離さないで閉じ込めたい
「ねぇ、さとみくん。一緒に海に行かない?」
「……海?」
「うん。一緒に泳いだりビーチバレーしたり。ふふっ、楽しそうでしょ?」
……えると海、海……といえば、水着……えるの、水着姿───────。
頭の中に無数のえるが浮かんできた。そのどれもが─────あらゆる言葉を無力にし、かわいいという言葉では収まらないほどそれでいてそれ以上の言葉がこの世にないことに腹が立つほど、えるが……かわいい…………。
「……さとみくん…?もしかして嫌だった?…人は沢山いると思うけど、でも!とっても楽しいと思うの。どう、かな……?」
「……行く」
「ほんと?よかった……!」
そんな姿をこの目に焼き付けられるのだと思うと嬉しいという言葉さえ小さく感じるほど高揚した。この気持ちを表せる言葉はきっとこの世には無い。
「それじゃあ二人にも伝えておくね」
───────二人って何?
「………」
「………」
「「………………」」
「……はぁ。少しは楽しそうにしろよ。俺だってお前を誘っていいか聞かれた時は─────」
「は?あんた誘ったの?えるのこと」
「あー……まあ、夏休みだし」
「……」
こいつがいなければ今頃えるの家でのんびりしてたのに。える、まだかな。早く会いたい。
「二人ともーお待たせー」
「ごめんね、待たせちゃって……」
「……………」
───────かわいいってえるのために生まれた言葉なんだ。える以外には似合わなくて、えるだけに言ってていい特別な言葉。でもえるは、かわいいなんて言葉じゃ語れないし収まらない。頭の中で何度も思い描いたえるのその姿はやっぱり全部紛い物で、この世の全てのかわいいを集めても勝てない本物がそこにはいた。
かわいいって、使えない言葉。こんなんじゃえるを表せない。……あ、えるがすごいだけか。
「さとみくん?……もしかして、どこか具合でも悪い?熱中症?」
ぼーっとえるを見つめていたオレをえるが心配そうに見つめる。
「平気。……える、日焼け止め塗ってあげる。背中まだでしょ」
「いいの?じゃあ、私はさとみくんに塗ってあげるね」
……えるの肌、すべすべ。真っ白でキレイだ。この肌も守らないと。このままぎゅって抱きしめたら……える、困るかな。
───────やっぱり二人がいいよ、える。
「……さとみくん?」
気づくと手が止まっていた。困らせたくなくてなんでもないフリをした。
「塗り終わった」
「ありがとう、さとみくん。次は私が塗るね」
「ん……」
……このまま、えるが後ろから抱きしめてくれたりしないかな。───────ずっとこうして触れててほしい。
「終わったよ。さとみくん」
「………ありがと」
「あっ、二人ともごめんね────」
……える、行っちゃった。
オレから離れたえるは、あの二人の元へ行き笑いかける。その後はビーチバレーしたり、一緒に泳いだり焼きそば食べたり。その全ての時間、えるは笑ってた。その度に─────独り占めできたらって、指が折れるくらい考えた。いっぱい、いっぱい……。
「私、飲み物買ってくるね。みんなはなにか飲む?」
「んーあたしはシュワシュワしたの」
「あー、俺もそれで」
「わかった。さとみくんはどうする?」
「オレも行く」
こんなにかわいいえるを一人にできないし、したくない。オレがそばにいないと危ないから。
えるの手を掴んで、二人だけの時間を作った。
「さとみくん、みんなといなくていいの?飲み物なら私一人で買いに行けるよ?」
「いい。えるといる」
「…そっか」
えるの表情が少しだけ笑顔じゃなくなる。困ったような、そんな顔。……えるはオレと二人でいるの、嫌?だから邪魔な奴も一緒に連れてくるの?
オレはずっと……このままでいたいのに。
「…さとみくんは何飲む?」
「……なんでもいい」
そう答えるとえるは真剣な表情で選びはじめる。全部買い終わったえるは
「さとみくん、この二本持ってくれる?」
持ちきれない量をオレに渡した。
えるが、オレを頼ってくれた。よかった、オレ…えるに必要とされてる。
「うん」
ひんやりした冷たいジュース。えるから受け取って並んで歩く。
でも、これじゃあ手を繋げない。えるの手は小さいから。
「わっ…! さとみくん?」
「全部持つ」
「えっ…私は大丈夫だよさとみくん。それに、全部持ってもらうなんて……」
「オレが持つ」
「じゃあ……!せめて一本は私に持たせて?ね?」
オレを見上げながらそう言うえるは何よりもかわいいのに胸が少しざわついた。えるが困った顔してたから。オレはただ、手を……繋ぎたかった。それ、だけなのに──────。
「……分かった」
一本だけ、そう一本だけだから。そうじゃないと手を繋げない。どうせ二本はあいつらの分。元々無いもの。あってもいらないもの。無くてもいいもの。ここで握り潰しても、オレが飲んでも……いい、もの。パーカーのポケットに入れて落ちたって、いいもの。
視界から色が失われていく。空も海も、全てが灰色になって真っ黒に染まっていく。心臓が潰されたみたいに、息が苦しい。世界から切り離されたみたいなそんな感覚。それでも、そこにはえるがいて。えるだけがいてくれて。
「さとみくん……!」
オレの名前を呼んで笑いかける。その声が少しだけ世界に色をつけた。
暗闇の中にいた唯一の光が全てを晴らすようにオレを見つめてる。
「今日は来てくれてありがとう。さとみくんと一緒に海に来られて、とってもうれしい…!」
その声が、言葉が、笑顔が。えるという存在が教えてくれた。全てが澄み切った美しい世界を。
空も海も綺麗な青。煌めいて輝いて。えるが見せてくれた綺麗な世界。えるが笑えば、えるがいれば……全部、綺麗───────だから、この手を離したくない。
「さとみくん…?」
「オレも、うれしいよ」
「……! よかった……!」
その笑顔を一番近くで見ていたい。昔と変わらない目が潰れるほどのその笑顔を。真夏の鬱陶しい太陽とは大違いの、優しくてあったかくて陽だまりみたいなそんな笑顔。全部忘れさせてくれて、天使よりもずっと清らかで美しくて神様だってひれ伏すような笑顔。
ねぇ、える。ずっとオレのそばで笑っててよ。オレのそばでだけ笑って。オレに必要なのはえるだけだよ。
離れないで。そばにいさせて。離したくない。そばにいてほしい。離さないのその先は───────なんだろう。
もっとこの手をぎゅっと握って、ずっとずっとオレのそばにいて、離れないでって言ったらいつもみたいに『離れないよ。そばにいる』って言ってくれる?
もし、その先が───────閉じ込めたい、でも……変わらず笑ってくれる?
───────えるなら笑ってくれる。だってえるに必要なのもオレだけだから。……だから、誰にも邪魔させない。えるの隣はオレだけがいていい場所。他のやつを置いたらダメだよえる。その笑顔を見せていいのもオレだけ。三度目はない。もしそうなったら……えるを、閉じ込めないと───────。
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