて行ってくれ」

「承知した。詳細は道中で聞こう」

「では、行きましょう」

「気を付けてね」


 シンの指示を聞いたエーデルクラウトが腕から飛び立ち、アキトはシーリスの声を背にしながら、消える猪を探しに高台から降りていく。




……




…………




 さて、魔法で消える猪を探しに行ったアキトとエーデルクラウトだったが、意外な事にあっさりと接触することができた。ラプラスの魔眼によって視える以前に、アキトたちを視認した途端向こうから寄ってきたのだ。


「何が言いたいんだろう?」


 何かを喋ろうとしているのか、猪にしては変な鳴き声を早次に発している。敵意はなさそうだが、アキトには真意が理解できなかった。


「私が念話で語りかけてみよう」

『猪よ……私の声が聞こえるか? 肯定ならゆっくりと首を縦に振ってくれ』


 エーデルクラウトはアキトにも聞こえるようにしつつ、目の前にいる猪に念話の内容を理解できるか問う。猪は自身の理解できる形で問いかけられた嬉しさからか、首を目いっぱい縦に振って応じた。


「どうやら通じるようだな。私は質問を続ける。アキトは皆を呼んでくれ」

「分かりました」


 アキトは魔法で信号弾を空中に発射して、待機しているシンたちにこちらに来るように伝達する。その間にエーデルクラウトが念話による質問を進めていくが、中々真意にはたどり着けなかった。




……




…………




「……空腹でもない、仲間からはぐれたわけでも、何かしらの危険が迫っているわけでもない。ただ、自分自身に起きた何かしらの不利益についての解消を私たちに求めている」


 シンたちも到着し、エーデルクラウトが一通り質問した結果を伝える。外傷等はなく、念話による返答もきっちりできていることから体調が悪いわけでもない。


「僕らには何に困っているのか見当がつかなくて……」


 アキトは合流した皆に意見を求めると、何かに気付いたのかシーリスが1つ推測を提示する。


「もしかして……獣化して戻れなくなったとか?」

「聞いてみよう」

『もしかして君は、猪の姿になったまま戻れなくなったのか?』


 エーデルクラウトの念話に今度は目に涙を浮かべながら猪が首を縦に振る。どうやらシーリスの推測は当たっていたようで、目の前にいるのは変身して元に戻れなくなった人間だということが判明した。


「そんなこと、あるんですか?」

「初めての獣化が突発的だったりするとね」


 人間の姿と種族本来の姿を切り替える魔法【異体化】は、シーリスのように獣系の種族の人は獣化と呼んだりしている。そして異体化は肉体そのものを変化させて変身しているため、再度魔法を使用しないと戻ることはできない。


「どうすれば元に戻るんですか?」


 こちらの会話は全てエーデルクラウトが念話で元人間の猪に伝えてもらっている。そのためアキトが進行役になって、異体化を活用しているシーリスに具体的な解決方法を問う。


「えっと、戻ろうと思えばいずれは戻れるから――」

「フガッフガッ」


 とりあえず安全な場所で様子を見て、と続けようとしたがシーリスは目の前の猪の様子に言葉を失う。お願いしますと言わんばかりに頭を何度も下げたかと思うと、後ろ脚を折り曲げて前脚と頭を地面につけて懇願する。


(土下座だ……)

(土下座だな……)


 アキトとシンは器用に土下座する猪を見て、どうすればいいのか分からなくなる。とにかくここはシーリスに任せるしかないと、2人は彼女に目を配らせる。


「分かった、分かったから! だから土下座は止めて」

「ごめんなさい。私は手助けできそうにないわ」


 いたたまれなくなったのか、シーリスは何とかして教えることにした。同じ獣系種族のカナは他人に教えるほど異体化には慣れていないそうなので、1人で教えることになった。


「仕方ない。根気よくやるか。エーデルクラウトも頼むわね」

「心得た」

「それじゃあ、まずは右手を出して」


 物は試しとシーリスが自分の手を出しながら命令する。念話のおかげか動作をまねているのかは分からないが、猪が右前足を差し出してくる。これには思わず周りも一緒に歓喜する。


「次はその手が人間の手であることをイメージして。毛で覆われてなくて、指が5本あるの」


 シーリスは人間の手をイメージするように優しく言い聞かせる。自身も袖をまくって腕を見せながら部分的な異体化と解除を繰り返して見本を見せる。猪も人間の手で握ったり離したりをイメージしているのか、蹄を色々と動かしながら試行している。


「!? 腕に魔力が」


 その様子を見ていたアキトは、猪の右前足に魔力が集中するのが視える。変化はすぐに訪れ、魔力の光が消えるとそこから人間の腕が姿を現す。


「そう、その調子! 同じ要領で自分の人間の姿をイメージして」


 シーリスのアドバイスが上手くいったのか、右腕だけでも戻ったことで要領を得たのか、今度は全身から魔力が立ち上がる。それはつまり元の人間の姿に戻れることを意味し、全員が固唾を飲んでその様子を見守る。


「……」


 全身の肉体構造の変化が終わり、人間としての姿が現れる。背はアキトと同じくらいではあるが、ややぽっちゃりとした体格とくたびれた雰囲気から年齢はおそらく30代の男性と推測される。皮膚も人間に戻ったことで毛皮ではなくなり、猪の要素は全て無くなっていた。


「ああ、ああああ! 戻った……戻れたんだ!」


 現れた壮年男性は、人間に戻れたことに狂喜する。しかし、アキトたちは無言になるばかりか、彼から目をそらそうとしていた。


「あ……」


 なぜなら、彼は全裸だったから。


「キャアア――ッ!!」


 男性陣は何とかこらえ、獣化に慣れているシーリスは直前に察して目を反らしていた。そして運悪く直視してしまったカナの悲鳴が森の中に響き渡る。

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