00-03 バーストン公爵邸にて

 夕方になり、アキトとシンはバーストン公爵邸を訪れる。あてがわれた客室に荷物を置き、浴場で長旅の汚れを落としてから使用人に案内されて食事が用意された大部屋に赴く。

 テーブルには端からシン、アキト、カナ、馬車を運転していた商人の順に座っており、正面にはバーストン公爵、バーストン公爵夫人、カナの兄とその夫人が座っていた。


(……なんでカナさんが僕の隣に座ってるんだろう?)


 バーストン公爵家の方々が対面に座っているのに、カナは何故か横に座っていた。その状況にアキトは疑問に思ったが、緊張のあまり口に出すことはできなかった。


「シン・アマガツ殿、狭霧アキト殿。この度の盗賊団襲撃に際し、娘を含め一切の被害を出さずに鎮圧した手腕……見事であった」


 全員が揃ったところでバーストン公爵が壇上に上がり、挨拶を始める。カナの付き添いをしていた執事がカードを持って来ると、アキトとシンに壇上の前に来るように促す。


「これより2人に護衛報酬及び盗賊団にかけられていた懸賞金を授与する」


 バーストン公爵が執事からカードを受け取り、1人ずつ労いの言葉と共に授与していく。このカードには馬車を護衛した報酬と、盗賊団の懸賞金を2人で割った金額がそれぞれ入っている。


「君たちはアルヴヘイム国王から来られたと聞いた。ささやかながら我が国の料理と、今晩泊まるための個室を用意した。是非とも長旅での疲れを癒してもらいたい」


報酬の授与が終わり、席に着いたところで給仕たちがグラスにワインを注いでいく。


「我が国の脅威を取り除いてくれた、勇気ある若者たちの活躍に……」

「「乾杯!」」


 バーストン公爵の音頭のもと、全員がグラスを掲げて乾杯する。元の世界では高校生だったためお酒の味は分からないが、代わりに豪勢な料理をアキトは堪能する。


「あ、アキトさん。良かったらこれ、食べてみてもらえませんか?」

(なんだろう? 見た目は普通のポテトサラダだけど……)


 少し恥ずかしがりながらカナがポテトサラダを渡してくる。潰したジャガイモに野菜を入れてマヨネーズで和えたオードソックスなものだったので、アキトは特に考えることなく口に運んだ。


「ん、おいしい」

(というより、食べなれた味で安心する)


 高級料理もおいしいのだが、どれも初めて食べる味付けだった。そんな中、元の世界にもありそうな料理の存在は、アキトにひと時の安らぎを与える。


「本当ですか、良かったです!? 実はこれ、マヨネーズから私が作ったんですよ」


 自分が作った料理を褒めてもらい、カナは嬉しそうにアキトに色々と話しかける。それから2人は料理と一緒に雑談を楽しんでいたが、しばらくしたころにバーストン公爵が改まった表情で語りかけてくる。


「シン君、アキト君……アルヴヘイム王国で何があったのか、話していただけないか?」

「そ、それは……」


 アルヴヘイム王国は、セレスフィルド連邦の西側に隣接する大国である。そしてその国境は、バーストン公爵が治めるここバーストン領に存在する。

 ほんの少し前まで両国の関係は良好だったが、今はある事件を境に緊張関係にある。バーストン公爵が2人を招いたのは、そんなアルヴヘイム王国の現状を知りたいという思惑もあった。


「既にご存じだと思いますが」

「できれば当事者の声を聞きたくてね」


 言葉に詰まっているアキトに代わり、シンが暗に話す必要はないと伝える。しかしバーストン公爵も口調とは裏腹に、真剣な眼差しを向けてくる。2人は食事をしていた手を止めて、お互いに顔を見合わせる。


『アキトが転生者だというのは、話さない方が良いだろう。ひとまず俺が話をする』

『どうするんですか?』

『お前については記憶喪失ということにしておく。それで話を合わせてくれ』

『分かりました』


 アキトとシンは思考を伝える魔法【念話】を使って、他人に聞こえないように相談する。バーストン公爵に不信感を与えたくはないが、全てを洗いざらい話すこともできない。

 ひとまずシンの提案に従い、アキトは彼の話した内容に合わせることにした。


「……分かりました。全ては無理ですが、お話ししましょう」


 シンの言葉にバーストン公爵だけではなくその場にいた人たち全員が息をのむ。静まり返った食卓で、2人が体験したアルヴヘイム王国の事件について語られる。


「俺とアキトは、あの日……魔王軍に襲われたアルヴヘイム王国で出会いました」


――シン・アマガツの述懐

 神暦9102年1月1日、アルヴヘイム王国の首都である王都アルヴリアに、突如魔王を名乗る人物が現れた。名前はガリウス・ダーク……彼の演説と共に潜伏していた魔王軍が一斉蜂起し、王都は混乱と戦火に包まれた。

 その場に居合わせたシン・アマガツは交戦しつつ逃げ遅れた人々の避難誘導を行い、そこで記憶喪失の狭霧アキトを発見する。しかし2人が脱出しようとしたところで、魔王ガリウスと遭遇してしまう。

 幸いにしてアルヴヘイム王国軍の騎士たちに助けられたことで、無事に王都アルヴリアから避難する。その後は部隊に保護されながら移動し、別れた後は国境を越えてセレスフィルド連邦に入国した。




……




…………




「やはり、魔王の目的は50年前の復讐か?」


 かつて、この世界は人類と魔王が率いる軍隊が戦争【氾濫戦争】をしていた。長期に及んだ氾濫戦争は苛烈を極め、世界は終わりの見えない泥沼にはまり込んでいた。

 そんな全世界を巻き込んだ戦争も、6人の英雄が魔王を倒したこと終結を迎える。人類側の勝利という形で幕を閉じてから50年が経過し、氾濫戦争は歴史の一部となっていたはずだった。


「辛いことを思い出させてしまったな。特にアキト君は記憶をなくして不安もあるだろう。それでも、話してくれたことに感謝する」


 シンとアキトの話を聞いて、バーストン公爵は改めて隣国の状況に頭を悩ませる。現在のアルヴヘイム王国は魔王ガリウスに乗っ取られており、王国軍の残党が辛うじて抵抗しているに過ぎない。


「アキトさんが記憶喪失だったなんて。何か、治す方法はないんですか?」

「勇者召喚の魔法……それならばあるいは」


 カナは記憶喪失だと聞いて、心配そうな目でアキトを見つめる。それに答えるように、バーストン公爵はとある魔法【勇者召喚】の噂について話し出す。


「名前からすると、初めは人々を救う勇者を求めたのではないかと思うが……今では願いを叶える者を召喚する魔法として、ここ数年噂になっている」

「その話は俺も聞いたことがあります。ですが、ただの噂では?」

「ハハハ! 確かに、ただの噂話だ。魔王が現れたのなら、それを倒す勇者がいてもいいのではないかと思ってな」


 バーストン公爵は勇者召喚について自身の推測を語りつつも、シンの意見に高らかに同意する。実際にはアキトは記憶喪失ではないので、その願いを叶える必要はないのだが……。


(でも、その魔法が本当に存在するなら……僕はそれでこの世界に?)

「それで、君たちは今後どうするつもりかね?」

「虚無の魔導士に会うつもりです。僕の記憶を取り戻す手立てを知っているかもしれないので」


 魔王を50年前に倒した英雄の1人【虚無の魔導士】は、アキトが知ることができた転生についての手掛かりを持っている人物でもある。


「確かに彼女なら知っているかもしれないな。分かった。彼女との面会については連邦大使館で準備させよう」

「ありがとうございます」


 アキトは虚無の魔導士と会えるように取り計らってくれるバーストン公爵にお礼を言う。嘘をつくのは気が引けるが、これで魔王についてと転生について聞くことができる。


「アキトさん大丈夫ですよ。きっと記憶は戻りますよ」

「うん、そうだね」


 その後はつつがなく食事を終え、アキトとシンは用意された個室の上質なベッドで眠りについた。

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