第9話 後宮事変


――――第2妃の拘束から、数日。

真の主が戻ってきた奥後宮では、トゥーリンさまが後宮のための執務をこなす。その間、明明ミンミンちゃんはリーミアとウーウェイが見てくれている。

明明ミンミンちゃんはリーミアにとっても懐いているし、私たちが帰ると、お母さんだけじゃなくて私にもお帰りとぎゅーをしてくれるからかわいいのなんの。


お陰で毎日楽しく過ごしている。


そんな最中、後宮の執務室に訪問客がやって来る。どちらも男性ではあるが、陛下の留守を預かった宰相と武官である。無論有事の際、後宮の主が呼び出せば、執務室までは入れるよう陛下が許可を出している。

……まぁ、今までの後宮の現状からすれば、トゥーリンさまと明明ミンミンちゃんの窮状は有事ではなく、捨て置かれる案件だったらしいが。


だがこれからはそんなこと、許さないわ。


「後宮の人員に関して……でしたね」

トゥーリンさまの目の前の席に腰を卸したシュアン宰相が切り出す。


「はい。女官と女性武官の増員を」

トゥーリンさまが告げれば、シュアン宰相が資料をこちらに預けてくれる。


「女官の手配については、皇太后陛下の圧力のため幅広い家からの募集が困難です」

たとえ国が呼び掛けても、皇太后の影響力が未だある。


「こちらに関しては、新しい女官長の選出と共に陛下のご意見を伺わねば」

でもそうなると圧倒的に人員が足りないわ。現状は第2妃にすがって本来の仕事をしない女官たちしかいない。これからは広く後宮の維持・運営もしていかないといけないのだから。


「あのー」

恐る恐る手を挙げる。


「……何でしょうか、セナ妃」

最初こそ何故武官の格好をしてルーの剣を佩いているのだと驚いたシュアン宰相とタイ武官であったが『やはりグイの実妹か』で納得されてしまった。非常に不本意である。グイ兄さまによる被害者の会へ誘ったら前向きに検討してもらえることになったが。


「圧力がかかっているのは女官だけですか?」

「……えぇ、そうですよ。さすがに女性武官は数が少ないので制限すれば後宮の警備体制が穴だらけ。なので反対に抱き込むかたちにしたようですが」

皇太后が……ってことね。それであそこまでの騎士たちの第2妃への入れ込みようね。


「なら、宦官でもいいです」

「……いや、確かに入ることは可能ですが」

「先帝陛下が宦官を追い出してしまわれたので……」

それで女官たちだけなのか。本来なら陛下の世話をするのは女官ではなく宦官。これも女官が陛下とワンチャン……みたいな気を起こさせないため。陛下は妃と寝る時以外は宦官が付いている。因みに武官は許可があれば入れるが、常に付いているのは宦官武官。ただしあのグイ兄さまを除く。グイ兄さまは宦官ではないわね。

だけど現状は……宦官は付いていないのよね。


「ぶっちゃけ言って……触れてはならない空気がございまして」

代変わったのにか?


「いや、でも大丈夫ですよ」

「こ……根拠を聞いてもよろしいですか?」

泰武官が問うてくる。


「ウーウェイが入っても何も言わなかったので」

「……そう言えばあなた、連れ込んでましたね」


「誤解を招く表現やめてもらえません?」

「それは失敬……そうでした。後宮に常に滞在する男は……」

陛下、その皇子、許可を得た武官(ただしグイ兄さまは別枠)、あと宦官。


「だから足りない部分は補充してもらいましょう」

追い出されたと言っても、宦官の出番はそこかしこにあるわけで。呼び込めば来てくれるものだっていよう。


「あと、女性武官はどうなりました?」

「幾らか候補を見繕っておきましたよ。ただし数が少ない。中には見習いもいるが……」


「大丈夫ですよ。お約束したとおり、稽古なら私も付けますから!」

「……いや、武官に稽古を付ける妃って……いや、ぶっちゃけ北異族のあなたの稽古を楽しみにするものが多かったですね」

「それは良かったわ!」

まだ皇太后に抱き込まれていない武官たちは貴重よ!


「それではそう言うことで。あぁ……あと」

「はい」

泰武官が私の手元を見る。


「傷はどうされました?陛下が珍しく仕事以外のことを確認してきたので」

西部との間のやり取りはもちろんしているらしいが……私の傷?


「平気です。一晩で治りましたから」

パッと掌を見せれば、そこには傷も何もない。ただの剣だこのある女らしくない手である。


「……やっぱりグイの妹……凄まじくないか」

「いや……あれは規格外なんで、私は一般的な北異族ですよ」

「それはどうでしょうかね」

いや、何でそこ、訝しがられるのかしらね!?


そしてその晩には泰武官たちが手配してくれた宦官や女性武官たちの一部が早速来てくれたので、大助かりである。


――――そんな感じでその日も無事に1日が終了する……はずだったのだが。


「んもぅ、寝静まれないわね……」

むくりと起き上がり、剣を持って表に出る。

表にはウーウェイやトゥーリンさまも駆け付けている。明明ミンミンちゃんはリーミアに任せてくれているのね。


トゥーリンさまは明明ミンミンちゃんとリーミアと。彼女たちのことは任せるわよ、ウーウェイ」

「お任せを」

こちらはウーウェイや宦官たちが務めてくれる。


「残りのみなは付いてきて」

『はい!』

私には増援の女性武官たちが付いてきてくれる。みんな私に憧れてくれて、めっちゃいいコたちなのよね~~。泰武官の人選に感謝だわ!


「そこまでにしなさい」

そこは奥後宮の裏手とも言えようか。既にそこでは剣戟が混ざり合う。


そこで戦っていたのは皇太后派の女性武官たちと、奥後宮の入り口を守る泰武官や男性武官たち。どうやら女性武官たちはどうして今夜に限ってこんなに数が増えているのかを知らなかったようだ。まぁ意図的に情報を遮断していたわけだが。彼女たちの企みは、ウーウェイから逐一報告を受けていたもの。そして後宮に新たな人員が来た彼女たちは焦ったのだ。


病床に臥す仲間たちのことも捨て置き、第2妃を連れて女官たちと共に後宮から逃げようとした。


妃を皇帝に無断で後宮から連れ出すのは死罪よ。彼女たちは後宮に入ったが最後、後宮からは出られない。出られたとしたら皇帝の世代交代か、皇帝が特別に許可をだして出家させたり、臣下への下げ渡し、それから病床の家族との面会。まぁそれはその時その時の皇帝次第だが。


それでも皇太后の後見があれば、その死罪すら免れると思っていたのだろうか。皇太后にすがれば助かるとでも思ったのだろうか。さすがに私もね……反省して後宮の武官として一から務めを果たすと言うのなら受け入れたわよ。でも奥後宮内だと明明ミンミンちゃんが恐がっちゃうから城市の警備の方になるが。


けどそこまでして皇太后の影響力にすがり第2妃を逃がそうとするとは。

よほど後ろめたかったのか、窓際配属が気に入らなかったのか。


「泰武官、後宮から逃げ出そうとするのなら、その預かりはどこになりますか?」

「残念ながら、こちらになりますね」

泰武官が苦笑する。最早その預かりは後宮内に留まらない。


「こちらにお任せいただけますか?」

「もちろんです。後宮武官長は私ですので」

「はぁ……全く、そうでした。何で妃が武官長なんだか……」

「でも良かったでしょう?」

「えぇ、もちろん。あなたとならまともな話をできますから」

外の武官長……泰武官は近衛と呼ばれる武官の長。私は正確には泰武官長の下につく後宮近衛武官分隊の長である。

しかしまともな話ねぇ……前の武官長はどんだけ泰武官長の頭痛のタネだったのかしら。


しかしながら今となっては、彼女も妃を逃がそうとした重罪人である。


「さて、無礼を承知ですが、あなた方はまとめて拘束いたします」

そして泰武官長が告げれば、第2妃がカッと睨み付ける。


「私はワン家の娘よ!そして皇太后陛下の後見を持つの。そんな私に手を出せばあなたの武官人生も終わりよ」

「そうですか。ではその時は去勢してセナ妃の部下になりますからご安心を」

そうさらりと答えた泰武官長に、こんな状況なのに吹き出しそうになったじゃない!いや……さすがに泰武官長が私の部下って。泰武官長はそもそもルーの……。


「では……」

そして泰武官長が第2妃に腕を伸ばす。


「いや……嫌ぁっ!何で……何でアンタなのよぉっ!私は……皇后になるのにぃっ!」

そんなに皇后になりたかったの?私はこれっぽっちもそうは思わないけど。できればひっそりと、グイ兄さまに首を刈られない程度に功績を上げたいのだが。こちらによろよろで向かってくる彼女を誰も止めないのは、私の方が強いと分かっているからだ。それなのに拘束がないことに浮わついた笑みを浮かべるあなたは……救いようがない。


「セナあぁぁぁぁっ!!!」

そんな呼び捨てで名を呼ばれる覚えはないのだが。今回は刀身を抜かず、鞘のまま。

剣を構えようとした時だった。第2妃の身体が地板ゆかに沈む。

その地板ゆかに沈んだ第2妃を取り抑えたのは。


「やれやれ……とんだアバズレだねぇ」

グイ兄さまにそう言われるなんて、エイダ以来よね。


「お前が皇后になることなどあり得ない」

そして私の隣に立ったのは……。


「ルー?もう帰って……?」

「何だ、会いたいと思ってくれていなかったのか?」

私に向かって微笑むのは、あ日と同じ優しい笑み。しかし瞳の色は……燃えるように赤い。


「ルーも仕事なんだから、我が儘言えないわよ」

「それは……会いたいと思ってくれていたととっていいか?」

「とるのはルーの自由だわ」

「それならば」

ルーが満足げに笑う。全くもう……でも、どうしてか嬉しいような……。不思議ね。しかしルーとの再会の余韻に浸る暇もなく、耳に不快な声が響く。


「へ……陛下ぁ……わた、しの……っ」

「誰がお前のだ……?お前は皇太后の後見を出して後宮に住み着いているだけだろう?そして妃となりながら勝手に後宮を出ようとした。そんなお前を皇后に……?馬鹿げている」


「そ……んな……っ、私は本気で陛下の……っ」

第2妃はルーに恋でもしていたのか。それとも皇后になりたいから皇太后に使われたのか。


「なんで……なんでその女なのよ!そんな蛮族の女……っ!」

「……この首捻り潰そうか?」

第2妃を取り抑えている兄さまの手が、第2妃の首にかかる。


「ひ……っ」

第2妃が悲鳴を上げる。兄さまが怒ったのは、私が蛮族扱いされたからではなく、北異族を蛮族扱いされたからだが。


「今はいい、グイ」

「へぇ?生かすの?」

グイ兄さまの言葉に、第2妃の顔が輝く。


「取って置きの見世物をお前にくれてやる」

ルーの顔が冷酷な色を映す。いや……見世物と言うのは。


「あとのものには用はない。始末しろ、グイ」

「はぁい」

ルーの命令に、グイ兄さまがニィと嗜虐性をはらんだ笑みを見せる。

そうして第2妃の拘束を外せば颯爽と身を翻し、剣を抜く。


「お……お助けを……陛下!」

「私は第2妃さまに脅されて!」

「どうかご容赦を!」

今さら懇願する罪人たち。


「何故……?セナはお前たちにチャンスをやったはずだろう?セナが許すのなら、俺は今回だけは目を瞑ったぞ」

え……?私……?まぁ私も謝りに来て心を入れ替えるのなら考えたけども。


「セナ妃!」

「どうか私たち……っ」

――――そこで言葉が途切れた。後門には泰武官長たち、こちらには私たち。逃げ場などなく、逃げる隙さえ与えない。

血飛沫を浴びながら嗤うそのさまは。仙と言うよりもやはり……魔王よね。


「いやあぁぁぁっ!死ぬの……死ぬのはいやあぁぁぁっ!」

そしてひとりだけ見世物にされるために残された第2妃が泣き叫ぶ。


「た……たすけ……助けなさいよぉ……っ、お前みたいな女が、陛下の、隣に……っ、ぎゃぁあぁぁっ」

私に手を伸ばしてきた第2妃が悲鳴を上げる。君主の命を遂行した兄さまが第2妃の手の甲ごと脚で踏みつけていた。

あからさまに何か折れちゃならないものが折れた音がするのだが。


「まだ殺さなきゃいいんだろう?」

やっぱりこの兄は……魔王である。



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