第八話(3) 帝都の商業ギルド

 調整スキルを通して見てみると、義足が不調気味なのが一瞬でわかる。

 この義足の動作機巧に旧文明の遺物が使われており、おそらく回路で作られた魔法陣がすべての機巧を制御しているようだ。

 しかしこの魔法陣の一部が切れてしまっている。

 少しが切れている分には動くことは動くが、不自然な動きをする箇所があってもおかしくはないだろう。


「アンさん。これって、直しても大丈夫なやつですか?」

「…………なぜ、そんなことを?」


 先ほどのような軽い調子の返答があると思っていたら、なんだか1トーン低い声で質問が返ってきて、思わず目を開き彼女を見てしまう。

 表情こそ今までと変わらない微笑を浮かべていたが、瞳は笑っていなかった。

 俺がぴくりと体を震わせると、「すまない、圧をかけるつもりはなかったんだ」と言って彼女は一口紅茶を飲むが、やはりその瞳は真剣そのものだった。


「今までこの義足を見た武器屋や防具屋は、悪いところを直そうという気持ちが強かったから、気になってね」

「うーん……直したい気持ちはもちろんあるんですが、そもそも直すかどうかは、持ち主が決めることなので」


 その視線にふざけた返答をするのも失礼かと思い、俺は調整屋として真摯に答えた。

 命にかかわる応急処置なら話は別だが、とくに至急でもないものについては客の意向が最優先だろう。

 長い間使っている義足の調子が急に変わったら戸惑うだろうし、アンにも仕事があるからそれで支障を来たすのもよくない。

 故障を直すことも大事だが、こういった常日頃から使うものに関しては、故障の前後でのギャップをなるべく小さくする、というのも考えたほうがいい……と師匠から習ったのだ。


「なるほどね、新しいタイプの意見だ」

「はは。全部師匠からの受け売りですが」

「さぞ良い師匠だったんだろうね」


 俺は乾いた笑いを浮かべてそれに応える。

 良い師匠ではあった。とても厳しかったし、放蕩癖があるから何かを長い間教えてもらった……という記憶はないけれど、調整屋としての極意は叩き込んでくれたから。


「その義足は、直してくれて構わないよ。全盛期よりも動きが鈍くて困ってるんだ」

「わかりました。じゃあ、なるべく元の状態に近づけるように、やってみます」


 そう言って、再び目をつむり魔力を義足に通した。

 魔法陣以外の回路に変なところは見られないから、さっと魔法陣を直す。

 切れたものを繋げることはできないから、そばにある回路を伸ばして、捩って繋げる方法だけれども。


「できました。試してみてください」

「おや、早いね」


 驚いた様子のアンだったが、すぐに俺の手から義足を取ると脚に装着し、辺りを歩き始めた。


「おお! これはすごい。昔の感覚が蘇ったみたいだ」

「切れた回路を繋ぎなおしたわけじゃなくて、繋げる処置をしただけなので、激しすぎる動きは避けたほうが長持ちするかとは思います」


 一応そうは言ったが、普通に走ったりジャンプしたりする分には問題ないと思う。

 ひとしきり脚の調子を試すために、部屋の中をぐるぐると回っていたアンだったが、やがて椅子に戻ってくる。

 そしてペコリと頭を下げた。


「やはり君に頼んでよかった。嘘や偽りもなかったしね」

「それはよかったです…………ん?」


 なんだか引っかかる言い方だ。

 頭を上げる彼女を訝るように見ると、アンはいたずらめいた笑みを浮かべていた。


「私のスキルは、人が真実を話しているか、嘘を話しているかがわかるものなんだ」

「え!?」

「あぁ、安心してくれ。別にどんなことを考えているのかはわからないから。ただ、真か偽かがわかるだけのことだ」


 手をひらひらと振りながら視線をそらすアン。

 だけのこと、という割には、商業ギルドではかなり有用なスキルだ。

 商人ってのは、なかなか小賢しい人が多いからね。


「さ、別に私の大したことのないスキルの話は脇に置いておいて、お礼をしないとな」


 アンはそう言うと、テーブルの上に置いてあったベルを二回鳴らした。

 するとすぐに、「失礼します」という声とともに、書類を手に持った職員の女性がやってきた。

 女性はテーブルの上に書類を数枚、そしてカードのようなものをアンに手渡すと、すぐに部屋から出ていってしまった。


「君の話を聞いた限り、帝都に店自体は構えるつもりだろう? あと住む家も必要だと思って、こちらで用意しておいた」


 さらりと言ってのけるが、俺は言っていることの理解が追いつかずにいた。


「え……え?」

「ギルドから依頼の対価だと思ってくれていい。ただ旧文明の遺物の調査はついでで構わないよ」

「でも、それで家と店を……い、いいんですか?」

「もちろんだとも。それくらいギルドは君たちに期待してるのさ」

「はぁ……では、お言葉に甘えて……」


 商人の相談というのは裏があって怖いものだと相場は決まってるが、商業ギルドの統括長だし、大丈夫だよね……?

 そう思うことにして、とりあえず差し出された物件の書類を受け取る。


「あとはこれだが」


 アンが手に持つ『これ』を見る。

 パンツや上着のポケットに入りそうなサイズのカードだ。

 それが2枚あった。


「こちらは、帝国での商業登録証だ。なくさないで持っておいてくれよ。そしてこっちが……」


 何の気なく、アンは軽々と俺にその2枚目を手渡した。

 礼を言ってから受け取り、それに視線を落とす。

『冒険者登録証』と書かれたそのカードは、俺が持っているものより豪華なもので、よく見ると俺の名前とともに、『特任冒険者』と書かれている。

 飾り気のない元々の登録証と違い、こちらはベルナーのものとまではいかないが、色も装飾も豪華になっている。


 ……しかし疑問といえば、なぜ商業ギルドの統括長であるアンが、これを差し出してきたか、だ。


「これ、なんで……」

「そりゃあ、私は商業ギルドと冒険者ギルドのどちらもの統括長をやっているからね。いつもベルナーが世話になっているよ」


 とんでもない爆弾発言に、飛び出んばかりに目を見開いてしまう。


「あと、この元々のカードはこっちで処分しておくから、安心してほしい」

「え!? あ、いつの間に!!」


 アンの手元には、俺がベルナーから押し付けられた、普通の冒険者登録証。

 渡してないのに、いつの間にとったんだ! 手癖が悪いな!!

 どう言おうか迷っていると、アンは壁にかかった時計に視線をやり、「おっとすまない」と口を開いた。


「次の会議の時間になってしまった。とくに何もなければ、これで失礼するよ」


 そうして、パクパクと何も言葉を出力できない俺を前に、満足そうに頬を緩めてうんうんと頷くと、「では」と言って颯爽と部屋から出ていってしまった。


「…………へ?」


 何が起こったのかわからない俺は、とりあえず呆然とその場に座り尽くす。

 ただ、とりあえず、わかったことはある。


 商人にペースをとられると逃げられなくなるから、今後気を付けよう、と。

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