第4話 有能だがポンコツな王子の回想~リロイ視点~

 前世の私は正直、生きることに飽きていた。人を含め、すべてが予想通りに動く。たまに、予想外のことがあるが、それでも想定の範囲内。

 つまらない人生だが死ぬ理由もない。実家が騎士の家系だったため、言われるまま適当に生きていたら出世しまくり、気が付けば王の親衛隊になっていた。


 羨ましい人生。そう言われることが多かった。


 しかし、私自身は満足することはなく。すべてを隠し、面倒ごとを避けて生きていた。


 それらを魔女と呼ばれる彼女が変えた。


 出会いは偶然。遠征帰りにいつもと違う道を通ったのが、きっかけだった。


 あの時は何かに呼ばれたように森の中へ。気が向くまま進んでいたら一軒の家があった。普段なら見向きもしないのに、何故かこの時は気になり……


 雷に打たれた。物理と精神の両方で。


 彼女には今までの自分が通用しなかった。そこから試行錯誤したが、まったく思い通りに進まず。初めての挫折と高揚感を味わった。


 魔女との交流が楽しみになり、生きがいになるまで、さほど時間はかからず。



 やっと、人生の、生きるという意味を実感したところで、その事件は起きた――――――



「魔女を側室にするとは、どういうことですか!?」


 謁見の間で私は膝をつくことなく、王に怒鳴っていた。その場にいた人々が驚愕し後ずさる。


 ただ一人、玉座に腰をおろし、こちらを悠然と見下ろしている王を除いて。


 王と私は年齢が近かったためか、気楽に話ができる関係だった。政治から日常生活の愚痴まで。主従というより友人関係という言葉が合う。


 そんな、ある日。


 王が「魔女を側室に迎える」という決断をした。それは到底、納得できるものではなかった。いや、国内の政治的状況、外交の状況的にそれが最善だということは、頭では理解していた。


 だが、自分の中でナニかが拒否をした。


 こんなことは初めてで、自分でも何故そう思ったのか不明で。普段なら冷静に自己分析をするのだが、この時はそんな余裕もなく。


 情報を耳にすると同時に謁見の間に怒鳴り込んでいた。感情的になるなど普段の私からは考えられない行動。


 その中で王だけは予想通りとばかりに平然と私を迎えた。


「言葉の通りだ。魔女は恐怖で畏怖の対象。その存在を狙い、他国が動き出している。いや、すでに密偵が我が国に入り始めた。魔女が他国に取り込まれれば脅威となる。その前に王家に取り込み、我が国の象徴とする」


 国が保護するとなれば、保護をした者が絶大な力を持つことになる。ならば、王家が直々に保護するのが一番問題が起きにくい。


「だからと言って、娶る必要がありますか?」

「もし魔女が伴侶を王族以外から選ぶことになれば……聡明なそなたのことだ。どうなるか分かるだろう?」


 国を二分する騒動になる。それは分かっている。だが……


「他にも方法はあるはずです」


 私の訴えを冷えた声が切った。


「他の方法は、魔女の死、のみだ」


 謁見の間にざわつきが広がる。

 私は雑音を踏み潰すように低い声で圧をかけた。


「模索もせずに、その答えですか?」

「ならば、他に方法があるのか?」


 試すような問い。残念ながら、答えはない。

 私は表情が読めない王を睨んだ。


魔女ペティは渡さない」


 私の宣言に、がゆっくりと瞼を閉じる。


「やっと、おまえに人間らしい感情が芽生えたのに……」


 それは私にだけ届いた小さな呟き。苦渋と諦めが混じった声。


 だが、次に目を開けた時、友は王の顔をしていた。


「では、一個中隊をもって魔女を迎え入れる! 騎士団長は早急に隊を編成せよ!」


 突然の命令に謁見の間が騒然となる。伝令が騎士団長の下へと走り出し、他の重鎮たちが意見を述べ合う。

 その中で宰相が王に進言した。


「一個中隊はさすがに兵が多すぎかと。もう少し縮小されてはいかがでしょう?」


 王が無表情のまま説明する。


「歴代最強と言われる魔女。その魔女を迎えるのに兵の数が少なすぎるということはない。なにより……」


 不自然に言葉を切り、王が視線を私にむけた。


「おまえを黙らせるには、それぐらい必要だろう?」


 唐突な宣戦布告。が描いた筋書きが見えた。


(王は国を一番に考える。そのためには、すべてを利用する)


 私は思わず口角をあげた。


「わかりました。私も全力で応えましょう」


 王が勢いよく立ち上がり護衛の兵に命じる。


「親衛隊騎士、ロイドを捕らえよ!」


 ずっと様子を見ていた兵が素早くに抜刀して襲いかかる。躊躇いや迷いはない。私の実力を知っているからこその動き。


 だが、私は抜刀することなく兵をすべて床に沈めた。所要時間は瞬き数回分。


 重鎮たちの顔が狼狽と畏怖に染まる中、私は黙ってこちらを見下ろす王に顔をむけた。


「ただでは死にませんから。せいぜい私を利用して国を守ってください」


 踵を返してドアへと歩く。恐怖に沈み、足音だけが響く謁見の間。普通なら絶望への道だろう。


 だが、私は今までになく興奮していた。


「……これが生きるということ、ですか」


 まさしく血沸き肉躍るという感覚。力を思う存分ふるえる。しかも、魔女の最期をこの手で……


 ゾワリとした感覚が沸き上がり、頬が熱をもつ。


「最高の最期です」


 この後、私は魔女を王家に迎えるために編成された一個中隊を殲滅した。そして、王から『次は大隊を差し向ける』という伝達が届いた。


「ここまで、ですね」


 引き際を悟った私は魔女を殺し、自身の首をね、騎士としての人生を終わらせた。



「ふぅ……」


 私は前世の記憶に浸りながら紅茶に口をつけた。王城にある執務室からは手入れが行き届いた広大な庭が一望できる。

 左右対称に植えられた植物。その中心を流れる小川と噴水。真っ白なタイルの道に彩りを添える花々。諸外国の来賓も絶賛する庭。


 前世とはまったく関係のない国の第三王子に生まれ変わるとは。


「しかも、死の間際に願ったことが叶うとは面白いものです」


 そこに軽いため息が降ってきた。


「本当にそうだな」


 視線をずらせば銀髪の青年が書類を持って立っている。

 名はルーカス・ヘイグ。侯爵令息でかなり有能。そのため将来は宰相として期待されている。

 とはいえ、王子である自分からしたら家臣の一人。先程の言葉使いは許されるものではない。だが、それを許容しているのは理由がある。


 私はカップを置いて目を細めた。


「で、何かありましたか?」


 私の問いに氷のような青い瞳が曇り、鋭い銀髪は剣の刃のように鈍く輝く。端正な顔立ちは髪と目の色と相成って冷酷な雰囲気を漂わせているが、その表情には苦労がにじみ出ていて。


 苦悶に満ちた声でルーカスが報告する。


「王都にあるローレンス家の別邸に忍ばせた密偵が簀巻きにされて返却された」


 想定内だが嬉しくなった私は笑みを漏らした。


「王家直属の密偵を簀巻きにして返却とは、さすがローレンス家ですね。安心してソフィアを任せられます」

「……さすが、というより災難、だと思うが」

「おや。こうなった根本の原因を作ったのは誰でしょうか?」


 バツが悪そうに青い瞳が視線を逸らす。


「前世の私の失政が原因だ」


 苦々しく答えたルーカス。実は私が仕えていた王の生まれ変わり。しかも、前世の記憶持ち。

 私はなだめるように声をかけた。


「国内で腐敗していた貴族連中を魔女討伐の兵に入れ、それを私が殲滅。そして、魔女を殺して、他国からの侵略の危機も回避。前世でこれだけの仕事をしたのですから、今世では私に協力してくださいよ」

「わかっている。だから、朗報を持ってきた」

「朗報?」


 ルーカスが窓の外に視線をむける。雲一つない快晴だ。


「ソフィア令嬢がお忍びで街を散策するそうだ」

「それのどこが朗報なんです?」


 首を傾げる私にルーカスが肩を落とした。


「デートをするチャンスだと言っているんだ。前世でできなかったことだろう? 花束を持って誘ったら……どうした?」


 思わぬ提案に思考が止まる。


「街で……デート……?」


 私の声が、全身が震える。


(未知の体験。ソフィアが何に興味があり、どんな表情をするのか。まったく想像ができない)


 ルーカスが訝しみながら私に声をかける。


「何か問題があるか?」

「いえ、さすがです! 早く街へ行きましょう! いや、その前に花束を! 花は……バラにしましょう! 真っ赤なバラをあるだけ集めるように! あと、街には目立たない服で行かなければ……誰か! 目立たない服を!」


 呼び鈴を連打して従者を呼ぶ。

 そんな私をルーカスが死んだ魚のような目で眺めていた。



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