第十三話(2) 鍛冶屋の友人
「やっぱりカインだ。どうしてこんなところに?」
見上げた先にある、ゴーグルの奥の切れ長の目は、以前出会ったときと変わっていなくて懐かしさを覚える。
アゼル・ロングレーは、俺がまだ鍛冶屋見習いだったころから繋がっている数少ない友人だ。
今は帝国で活躍している鍛冶屋で、帝国のお偉いさんから人気があり注文が殺到しているが、アゼルは買い手を選ぶので入手難易度が高いとかなんとか。
ちなみに、伝書鳩を作ってくれたのが、アゼルだ。今も壊れていないし中の回路も美しく、彼の作るものは芸術品のようだ。
そんな鍛冶屋の彼が、なぜここに……?
懐かしさと感慨深さと疑問で頭が働かないでいると、訝しげにこちらを見て、ついでベルナーとモモの姿を捉えたアゼルは、より怪訝な表情を浮かべた。
「そもそもお前、王国にいたんじゃなかったのか? それにダンジョンにいるだなんて……この人たちに騙されてるんじゃないだろうな」
「だ、騙されてないよ! 王国にいないのは、ちょっと理由があって……」
「ふーん……」
怪訝な目つきはそのまま、鋭い眼光がこちらを射貫く。
まぁ、騙されていない、と言い切るのは憚れるわけだけども、こちらとしても納得して今ここにいるわけだから、まるきり嘘というわけではない。
アゼルはこう、なんというか……キリッとして冷徹な出で立ちをしているが、親密になった瞬間かなり過保護になるのだ。
俺が王国、彼が帝国にいて物理的に距離が離れていても、「ぼくのいないところで倒れられても困る」と言ってよく王国まで様子を見に来ていた。
そんな彼を見て意味ありげな視線を送る輩も少なくなかったが、そんなとき彼は顔色ひとつ変えずに言い放っていた。
「価値のあるスキルを持ったやつを失わないために、様子を見るのは当たり前だろう?」
たぶんだけど、俺のことは仲良しな人間というよりは、レアなスキルを持った人間、と見ているんだと思う。
別に過保護に接しているのは、俺だけじゃないからね。
「ま、いいか。それで、どうしてダンジョンに? 体術とかできないんじゃなかったか?」
うーん、と悩んでいる間に、すでに話が進んでしまった。
俺はあたふたしながらも、ここに来る経緯を簡単に彼に伝え、ついでにベルナーとモモのことを紹介する。
ちなみにベルナーはアゼルのことを知っていて、アゼルも「あぁ、あのスキルの!」と面識があったようだ。やっぱりこいつ、人間のことをスキルでしか見てないな。
モモとはハイタッチをしていて、「しゃべる犬とは……よく調べてみたいものだな」と呟き、モモを震わせていた。
「なるほどな……。それにしても王国の王族たちは、とんでもない人材を手放したんだな。ぼくだったらカインみたいな人材、絶対に手放さないのに」
「まぁ、王子の暴走みたいなところはあるだろうけどね」
「あのオツムが弱い王子か? あれを躾けない親にも問題があるだろ」
ふるふると頭を横に振り、アゼルはため息をつく。
まったくもって意見を婉曲にせずストレートに伝えるところも、昔と変わっていなくて、はは、と笑ってしまう。
「そういえば、アゼルはどうしてここに? 俺がここにいるのもたしかに珍しいけど、アゼルも鍛冶屋なんだから、ダンジョンにはあまり来ないんじゃ?」
「ま、普通はな。だがぼくはあいにく、そこいらの鍛冶屋とは違うんだ」
そう言って彼が見せてきたのは、灰色の石。
とくに光沢はなく、ぱっと見は普通の石だ。ただ魔力が多いのか、手に持ってみると普通の小石とは異なることは伝わってきた。
「ダンジョンに生成する鉱物だ。普通の鉱物とは違って魔力が込められているから、魔法具を作るときにあると便利なんだ」
「……それって、冒険者たちに依頼したほうが、楽じゃねえか? 金はかかるが、あんたの懐事情にゃそこまで大きく関わらねえだろ」
横から鉱物を覗き見ながら、ベルナーが口を挟む。
アゼルは肩をすくめ、やれやれ、と言わんばかりにかぶり振った。
「たしかに冒険者たちに鉱物採取を依頼することは可能だが、鍛冶やたるもの自分で石を見て選ばずして、良いものが作れるか、と思うんでね」
「……冒険者たちに護衛を頼まないのは?」
「大体ぼくが依頼すると、時間を超過して追加料金を持っていかれるんだ。いちいちそれで衝突するよりは、一人で行って一人で採取して帰るほうが、気が楽だ」
ふう、とアゼルはため息をつき、ベルナーとモモは、そんな彼をまるで変人を見るような目つきで眺める。
大して時間が開いていたわけではないものの、彼が昔と全然変わっていなくて安心する。
昔からこういう人なのだ。
自分の中に一本の軸があって、それをもとに自身が思う理想の鍛冶屋に邁進する。
周囲の人たちの反応は、ベルナーとモモのようだが、それを気にしない姿勢は、尊敬に値すると思っている。
そんな彼を眺めていたとき、ふと思いついた。
「ねえアゼル。これ、作れたりする?」
「ん?」
俺は手に持っていたマスクを彼に見せる。
アゼルのスキルは、素材があれば一瞬で武器や魔法具が作れるということ。
もちろん彼が望む最上級のものができるというわけではないし、それなりに制限はあるけれど、それでも珍しくそして有能なスキルだ。
俺の手からマスクを取り、しげしげとマスクを観察するアゼル。
「おそらくだが、可能だ」
「ほんと!?」
「構造自体はかなり簡単な部類の魔法具だからな。ただ、ここで採れる素材的に、あまり耐久性はないかもしれない」
アゼルの眉間に深い皺が寄る。
「もって10分……もう少し短いか? 作れるとはいえ、それしかもたないとなると、実用性に欠けてしまうな。いや、あの素材を使えば」
「それって、俺の調整スキルだと、耐久性強くなる?」
ハッと弾かれたように、アゼルが顔を上げる。
そして、にやりと笑った。
「それなら、いける」
クールな顔つきが、好奇心旺盛な、まるで子供のような表情を見せた。
普段こそ冷たい雰囲気の彼だが、人一倍探求心がある、少年心を持ち合わせているのだ。
「ひとまず、手元の素材で作ってみる。カイン、お前はそれを調整してくれ」
「了解」
そうして俺たちは、ポカンとするベルナーとモモを置いて、水中呼吸マスクを作り始めることにしたのだった。
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