第2話 どうして、こうなったの!?

 扇子で驚いた顔を隠している私を置いて、青年が悔しそうに端正な顔を歪めた。それから、暗闇でも映える真っ赤な髪が垂れる。


「王は畏怖の対象である魔女の力を利用して、政権と国を完全に掌握しようとしました。そして、私が魔女の下へ通っているという情報を知り……」

「兵を私のところへ案内したのね」

「あ、いえ。兵は殲滅しました」


 顔をあげて当然のように話す青年。そういえば、最期に私のところに来た時の騎士は血だらけだった。それは、つまり……


「一個中隊でしたので、少々骨が折れましたが。その後で……」


 土下座をしたまま、ケロッと会話を進めようとする青年を私は止めた。


「ちょ、ちょっと待って!? 一個中隊って兵士が二百人ぐらいの集団でしょ!? それを一人で殲滅!? そもそも、なんで魔女一人にそんな大量の兵が!?」

「私が魔女ペティは渡さないと王に宣言しましたら、おまえを黙らせるにはそれぐらい必要だろうって」

「え?」


 青年が困ったように笑う。


「まさか一個中隊がたった一人の騎士に殲滅されたとなっては、軍の面目丸つぶれですからね。次は『降伏しなければ一個大隊で魔女の家ごと取り囲む』と言われまして。さすがに私でも大隊を殲滅させるのは無理でしたので」


 嫌な予感とともに私はつい反芻していた。


「無理でしたので?」


 青年が良い笑顔で堂々と言った。


「ペティを殺して、自分も死にま……」


 私は最後まで聞かずに土下座中の青年を踏みつけた。


「おまえが悪いわ!」


 鋭いヒールが青年の頭に刺さるけど気にしない。


「なんで王に喧嘩を売ってるのよ! 私なんてほっとけばいいのに! 私が王の側室になろうが、どうなろうが、ロイには関係ないでしょ!」


 一気に叫んだ私は足を青年から下ろした。


「……それか、一緒に逃げてくれれば」


 ポツリと落ちた声で私は我に返った。

 すべてを無かったことにするように大きな音をたてて扇子を閉じる。


「そ、それで話はすべて? では、私はここで失礼いたしますわ!」


 かなり苦しいけど、私はソフィアの顔に戻って踵を返した。てっきり止められると思っていたけど、私を握っていた手がスルリと離れ……


「え?」


 逆に振り返ってしまった。すると、そこには大きな影が。


「んっ!?」


 逃げる間もなく正面から温もりに包まれた。前世の時と同じ、レモングラスの香りが鼻を撫でる。

 甘い美声が耳元で囁いた。


「また、名前を呼んでもらえるなんて……思ってもいませんでした」


 逞しい腕が私を苦しいほど抱きしめる。厚い胸板が私を閉じ込め、息ができない。


「ぷはぁ……」


 顔をずらし、ようやく空気を吐き出せたところで、真っ赤な髪が視界を染めた。


 夜を誘う太陽と同じ色で、温もりをくれる火と同じ色で。そして……私が好きな色、だった。


 視線をあげると青年が私を見下ろしていた。暗闇を照らす満月のような琥珀の瞳。レモングラスの爽やかな香り。甘く体をくすぐる美声。


 いつからか、あなたの存在を探すようになっていた。それだけ、大きくなってしまっていた存在。


 だからこそ、あの最期は……


 過去の記憶に耽っていると、青年が私の髪を手にした。

 無骨な手の中で星屑のように淡く金色に輝く髪。この髪は昔から苦手だった。どんなに隠れようと、あなたが見つけてしまうから。


 懺悔をするように青年が頭をさげ、私の髪に額をつける。


「再び会える日が来るなんて……夢のようです」

「私もまた会うとは思っていなかったわ」

「……本当に、申し訳ありませんでした」


 苦悶に満ちた声。青年からの精一杯の謝罪。

 過ぎたこと、にするには大きすぎる問題だけど……


「もう、いいわ」


 青年が驚いたように顔をあげる。琥珀の瞳を丸くして、それから恐る恐る私に訊ねた。


「もういい、とは?」

「前世の因縁を引きずっても意味がないもの」


 私の言葉に青年があからさまにホッとする。これで開放してもらえるかと思いきや、話が続いた。


「あの……一つ、願いがあるのですが」

「願い?」


 思わず眉をひそめた私を青年がまっすぐ見つめる。


「どうか、今世を共に生きる許しをいただけませんか?」


 琥珀の瞳が不安気に揺れる。まるで、捨てられた子犬みたい……


(ここで突き放すのは簡単だし、そうした方が良いことは分かってる。でも、前世の記憶が邪魔をする。どうしても、二人で過ごした穏やかな時間の記憶が)


 私は諦めたように肩を落とした。


「それぐらいなら、いいわ」


 青年が破顔する。ないはずの犬耳と尻尾が激しく揺れる幻影が見えるほどの勢いで。


「ありがとうございます!」


 逞しい腕が再び私を強く抱きしめる。


「ちょ、苦しい! 苦しいから!」

「すみません!」


 少しだけ緩んだ腕。でも、解放はしてもらえそうにない。

 不満をこめて青年を睨めば、とろけそうな顔で私を見つめていて。


(クッ……)


 言いたかった文句が引っ込んでいく。

 いいように転がされているようで癪になった私は、どうにか文句を捻りだした。


「今度は殺さないでよ」


 私の注文に青年が大きく頷く。


「はい、今度は大丈夫です。場合によっては私が王になりますから」


 とんでも発言に私は自分の耳がおかしくなったのかと思った。

 念のためにもう一度聞き返す。


「……今、何て言ったの?」


 青年が不思議そうに首を傾げて、ゆっくりと言った。


「今度は大丈夫です」

「違う! その次!」


 急かす私に青年が頷いた。


「場合によっては私が王になりますから」


 聞き間違いじゃなかった!


「ど、どういうこと!?」


 パニックになる私に、青年が当然のように説明する。


「この国、一番の立場になれば、あなたを守れると考えまして」


 ここで青年がフッと一息吐いた。


「死ぬ前に願ったんです。次に生まれ変わる時は王になって、あなたの側にいられるように、と。今の私は、この国の王子です。今は王になるつもりはありませんが、あなたのために必要なら王になります」


 突然の展開に言葉が出ない。衝撃が強すぎて頭に入らない。この青年は何を言っているのか……


「え?」


 口をパクパクさせる私に青年が胸に手をあてて一礼した。


「名乗りが遅れました。リロイ・ランシングと申します。お見知りおきを」


 手から落ちそうになった扇子は持ち直せたが、本音は口からこぼれた。


「……本当マジですか?」


(お見知りおきも何も、この国の第三王子の名前なんですが!?)


 第三王子といえば婚約者を決めることを拒否して、絵姿さえもほとんど出回っていない、謎な人物として有名。

 ちなみにリロイが身に着けている服は王族専用の正装。胸には王家の家紋入りブローチ。なぜ、もっと早く気が付かなかったのか。


(まさか、私が伯爵令嬢なのは王家に近づける家柄だから? 魔力はないけど前世の記憶があるのは……)


 そっと視線をあげると、そこには満面の笑みがあって。


「すべての願いが叶いました」


 大型犬のように私を見つめる琥珀の瞳。その首には立派な首輪があり、そこから伸びた鎖が私に巻き付き、離しそうにない。


 もしかしなくても、この現状の原因は……


「魔女の願いを超えるって、どれだけ強く願ったのよ!?」


 私の絶望が夜の庭に響いた。




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