本編:第二部 破滅の大地と天赦の雫

第十五章 蠢く影たち § 禁忌の騒乱 編 §

#69 蠢く影たち (1/5)

 どこかの研究施設。薄暗い部屋に、いくつもの大きなガラス管が並んでいる。

 その中には、薄ピンクの液体が満たされ、浸った半透明の膜の中には、同じ顔の若い女性たちが、裸のまま眠っていた。彼女達は、成人の大きさだが、へその緒が機械と繋がったままである。


 その中の一つを、数人の研究員が囲む。

「プロジェクト・バンゲリア。管理番号056、排出作業を開始。排出後、記録班は速やかに記録を開始」

 一人が備え付けられた操作パネルに触れると、中の培養液は床の排水溝へと流れだす。それと共に、膜に包まれたままの女性の体は、無造作に彼らの足元に横たわった。

 事務的な作業を進める様に、メスを持った人間が、不要な部分を取り除いていく。

 へその緒を処置して数秒後、女性の体は肺呼吸に切り替わる。小刻みに震える四肢。長く伸びた髪は、顔に張り付いている。

 目も開ききらない状態であったが、水音と嗚咽を発しながら、彼女は口を開いた。

「星の中の明星を、血で穢しては、ならない。大地は、怒り狂い、それは、テイアの二人目の子と、なるだろう……」

 その言葉を言い終えた途端、彼女は微動だにしなくなる。


 それが当たり前であるかのように、淡々と研究員は作業を進める。彼女の瞼を雑に開き、ペンライトで瞳孔を照らすと、

「056の死亡を確認」

「記録を終了。056を廃棄プロセスへ移行。前回に続き、具体性が評価できない。Cプラスと言ったところだろう。057の排出時期を再検討。上層部への報告を」

 研究員達はそれぞれ元の持ち場に戻って行く。白い収容袋に入れられた女性の遺体は、施設の奥へと運ばれ、開かれた金属製の扉の向こうへと放り込まれるのだった。その重い戸が閉じられると共に、中は冷たい闇に満たされる。

 研究員が手を掛ける、壁に設置された赤いボタンには、掠れた文字で焼却開始と書かれていた。



 シュゥゥー、ボッゥ!!



 黒一色に足される、目が痛くなるほどの黄とオレンジが燃え盛る。



「照明弾、もう一度撃ちます!」

 イナホの八咫射弩やたのいどから放たれた、数発の眩く光る照明弾が、放物線を描きながら、洞窟内の開けた空間の闇を払った。彼女の首から下がる、修復跡のある夢繕勾玉むつくろいのまがたまが、その光を乱反射させる。


 照らされた壁面で蠢く大小様々な影たち。その視線が、一斉にこちらに集まった。メイアは腰の刀に軽く手をかけると、

「見えているだけで二十。残存個体にしちゃあ報告より育ちも良いな。物陰に注意しろ。いくぞっ!」

 彼女が刀を抜くと、その場の全員が戦闘態勢に入った。


 足場の悪い複雑な地形の中だというのに、イナホとメイアは襲い来る黒き異形を、凄まじい速さで次々と斬り伏せていく。

 その二人に続き、対クバンダ戦においては歴戦の隊員達の手によって、洞窟内のクバンダはその数を減らしていくのだった。


 メイアが刀についた黒い血を振り払い、

「これで最後か」

そう得物を鞘に納めると、大柄な男性隊員の舞村まいむらは嬉しそうに言葉を漏らす。

「小隊長が十二体、イナホちゃんが十一体。神器持ちとはいえ、経験の差を読んだ俺の勝ちだな! 渡良瀬わたらせ

 そう言われた女性隊員は、悔しそうに水音混じりの地団駄を響かせた。

「くぅ! も~! 三万も賭けるなんて、言わなければ良かったですっ!」

「へっ、ちゃんと払えよ?」

 メイアは呆れた顔で、

「くだらん事で賭けなんてするな。まったく、お前らってやつは……」


 その時、イナホがメイアの背後に向かって八咫射弩の引き金を引いた。一発の銃声に、再び緊張が走る。

 そんな雰囲気をよそに、八咫射弩を顔の横で笑顔で軽く振るイナホは、

「えへへ、これで十二体…、ですよね!」

 メイアが振り返ると、風穴を開けられた小型のクバンダがすぐ近くで息絶えた。

 それを見るメイアはため息混じりに、

「やれやれ…、焼きが回ったもんだ」

 渡良瀬はガッツポーズをすると、

「た、助かりました! イナホさん! これで、今月の私の懐は、まだ…!」

 悔しそうにする舞村の傍ら、菊原はそれを遮るように、欲しがる手ぶりを見せ、

「あれ? 俺、今回は引き分けって言ったっすよね? ……舞村さん二万、渡良瀬三万。ありがとうござうぃ~っす!」

 慌てる舞村と渡良瀬は、

「はぁ!? お前、金賭けてねーんだから、そんなの無効だろ!」

「そ、そーですよっ!」

 そんなやり取りの中、少しだけ考え事をしているようなメイアが視界に入ったイナホは、

「帰ろう、母さん」

「そうだな……。イナホ、今日は助かった。よし、任務完了だ! 帰るぞ! お前ら、いい加減にしないと、報告書に書くからな」

 気を取り直した彼女がそう喝を入れると、洞窟内は再び静まり返る。

 イナホが武器を手放すと、それらは光の粒となり、勾玉に吸い込まれるように消えた。

 その場を後にする近衛特務隊第三小隊。帰路の足音に混ざり、まだヒソヒソと言い合う声が、闇に吸い込まれていった。


 心地よい日差しに包まれた洞窟の出口で、大鷹ほどの大きさに育った半獣半機の怪鳥ルコが、イナホを出迎える。

 イナホの腕に留まるルコを、優しく撫でる彼女にメイアは、

「ほんとに賢い鳥だな。数年したら、お前より賢くなるんじゃないか?」

「もう! なにそれ! ……あ、でもルコが私より賢くなったら、私も色々助かる? 報告書も書かせたりとかぁー」

「なに言ってんだ、冗談に決まってんだろ。しっかし、ソイツ育つの早くないか?  そんなもんなのか?」

「んー、ルコと出会ってまだ三ヶ月だけど……。まぁ、こんなもんなんじゃないの?  わかんないけど」


 そうして、第三小隊は帰路に就いた。近衛隊本部へ戻る車中、イナホの眼には、クバンダから街を守るはずだった、建設途中の長く高い防壁の姿が流れていく。むき出しの鉄骨や風雨の跡が痛々しく、あの出来事を物語っているようだった。それは、ある種の記念碑として街中に影を落としていた。



 日本での大厄災を解決して、あれから一年以上が過ぎました。

 他のみんなも、近衛隊でそれぞれ活躍しています。

 母さんの率いる第三小隊には、大隊長になった高見さんと、怪我の影響で戦えなくなってしまった百花ももかちゃんのお姉さん、伊和子いわこさんの欠員を埋めるため、私が配属されました。

 あ、伊和子さんはね、車両銃器整備班に転属して、そこにはこんも整備担当として就職したんだよ。ま、私の方が近衛隊には長く居るから、先輩かな! 

 大厄災を解決した私たち、神的有事対応班が、また招集される様な事は起きない方がいいに決まってる。

 でも、あの時のみんなと一緒に働けないのは、少し寂しいような気もして、ちょっと複雑です。まぁ、近くには居るけどね。

 先月には、斐瀬里ひせりちゃんが特使として、再び地上に旅立ちました。

 無事にツグミちゃんとの再会もしたみたい。あの時、私に貸してくれた夢繕勾玉も、ツグミちゃんに届けてくれたお陰で、いつでも会話は出来るようになったんだけど……。前に、少し気になる事を言っていたんだ。

 それもあって、表向きは日本からの特使、国を救ったツグミちゃんの姉妹機としての外交役。その裏で、巡った国々で、ある調査を進めているみたい。

 それほど大きな問題でなければいいけど……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る