第一話(4) 温かい料理にありつきたい

「なるほど……それはだいぶ、ロマンだな」


「でも、やってみたくない?」




 俺も口端を上げてにやりと笑う。


 するとベルナーもふんと笑いつつ拳を出してきた。


 それに拳を当てれば、作戦決行の合図だ。


 ベルナーは笑いを顔に乗せたまま、女性のほうを向いた。




「ジェシカ、10分後にカインと作戦を始めるから、それまでにいま戦ってるやつらを地面じゃないところに避難させてくれ」


「おーけー。建物の2階以上にいれば大丈夫よね?」


「ああ。間に合わなかったらイノシシたちと一緒におねんねタイムだ、とでも言っておいてくれ」




 冗談まじりに言うベルナーを見て、女性――ジェシカは一瞬珍しそうに目をみはったが、すぐに「わかったわ」と言って、屋根から飛び降りた。




「さてカイン。一網打尽にするってのを、やってみようじゃないか」




 表情からして、すごく楽しそうにするベルナー。


 なんだかそれを見ていると、こっちも楽しくなってくる。


 思い返してみると、今まで客の要望に応じてできる範囲で武器の調整をしていたが、できる範囲とか無視してやりたい調整をやる、というのは、やったことがないかもしれない。


 しかも、この武器は王都の店に置かれていた、所有者のいない武器。


 たぶん誰かがダンジョンで拾ってきたものの、使いこなせなくてお店に置いていったんだと思う。


 モンスターに襲われている……という状況の中、不謹慎ではあるものの、なんだかすごく高揚感に満ちあふれていた。




「ジェシカの合図とともに、作戦決行だ。それまでに調整できるか?」


「もちろん! 俺を誰だと思ってるのさ」


「くくっ……この国唯一の武器調整屋だったな」




 再び笑うベルナーを視界の端に捉えた俺は、魔法砲をしっかりと手に持ち目をつぶる。


 魔力を流し込むと、その構造が詳しく脳内に流れ込んできた。


 魔法砲は、持ち手の部分から持ち主の魔力を吸収し、砲身の内部にある貯蔵エリアに魔力を溜める。そして、貯蔵エリアから発射口まで一本の回路が伸びていて、そこを通りながら魔力を実体化させ、弾にして打つという武器だ。


 つまるところ、こいつをしっかりと扱えるものになるには、持ち主の魔力吸収を最適化させることと、魔力を実体化させる際のロスを最小限にすること。


 そして、魔力を発射するときの勢いをとにかく大きくすることだ。




「……行けるじゃん」




 そう独り言ちると、俺は魔法砲に魔力をぐっとつぎ込んだ。


 普段、武器を調整するときからは想像できないほど、身体の魔力を持っていかれる。


 しかし、高揚感に支配されたこの体では、あまり気にならなかった。




「試しに魔力を入れてみて……っと、完璧!」


「時間ぴったしだな」




 調整が終わって目を開くと、ちょうど近くの建物の屋根の上で、ジェシカが赤い旗を振っているのが見えた。




「じゃあ、これ。頼んだよ」


「もちろんだとも。俺を誰だと思ってんだ?」




 そう言うと、ベルナーは魔法砲を肩に担ぎ上げ、照準を眼下に向ける。


 そして魔法砲が淡い紫色の光をまといはじめた。これが魔力を吸収している合図になる。




「……くっ、結構魔力を持っていきやがるな」


「大丈夫?」


「はん、これくらいなら朝飯前だな」




 一瞬よろめきそうになったベルナーだったが、足を踏ん張らせて姿勢を保つ。




「行くぜぇっ!」




 魔法砲がちかちかと点滅しはじめ、辺りがにわかに暑くなる。


 魔力を実体化させるうえで、生じる反応熱だ。


 砲身もうっすら赤くなっているから、相当な熱を持っていそうだが、ベルナーは微塵も手放すことなく、むしろより強く持つ。




「ぶっ放せぇええええっ!!!!」




 そう叫んだベルナーが引き金をひくと、発射口から凄まじい明るさの紫電が解き放たれた。


 まるで砲身から何十本、いや何百本もの雷が同時に落ちたような光景に、思わず目をつぶる。


 瞼越しでも明るすぎる光は数秒続き、そしてゆっくりと暗くなっていった。


 なんなら先ほどよりも暗い。魔法砲の光が明るすぎたからだろうか。


 じっと目を凝らすと、ようやくすぐ前にいたベルナーの姿を捉えた。




「……?」




 先ほどの姿勢を保ったまま、彼は微動だにしない。


 しかし次の瞬間には、どさりとそのまま横に崩れ落ちた。




「ベルナー!」


「だい、じょうぶ、だ……。魔力を、使いすぎただけで……」




 震える手で弱々しくサムズアップをするものの、どう見ても元気ではない。




「それ、よりも……モンスターは……?」


「えっと……」




 ベルナーに問われて、屋根の上から下を覗く。




「おぉ……全部倒れてる……」


「やったぞぉっ!」




 俺の感嘆のあまり漏れ出た呟きと、周囲の歓声はほぼ同時だった。


 直前まで戦っていた人たちは屋根の上から次々と降りると、互いにハイタッチをして、健闘をたたえはじめる。


 ジェシカも同じタイミングで俺たちのもとにやってくると、腰に手をやり少し嬉しそうな表情とともにため息をついた。




「あーあー……カイン。あんた、ベルナーのお気に入りになっちゃったわね」


「お気に入り?」


「そ。見てごらん、こいつの顔」




 促されてベルナーの顔を見る。


 疲労困憊なうえにまともに立てなくなるくらい魔力を限界まで使いきったからか、彼は眠ってしまっていた。


 でもその表情は、めちゃくちゃ満足そうだった。




「じゃ、こいつは回収しとくから、また会ったら相手してやってね」


「うん、わかった」




 そう言い、ジェシカはベルナーの足を持つと、そのまま周りの冒険者が撤収する方向に引っ張って行ってしまった。


 いや、それでいいの? 運び方。


 たしかにベルナー、図体が大きいから持ち運べなさそうだけども。




「そういえば、お気に入りってなんだったんだろ」




 結局、ジェシカは詳しいことは言わなかった。


 まぁでも、冒険者なんて一期一会って話を聞くし、明日くらいに会ったとしても、きっとそれが最後だろう。


 俺はぶるぶると首を横に振る。


 それはさておき、お腹が減った。はやく温かいスープが食べたい!




「さっきコンロ直してくれたお兄ちゃん、まだいるか~い?」


「いま~す!」




 下のほうから、先ほどの酒場のマダムの声がする。




「モンスターたち片付いたみたいだし、食べてってきな~!」


「やった!」




 俺はいそいそと屋根から降りて、酒場の中へ戻る。


 マダムはステーキや熱々のスープを用意してくれていて、俺は満足するまでそれを食べて、とっておいた宿に戻ったのだった。




 というか、マダム、モンスターたちとの戦っている間も、王都の中に逃げてなかったんだ。肝っ玉座ってるな……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る