呪縛ぐ/ぬらりひょんの継承者

 僕の両親は、受けた損傷が異なっている。


 父が亡くなった原因は間違いなく“足売りババア”の影響だ。

 彼女の質問に答えてしまったために、左脚を切断され、それによる失血死という顛末を迎えたと考えられる。


 では、母の場合はどうだろうか。

 今日の昼間、キッチンで血を流して倒れていた。

 鼻腔と耳の穴からの出血から鑑みて、脳に何かしらのダメージを負ったのではないのか、というのが病院の検査でわかったことだった。



「おかしいよなァ?」

「……と、言われましても」

「じゃあよォ、お前の母親はなんで血ィ流して倒れてたんだよォ」


 ……“足売りババア”が何かしたんじゃないのか?

 いや、だったらキッチンで倒れているのはおかしいのか。

 さっきの尾上さんの話が正しいとするのなら、あのババアは問答を介さなければ脚を奪えない。

 キッチンで見知らぬ老婆と会話するとは思えないし、そもそも脚を斬られていたわけじゃない。


「ウチらだって、二年前の失敗を繰り返すようなヘマしないにゃあ!」

「これ以上、恒吾殿のご家族を傷つけるわけにはいかないでござるし……」


 この様子だと、この人たちにもわからないのか?

 それに、母の安否と僕が異譚課に入ることの関連性がわからないのだが。




「母親が倒れたのはよォ、コイツらのせいだろォ」



 尾上が睨む先にいたのは、警戒を解いた頭でっかち達だった。

 中にはババアに飛びかかって負傷したやつもいる。

 みんなして口を閉じ、尾上さんの言葉を黙って受け入れている。


「…………“巨頭オ”たちが?」


 クールちゃんが驚いたような顔をする。ほとんど抑揚はないけど。

 僕としても想定外というか、僕を助けてくれた存在だったため、無意識に選択肢から外していた。

 だが、尾上さんがハッキリと言い切るのだから、何か理由があってのことだろう。




「低級指定怪異譚“巨頭オ”は、巨頭山に捨てられた奇形児の無念が、山そのものに滞留していた負のエネルギーを糧に実体化したものです。その様子を偶然にも見つけてしまったものが、都市伝説として世間に広まったんです」


 尾上さんの代わりに口を開いたのは竹永さんだった。

 彼女が言うには、頭でっかち……もとい“巨頭オ”の性質に問題があるらしい。



「彼らが抱えている怨念……いわば呪いは伝染します。周囲の人間の頭部・脳髄を膨張させ、最終的には肥大化に耐え切れず、死に至ります」



 母が倒れてしまった原因は、おそらくそれなのだろう。

 僕を見守るために家の周辺にいた“巨頭オ”達だったが、そのせいで母に呪いが伝播したんだ。

 父は既に亡くなっていたし、妖怪たちにも呪いが通用しないのであれば気付くことも難しいだろう。

 なら僕自身は大丈夫なのかと聞いたら、カラス男が答えてくれた。


「その刀の影響でござるな。“巨頭オ”はその刀に残っていた“ぬらりひょん”の残滓に執着しているでござる」

「うんにゃぁ……刀に残った気配が、この子たちの親代わりになってくれてたにゃ」

「心の優しい御方だったカラな……」

「…………この子たち、今も怨念に苦しんでる」


 彼らは刀に懐いていて、僕は刀の持ち主。だから呪いが伝播しなかったのか。

 必死に守ってくれていたのも、僕と刀を同一視してくれていたからなのか。

 そうなると、アイツらが途端に可愛らしくに見えてきたな。

 しかし、それでもわからない。

 母が受けてしまった影響が“巨頭オ”の呪いであれば、僕が異譚課に入る流れになる理屈がわからない。



「……理由は複数ありますが、一番は”巨頭オ”たちが最も苦しまない方法で対処をしたいと考えているからですね。我々が強制的に祓うよりも、懐かれているあなたがなだめる方が適切だと判断した結果です」

「お前の手でならよォ、コイツらも穏やかに逝けるってもんだろォ」


 なるほど。“巨頭オ”たちのことを鑑みれば、僕しか適任がいないという事か。

 彼らの話を聴く限りでは、”巨頭オ”は自分の意志で母を苦しめたわけではないようだし、僕がどうこうしないと天国に逝けないってことなのかな。



「––––––ってことでよォ、次はお前らが喋る番だぜェ」

「……うむ。我らもいい加減、説明をするべきだな」


 尾上さんの言葉に首肯したのは、閉じた蛇の目傘を肩に置いた坊主さん。

 確かに、ここまでの話は尾上さんと竹永さん……異譚課がここにいる理由だ。

 妖怪たちが僕に話さなければならないこととすれば、この刀が僕の部屋にあった件についてだろう。




「にゃあ。ダーリンは11年前、ウチらの山を救ってくれたんにゃぁ」




  ◆◆◆




 ダーリンは11年前の8月上旬、長野県巨頭山の麓の村にやって来たにゃ。

 村には母方の祖父母が住んでて、お盆休みってことで来たって言ってたにゃ。

 その祖父母の家にたまたま住み着いていたのが、“座敷童子”のヒマワリちゃんだったんだにゃあ。


「…………いえーい。ヒマワリちゃんでーす」


 そう、この子。

 村の家々を転々として、お菓子とかつまみ食いしてたにゃん。


 あ、ちなみにウチの名前はハナビにゃん。

 “火車”やってますにゃ~。

 なんでも燃やして灰にしちゃいますにゃあ。



 話を戻すけど、ヒマワリちゃんに連れられて山にやって来たダーリンは、あっという間に山のみんなと仲良くなったにゃ。

 中学・高校とボッチ決め込んでた感じだったけど、ホントは輪に入る才能に秀でてるんじゃないかと、ウチは思うにゃんよ。


 堅物だったアマグモちゃんや、ツムジちゃんまで誑し込んだのは流石にビビッちゃったにゃぁ。

 ちなみに、アマグモちゃんが“唐傘化け”で、ツムジちゃんが“鴉天狗”にゃん。


 そういえば、“巨頭オ”たちとも仲良く遊んでいた気がするにゃ。

 今更だけど、あの時具合悪そうにしてたのは呪いが影響しちゃってたからにゃのかにゃあ……刀をあげる前だったし。

 ヒマワリちゃんが居たから、後に残るほどダメージは無かっただろうけどにゃ。



 ちょうどその時期、山を潰してダムを造るかどうかで村の人間がもめてたにゃ。

 巨頭山は昔から村人の生活を支えてたこともあって、村の伝統や誇りを守るべきか、助成金を受け取って村のために使うべきかで意見が分かれてたらしいにゃん。


 もちろん、山を潰せばウチらの居場所は消えてにゃくなる。

 住処を奪われるのは、動物にとっても妖怪にとっても嬉しい話じゃにゃいにゃ。


 でも、この村は最初から妖怪のものだったわけじゃにゃいにゃん。

 居場所を失った妖怪たちが“ぬらりひょん”に連れられて移り住んだのが、たまたまこの山だったんにゃ。

 「巨頭山」という名前も、妖怪たちと歩く“ぬらりひょん”の大きな後頭部を見かけて人間が付けた名前だしにゃあ。



 ウチらの相談を聞いたダーリンは、村の人たちを一生懸命説得してくれたにゃ。

 必死に「ヒミツのおともだちがいるから、こわしちゃダメだ」って、呼びかけて村中を回ってたにゃあ。


 まさかダーリンのおじいちゃんが村長だったなんて、知りもしにゃかったにゃん。

 ダーリン自身もよく理解してにゃかっただろうし、ウチらも人間をしっかり区別してるわけではにゃいにゃん。


 結果、ダム建設の話は村の方から断る運びににゃったにゃん。

 もちろん巨頭山も、そこに潜む妖怪たちも無事で済んだにゃあ。



 ……まぁ、そりゃ惚れるよにゃぁ。

 めちゃ優しいし、妖怪相手でも怖がらにゃいし、山を助けてくれたし。


 山の妖怪たちは、鮎川恒吾に“ぬらりひょん”の面影を感じちゃったんにゃん。

 だから、形見の刀を託すべきだと、皆で話し合って決めたんにゃん。


 ごろごろ。




 ◆◆◆




「おいおい話が長ぇんだよォ……」


 え!? もっと話聴いてたかったんだけど!

 まぁ僕が忘れちゃってるのが一番の問題なんだろうけど。


「そうにゃぁ……にゃんでド忘れしてるにゃぁ……?」

「…………あるじ、頭からっぽ」


 ハナビさんもヒマワリちゃんも冷たい目で睨んでくる。

 小学生時代の思い出なんて、ある方が稀だっての。だから僕は悪くない。


「まぁ兎に角、山の妖怪たちは全員そろって親方様に惚れてしまったのだ」

「刀をお守りするのも良いでござるが、やはり仕える主君は居るべきでござる」


 アマグモさんとツムジさんの言葉からは微塵も後悔を感じない。

 それほど強い信頼を寄せてくれているのか。ちょっと嬉しい。憶えてないけど。



「それににゃぁ、優しいダーリンにゃら、“巨頭オ”もちゃんと救ってくれるにゃあ」


 だけど、みんなのお陰で僕の現状が理解できた。

 母を救えるのも、アイツらを救えるのも、僕しかいないんだ。

 ハナビさんが褒めてくれるほどの自信はないけれど、少なくとも“巨頭オ”たちはそう願ってくれているのかもしれない。


 僕の視線の先には、“巨頭オ”たちが映っている。

 僕を守るためにババアに口を裂かれ、脚を奪われた個体もいる。

 多分だけど、奇形児として実の家族に捨てられた苦しみが、今も身を焦がし続けているのだろう。



『––––––ふと、ある村のことを、思い出した』

『心のこもったもてなしが、印象的だった』


 あれは僕への、“ぬらりひょん”への感謝だったのだろうか。

 あるいは、永遠に続く怨念からのSOSだったかもしれない。




「脅してるようで気ィ悪いけどよォ、こっちの都合も見てくれねぇかァ……?」

「正直に言いますが、あなたは現時点で数百の妖怪を従えているのと同義です。味方であれば非常に心強く、敵となると簡単に手が出せなくなってしまいます」


 ……それを未然に防ぐのも、異譚課の仕事ということか。


 除霊をしなくちゃ最悪の場合、僕の母は死ぬ。

 除霊をするためには、仮でも異譚課の人間である必要があるわけだ。

 それに、向こうも僕の……僕たちの戦力を味方として所持しておきたい。




「––––––わかりました」


 断れる空気ではないし、断る理由も見当たらない。

 それに、自分から助けを求められないくらいなら、せめて……


「僕が“ぬらりひょん”を受け継ぎます」


 助けを求めてくれた相手は、必ず助けよう。

 母を守るために。

 父のような人を減らせるように。


「異譚課の人間に、なります」




 日付が変わり、僕は18歳の誕生日を迎える。

 鮎川恒吾は今日限りで、まっとうな人間ではなくなった。

 たしかに、ある意味で生まれ変わった日になったな。



 あの不気味なほど大きな顔は最期の一瞬だけ、穏やかに笑ったような気がした。

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