異界の門番

千猫菜

『***エは見ています。**も見*います』

住んでいる街の掲示板にある怪文書が貼られていた。


 『***エは見ています。**も見*います』


 同じアパートに住むNとFはこの不穏な掲示物を見つけると、まじまじと眺めて相談していた。


 「これ、どういうことなんだろう?」


 「分からないですねえ、人探しじゃないですよね…」


 「あれ、この紙、濡れてないですか?」


 確かに最初は気づかなかったが僅かに茶色く濁った水が滴り落ちている。掲示板の下は、その紙が貼られている付近だけに水が溜まっていた。

 ここ数日、雨は降っていないはずだ。


 「あ、これQRコードじゃないか?」

 Nが気づいた。

 よく見ると文書の右下のほうにQRコードのシールが貼られていたのだ。


 「これ、読み取ってみるか。うーん、水で滲んでるな、読み取れるか?」


 「いやあ、気持ち悪くないですか。変なサイトにでも飛ばされたら嫌ですし」


 言っている間にNはスマホを取り出し、QRコードにかざした。

 中々ピントが合わないまま暫くスマホを前後に動かすと、ポンッとスマホが反応した。


 「お、読めた読めた。ええと、どれどれ」

 そこには地図アプリが表示されていた。


 「ん、位置情報なのか。これ──R川か」

 そこには、この街から一キロほど離れたところを流れる川の河岸を示していた。


 「どんな意味があるんでしょうね」


 「どうせ暇だろ、言ってみるかい」


 「ええ、嫌だなあ、Nさん本気ですか」


 「いいじゃん、面白そうだし。この紙が何を伝えたいのか、知りたいだろ」


 「まあそれはそうですけど」


 半ばNに押し切られる形で二人は地図アプリを頼りに位置情報の指し示す川に向かって歩いて行く。


 街からはそう遠くなかったため、すぐに河岸に到着した。浅い川は岩の隙間を縫うように水草が生い茂っている。その間をかき分けるかの様に水が諾々と流れているのだ。空は暗く湿っている。今にも雨が降ってきそうだ。


 その時、スマホから無機質な音声が鳴った。


 ──目的地に着きました。


 「この辺りですよね。別に何にも変わったところは無さそうですけど」


 「ああ、しかし汚いなここ。あちこちゴミが散乱してる」


 目の前には、川の淀みが広がっており、川から流れてきたであろうコンビニ弁当の容器や生活ゴミが汚泥と共に所々に沈んでいた。


 川の澱みというよりも沼と言った方が近いのかもしれない。そのときFが何かに気づいた。


 「あれ、あそこ見てください」

 様々なゴミと泥に紛れて一点だけ鮮やかな模様が川底に沈んでいるのが見えた。

 すると。


 ゴボ…ゴボゴボ……


 不思議なことに、自然と“それ“は水面に浮かんできた。

 泥塗れではあるが鮮やかなピンクと白の柄で目立つ色をしている。


 「こ、これ子供向けの靴…だよな」

 「ええ…このサイズといい柄といい間違いないっすよ」

 そのとき。

 

 ピロン、ピロン、ピロン、ピロン

 

 突然Nのスマホが鳴った。

 「で、電話…?」

 恐る恐るスマホを取り出す。何故か何も操作していないにも関わらず何処かに繋がっていた。


 Nが耳元に当てる。


 「ミツけてクレタノ?」


 女の子の声が聞こえた。湿った声で囁くように。

 同時に、靴が浮かんだ辺りから、泡がブクブクと膨れた。

 NとFは一目散に逃げ出した。

 

 その後の雨で、あのQRコードは二度と読み取ることはできなかったという。

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