終末世界と幼馴染と青春ロケットと、恋のタコ
灯台猫暮らし
プロローグ 幼馴染と
高校一年の春のことだ。
「一緒にいて、おもしろい?」
俺、
黒髪、背は小さく、幼い顔、ゆるふわな庇護欲をかきたてる服装。けどその表情は能面のように変わらない。
携帯を見ながら呟いていて、自問自答しているのかと思ったほど淡泊で感情が籠っていない様子だ。
付き合って三回目のデート。映画館に行き、何を話すでもなく複合施設をぶらぶらと歩き、手を繋ぐわけでもなく、恋人らしい会話も行動もなく終わり、今は通っている
藤咲は終始つまらなさそうに携帯を弄っていた。それは今日だけではない。デート三回のうち、全てで。
「つまらなかった?」
「わたしが聞いてるんだけど」
そういう所だよ? そう言いたげにこちらに顔を向けて、首を傾げる。俺は少し目線を外した。
「……」
「つまらなかったんだ。わたしもだよ。一緒だね」
ふふ、と藤咲は、この日初めて笑った気がする。
「藤咲はなんで」
なんで俺に告白してくれたのか。疑問だった。小学校の頃からの幼馴染だが、仲が良かったわけでも好意を感じたことがあるわけでもない。突然、中学の卒業式の日に告白された。
藤崎の顔が歪む。幼さを感じる丸顔にシワが深く刻まれた。
「むかついたから」
じっと睨まれる。ようやく本当は好きでも何でもなかったことを自覚した。
藤咲は別の誰かを見据えているように思えた。
俺ではないと、なぜか感じる。
「誰に?」
藤咲は俺の耳元に口を近づけた。体温を感じる、恋人のような距離だった。
「……やさしいよね。本当はわたしのこと好きじゃなかったでしょ?」
再び距離を置かれた。
何がしたいのか分からないし、会話を嚙合わせる気もないようだった。答える気もないようで、勝ち誇ったような満足げな表情だけを覗かせる。
「君は告白すれば同情で付き合ってくれると思った。そして何もやり返さないし、噂も広めないとも思ってた。でもさ君のやさしさって最低だよ。無知は罪。君も同罪。共犯者。周囲もちゃんと見ようね。空気を読もうね。これは助言だよ」
コップの水をかけられた。
ひんやりとした水が顔からこぼれ落ち、服の胸元から素肌へと染みていく。
セリフも行動もドラマみたいだな、と他人事のように思った。
「別れましょ。理由は……うん、一緒にいてつまらないから。本当は君のこと好きでもなんでもなかったの。これはただの八つ当たり。好きな人の心、盗られたから。心の底からむかついたから。仕返ししたくて。たがら盗ろうと思った。ごめんね。君はただのいい人」
付き合ってから一度も見たことがない藤咲の笑顔だった。付き合ったというのは違うか。一緒にいて初めて見る笑顔だ。
憑き物が落ちたように、藤咲は千円札を置いて、軽い足取りで店外へと向かった。
藤咲に何があったのか、何を思っていたのか、俺には結局わからなかった。告白されるまま、流されるまま、好きでもない人と付き合った罰なのかもしれない。
俺は席に座ったまま背もたれに体重をかける。
席が
ゆっくりと手拭きタオルを使って水を拭いていく。
店員が手拭きタオルをいくつか持ってきてくれた。謝罪をする。
「すみません」
店を汚してしまって。
忙しい中、お手を
告白されたからという理由で付き合ってしまって。
「大丈夫?」
「あ、はい。ありがとうございます」
恥ずかしくて顔が見られなかった。もともと人の顔を見るのが苦手だけど。
受け取ったタオルで濡れた周囲を拭いていく。女性の店員に見つめられている気がする。自意識過剰かな。
でもそっとしておいて欲しい。
店を汚しておいて勝手ですよね。
店員も手拭きタオルの袋を開けているみたいだ。音が聞こえる。
拭こうとしてくれる気配を感じた。
大丈夫なんで、すみません。ともう一度伝えようとしたところで、店員さんが俺についた水を拭き始めた。体温が感じられる近距離に驚く。
予想外の行動であわててしまう。
「あ、あの――」
「ユウちゃん……大丈夫?」
「え?」
店員は思いもよらない人だった。
「な、なんで?」
聞いておいて馬鹿な質問をしたと思った。店員の格好で働いているのだからバイト以外にあり得ないから。
心音は首を横に振る。
「そんなことより」
昔はのんびりとした喋り方だったが今日は違った。
心配してくれていることが伝わる。
ここでバイトしていたのか。全く知らなかった。藤咲がここがいいと珍しく言ったことと何か関係があるのだろうか。
藤咲からは何度か心音の悪口を聞いていた。
陰口を言う所は嫌いだったなと思い返す。
「風邪、ひいちゃうよ」
と心音は俺の身体をやさしく拭いてくれる。
そのまま俺の顔に触れた所で、俺は遮った。
「だ、大丈夫。汚してごめん。ありがとう、心音。もう大丈夫だから」
俺は彼女の手から奪うようにタオルを取って顔を拭く。急いで周辺を拭き上げ、頭を下げてもう一度謝り、伝票を持って会計に向かった。
一番見られたくない相手に見られてしまったから。
逃げるように店を後にする。
心音がどんな顔をしていたのかわからない。
しっかりと表情を見ることができなかった。
心配そうな顔だけがこびりついて離れなかった。
……。
帰宅する。
広めな家に独りでいることが多い。だがこの日は違った。
母は、東京にいる兄の聡一郎の元から戻ってきていたようだった。
優秀な医大生の兄を溺愛しているから、最近は家にいないことも多い。
「お帰りなさい、母さん」
挨拶をしたが、すれ違った際に苦言を伝えられる。
「遊んでばかりではダメですよ。青星学園から医者になろうと思ったら努力が必要です。志望校のレベルを落としたことは今更どうにもなりません。ですが、できないなら、できないなりに努力の時間を増やさなければなりません」
「はい。頑張ります」
俺は部屋に戻り、勉強を始める。
灰色の高校生活を予感させる一日だった。
けれど、この時の俺はまだ知らなかった。
宇宙人と出会い、人生が変わっていくことを。
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