第3話 自分が何をしてきたか
「それで真っ直ぐうちに来たんですか? 相変わらずフットワーク軽いっていうか、思い切りがいいですね」
「いや、今日は定時に上がったんで、一回家に帰って風呂掃除して、一番風呂を浴びてきました」
「ええっ? あ、だからつやつやしてんすね? 髪も整ってるし」
「普段はぼさぼさで髭も伸びてる疲れ切った中年おじさんですからね」
「誰もそんなこと言ってないでしょっ!? それに黒地さんは見た目若いですよ」
「キミさんだけですよ、そんなこと言ってくれるの」
キミさんはそんなことを言いながら、笑顔で生ビールを持ってきてくれた。
キンキンに冷えたジョッキを受け取り、いただきますと一言断りを入れてから飲み込んだ。これまたキンキンに冷えたビールが全身に染み渡る。
ここはおれが開店に関わらせてもらったバーである。マスターであるキミさんはおれの顧客であり、もう五年の付き合いだ。寂れた地方の街でも小洒落たバーがあれば客足はいくらか出来、キミさんの人柄や人望によって今では人気店となっている。
二十代の若い客層も掴んでおり、カウンター以外の箱席もほぼ埋まっていた。
週末とは言え、この近辺ではあり得ない繁盛振りだった。担当としてはいつ見てもほっとする光景である。
「しっかし、金融機関も大変ですね。出世とか人間関係とか。おれには絶対無理だなぁ」
「いや、キミさんなら楽勝で務まりますよ。少なくとも今から入ってもおれより早く出世するでしょうね」
「いやいや、それはないですね。多分数ヶ月で辞めて、またこの店をやりますよ」
「そりゃそうだ」
適当な軽口を言い合えるのが心地いい。
いや、まぁ、キミさんからすれば正直迷惑かもしれないが、今のおれにはそこで遠慮している場合じゃないのだ。とにもかくにも情報を集めなければならない。明日の飯の種を探さなければならないのだから。
「ところで、最近の探索はどうなんですか? 結構深くまで行ったって聞きましたけど」
「いやいや、まだまだですよ。先週も六階層までは行けたんですけどね、ポーターが足りなくて引き返したんですよ。あの日はドロップが良すぎて。いや、うまくいかないっす」
ポーターとはいわゆる荷物持ち。ダンジョンを探索する上で重要な役割だ。そもそもダンジョンに潜るのはドロップと呼ばれる希少性の高い資源を得るためである。
それを運搬する役割というのは決してなくならないのだ。
「ポーター何人で行ったんですか?」
「八人です」
「え、十層まで行ける人数じゃないですか」
「だから思ったよりドロップが良すぎたんですよ。本当は階数更新が目的だったんですけどね」
ま、儲かったからいいですけど。
ホクホク顔に苦笑を浮かべるしかない。しかし、本当に感心する。きちんと稼げているから、だけではない。
まだ開業五年目にしてポーターを八人も用意できる点だ。
たしか、キミさんのパーティーは四人。いずれも開業と同時に組み始めたメンバーのはずだ。レベルもぐんぐん伸びているのだろう。
そういう勢いのある経営者から情報を得られることがこの職業の醍醐味なのだ。…いや、もう辞めるつもりではあるんだが。
「黒地さんはどっちになりたいんですか?」
「え?」
「だって、うちに来たのはそういうことでしょ? 探索者としてなら先導できますし、ポーターとしてなら大歓迎ですよ。ま、見習いとして給料は安くなるかもですけど」
意外な申し出にどきりとした。
いや、確かに自分の身の上話はしたがここまでストレートに言ってくれるとは思っていなかった。だから、
「いや、実は」
正直にいうことにした。
「Dtuverやってみようと思うんですよね」
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