校舎う/小学校の不思議な噂

 七草ちゃんとヒマワリちゃんは数か月前に知り合ったらしく、ここ最近は毎週のように公園で遊んでいたらしい。

 どうやら彼女以外にも仲良くなった友達が複数人いるらしく、男女関係なく入り乱れ、愉しく遊んでいたそうだ。

 ふと思い返してみれば、ここ最近のヒマワリちゃんの表情がかなり明るかったような気もする。僕を慕ってくれていたり、長年連れ添った仲間と暮らしているとはいえ、やはり同年代の友達がいるというのは精神的にも嬉しいことのようだ。


 僕からしてもこの子はハナビほどヤンチャな性格ではないし、子供たちに変なイタズラをするようにも考えられないため安心して外に送り出せている。

 あのお転婆猫も少しは見習ってほしいくらいだ。



 しかし、ここ最近になって状況が一変した。

 いつも遊んでいるメンバーのうちの一人、かけっこ大好き兼宮司郎かねみやじろうくんが学校を休んだそうだ。

 滅多なことが無ければ学校を休まないような健康優良児だったらしく、珍しいことがあるものだと七草ちゃんも驚いたらしい。


 それから一週間。

 彼は学校にも来なければ、公園にも顔を出さなくなった。

 先生に聞いても「そんな生徒はいない」の一点張り、彼の両親に掛け合ってみれば「ウチには子供はいない」と返されてしまったのだ。

 そのころには、クラスの集合写真にも遠足の時の写真にも彼の姿は無く、ロッカーさえも空になっていたらしい。



 そして、相次いで子供たちが消え始めた。

 兼宮くんに片思いしていた森中理彩もりなかりさちゃん、ガキ大将の陣内慶じんないけいくん、ピアノ教室に通っていた戸辺或人とべあるとくん、ちょっと怖がりな古池春陽ふるいけはるひちゃん……続いて四名もの子供が失踪し、やはり写真や名簿、大人たちの記憶から存在そのものが消されていた。


 七草ちゃんとその友達は、ヒマワリちゃんにそのことを相談。

 事の重大性を危惧したヒマワリちゃんが僕に頼り、そして現在に至る。



「いくら子供たちが騒いでいても、画像や戸籍といった証拠すら残らないから信じられないってことかよォ……」

「両親まで忘れちゃうだなんて、嫌な話だね」


 僕から事情を聴いた尾上さんが教師陣へと悪態をつき、琴葉ちゃんは露骨に嫌そうな顔をする。


 子供が親に忘れられるという状況だけを見れば、以前に対処した“コインロッカーベイビー”の件に非常に酷似している。

 だが、全てを知っていた上で黙秘を貫いていた大家さんたちとは異なり、今回は子供たちが正直に助けを求めてくれている。

 仮に僕やヒマワリちゃんを馬鹿にするためのウソだったとしても、その割には消えた子供の情報が細かすぎるし、何よりその必死そうな顔はハッタリだとは思えない。



「それで、これから学校に調査しにいくの?」

「いや、七草ちゃんたちのサポートも受けて、あらかた情報は集めてあります」


 八恵さんの懸念は、実は既にクリア済みだったりする。

 僕に依頼が舞い込んだ翌日。七草ちゃんやその友人の手引きを受け、“ぬらりひょん”のスキルを介して教師陣や生徒たちに聞き込みを行った。


 教師陣からはやはり「そんな名前の子供は在籍していない」と遠慮なく名簿を見せてくれたし、子供たちが騒いでいることも「イタズラ好きな年頃だから」といった楽観的な反応ばかりだった。

 仕方がないとはいえ無責任な大人たちである。ああは成るまい。


 一方の子供たちは非常に心配あるいは恐怖を感じているようで、七草ちゃんと同様に僕へと助けを求めて来てくれた。

 特に、かけっこの速さで人気だった兼宮くんとガキ大将ポジションの陣内くんは非常に顔が広かったようで、そのせいか事件が三年生のクラス全体に知れ渡っているようだった。

 いくら幼い年頃の出来事とはいえ、怪異にまつわる事案を記憶されてしまうのは非常に後処理が面倒になってしまう。早急な解決が必要だ。


「それと、子供たちの間に気になる噂がありまして……」

「噂ァ……?」


 なんでも、放課後の学校にて“何か”が動き回っているとの目撃例があるらしい。

 “何か”と言っているのは、その証言が多岐に渡っており、詳細を把握しきれていないからだ。

 ある生徒は「半分は肌色で、半分が筋肉剥き出しの人間」と言い、「人物画の描かれた額縁」だと言い、ある生徒は「青銅色の小学生サイズの人影」と言っていた。まるで情報が噛み合っていない。

 戸締りを担当していた教師が見たのか、塾帰りの優等生が見たのか、忘れ物を取りに来た生徒が見たのかすら判然としてはおらず、どんな尾ひれ背びれが付いているのかは不明のままだ。


 しかし、火の無いところに煙は立たない。

 蛇目小学校には、昔からいわゆる“学校の怪談”なる逸話が蔓延していたらしい。



 曰く、校庭の二宮金次郎像が誰も見ていない間に動いている、とか。

 曰く、美術室に飾られたモナ・リザの複製画の眼球が動いていた、とか。

 曰く、理科室の人体模型が人気のない廊下を走り回る、とか。

 曰く、音楽室の巨匠たちの肖像画がコーラスを謳っている、とか。

 曰く、プールの中から伸びた手によって引きずり込まれてしまう、とか。



 そういうの、僕の通っていた小学校にもあったなぁ。

 “学校の七不思議”とも言うんだったか……たくさんの人間が集まるような空間では、そういった真偽不明の噂話というのが生まれやすいそうだ。

 実際に生徒たちが失踪している奇妙な状況下では、ろくな証拠や接点が無くとも、そういった怪談はリアリティを帯びていってしまう。

 そして、それを信じる者が多ければ多いほど、怪異譚が収まるためのエアスポットが形成されてしまう。


「あながち噂とも言えないってかァ」

「あと、もう一個だけ妙な点があるんですけど」


 これについては子供たちだけでなく、教師陣からも得られた情報だ。

 中庭に設置されていた初代校長の銅像が、粉々になって砕かれていたらしい。

 地面の下に刺さっていた土台まで壊されており、金属製の瓦礫が掘り返された茶色い土にまみれていたという。

 子供たちの失踪が始まったのは、その事件の直後からだった。

 その点も、三年生の不安と恐怖を煽っている要因の一つといえるだろう。

 これではまるで、初代校長先生による祟りかのように見える。


「恒くん、本当に校長先生の祟りだったりするのかな?」

「学校設立当時に何らかのイザコザがあった、とか?」

「それに関しては僕も気になったので、風見酉さんに調べてもらってます」


 ちなみに、現在勤務している教師陣からそういった類の話は出てこなかった。

 蛇目小学校は建てられてから既に80年近く経過しているらしく、初代校長が生きている可能性も無いだろうし、そんな人物の詳細を知っている人間は限りなく少ないだろう。

 だから女性陣の考えは否定しきない。この事件の黒幕は彼なのかもしれない。



「しばらくは文献係の結果待ちになります。なので、僕たちの方で視察に向かおうと考えてます」


 それこそが、僕が尾上班の皆に報告した理由。

 僕を頼ってくれた七草ちゃんのためにも、ヒマワリちゃんのためにも、学校の子たちのためにも、出来ることはしておくべきだ。

 小学校とはいえ校舎は広すぎるし、“学校の七不思議”の噂が怪異譚として存在を得ているとしたら少なくとも七体の怪異と相対する可能性がある。

 僕一人では、おそらくは対処しきれない。

 仲間の協力が必要だ。


「……たっくよォ、いっちょ前に張りきりやがってェ」


 尾上さんの濡れた鼻先で小突かれた。

 言葉には棘があったが、その表情はどこか嬉しそうである。

 僕も異譚課の人間として成長できているということなのだろうか。もうまともな人間じゃないけど。


「だが、その事案に三人と一匹だけってのは人手が足りねェなァ」

「ヒマワリちゃんがすごいやる気なので、僕に同行してもらうつもりです」


 僕にやる気が漲っているのと同様に、友達を失っているヒマワリちゃんも自分の手で解決を図りたいようだ。

 被害者ともいえる立場だというのに……本当に優しい子である。


「いや、まだ足りねェな」

「“学校の七不思議”が実体化していたら、最低でも七人は必要になりますね」


 しかし、まだまだ人手は不足している。

 子供たちの証言が本当であるならば、目撃された“何か”というのは単一の存在ではなく、それぞれ別の複数の怪異である可能性が考えられる。

 となれば、対応しなければならない相手が複数いるのは予想に難くないだろう。


 こちら側にも、協力してくれる仲間が必要だ。



「仕方ねェ。西小路にでも相談すっかなァ……」




  ◆◆◆




 行動方針が定まれば、意外と手際よく進むものである。

 果たして異譚課介入係の尾上班、同じく介入係の西小路班、そして“座敷童子”を含める全員が蛇目小学校の校舎へと到着した。

 時刻は午後10時を過ぎており、校舎内には明るい部屋は無く、物音一つ聞こえて来ない。


「ひえぇ……夜の学校ってやっぱ不気味やなぁ……」

「ランさんって“リミナルスペース”とか苦手っすか?」

「なんや辰真クン、「みたらしスパイス」って。調味料か?」

「糖尿になりそうなスパイスだなぁ……ぷぷぷっ!」

「斬兄さん! これから仕事なんだから集中してよ!」


 辰真さんの質問に、ランさんが天然ボケをかます。

 それに釣られて噴き出した斬鬼さんを、治歳さんが諫めている。

 相変わらずの明るいチームだ。なんだかほんわかする。

 そんなことを考えていると、視界の中央に割り込んでくる人影があった。



「……ったく鮎川よぉ、ボクだって暇じゃねぇんだぞ?」


 漆黒のポニーテールが踊り、淡く月光を反射する。

 黒縁の眼鏡を押し上げ、刃物のように鋭い眼光が向けられた。

 彼女の名は、西小路霧子にしこうじきりこ。介入係の西小路班班長であり、尾上さんと同等の権限を持つ実力者だ。

 そして、今回集合したメンバーにおける、唯一の人間でもある。


「そう言いつつ、即効で承諾したくせによォ……」

「黙ってろ犬っころ! 仕事の出来るお姉さんっぽく見られたいんだよ!」

「おいテメェこちとら神だぞボケコラァ」

「舐めてっと三枚おろしにすんぞ万年セーブモード」


 お二方とも付き合いが長いらしく、敬意というハリボテで塗り固めたタメ口をお互いに吐ける間柄らしい。

 実際には、顔を合わせる度に口喧嘩をしている印象しかないのだけれど。

 そんな仲ではあるものの、今回は僕の頼みで参戦してくださったわけだ。本当に優しい方である。


「さて、メンバーも揃いましたんで早速––––––」



 と、空気を切り替えようとした、その直後。

 校門から玄関扉までを歩いていた僕たちの視界に飛び込んで来たのは、校舎の窓ガラスから這い出てきた、奇妙な外見の存在だった。


 全身は青銅色で、小学生くらいの体躯をしており、背中には薪を背負っている。

 無機質な顔がこちらを向き、唇が動かないままに言葉が聞こえた。



「––––––あ、かけっこする?」


 いえ、めちゃくちゃ遠慮したいです……。

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