身内の世話に疲れた俺が選んだのは学園のお姫様と家族になることでした ~姫との甘々な家庭は想像以上に最高です~
鉄人じゅす
01 差し伸ばされた手
ほんと何やってんだろう。
俺、
降水確率100%と言われていただけあってその雨量は染み渡るくらいつらいものだった。
このままだと風邪を引く。そんなことは分かっている。だけど体は動かない。心が疲れてしまったからだ。
この雨で俺の体も溶けて洗い流してくれないだろうかとポエムのようなことを考えてしまう。
帰りたくない。
ショックを受けて身一つで飛び出してきてしまった。
こんな状態じゃ家出することもできやしない。
何をやってるんだろうか。
「こんな雨で何をやっているんですか」
自問したことを口に出してたっけ。
自然とその声がした方に顔を見上げる。
そこには傘を手に怪訝な顔をする同い年くらいの女の子の姿があった。
日本人離れした長い金色の髪にコバルトブルーの瞳。思わず見惚れてしまいそうなほど透き通った肌に整った顔立ち。ぱっと見の印象は外国人にしか見えない。
「葛西くん……ですよね」
だがその子は日本語が堪能であった。
俺の名前を知っている? そこで目の前の彼女が同じ学園の制服を着ていることに気づいた。
そうなると答えはすぐに出てくる。
「片桐さんか」
彼女は同じ高校に通うクラスメイトである
名家である片桐家の生まれで欠点無しの才女。俺とは住む世界の違う存在の子だ。
学園内で可愛い子と言えば思い浮かべる対象が芸能人でもアイドルでもなく彼女であるほど片桐姫乃の容姿は優れていた。
それ故に付いたあだ名は名前をもじって
「なんでもない。去ってくれ」
そっけない言葉を投げかける。片桐姫乃と同じクラスになって会話をしたのはこれが初めてだった。
同じ学校の大多数が彼女に恋い焦がれていても、俺にはそんな感情が芽生えることはない。
正直恋なんてしてる暇はどこにもなかった。女子に見惚れる余裕なんてあるはずもない。
でもこんな姿を知られてクラスで噂になるのは嫌だった。だからこそ彼女にはすぐに立ち去って欲しかった。
なのに片桐姫乃は俺の前に立ったまま動かない。正確には傘を動かして俺が濡れないようにしてくれている。
そんなことをすれば彼女も濡れてしまうだろうに……なぜなんだ。
容姿端麗な彼女だが、実はガードが固く男に靡かない鉄壁のお姫様とも呼ばれている。
校内外合わせて100人以上の男子から告白されて全て断っていると聞いたので男嫌いだと思っていたが。
ああ、俺を憐れんでいるのか。憐れみの感情で施しを与えているだけなんだ。
少し腹が立ってきた。全てに恵まれた彼女に俺の気持ちは分かるはずもない。
「もうすぐ日が暮れますよ。葛西くんのご家族も心配されるんじゃないでしょうか」
「するわけないだろっ!」
「っ」
そのワードを聞いて怒りが頂点に達してしまった。
「誰も心配なんてするはずがない! 俺みたいな特別な才能を持たない奴をさ」
片桐姫乃は何も悪くないのにもう止められそうにない。
「今日……
学生ゆえに制服姿のまま葬式に出席した。俺は祖母ちゃんが大好きだったから大変だったけど苦ではなかった。
「……介護。お父様とお母様はどうされたんですか」
「父さんはフィギュアスケートやってる弟に付きっきりで母さんはアイドルやってる妹に付きっきりなんだよ。だから家には俺しかいなくてな。大学生の兄貴は学会で飛び回っていて、だから介護も家事も兄弟のフォローも全部俺がやってきたんだ。それが俺の家の当たり前だった」
才能のある兄、弟、妹に両親が手をかけるのは当然のこと。ゆえに何も持たない俺が家事や介護をやるしかなかった。
時々休みたいと言った父や母の代わりに弟や妹に付きそうことも多かった。ゆえに俺は365日休んだ日はなかった。言えば学校行ってる時は休めるだろってさ。
「そんで
「……葛西くんはご両親の代わりに介護をされてたんですよね。なぜ責められるんです」
「祖母ちゃんはホントにみんなから好かれていたから。見送れない悲しさを吐き出す先が俺しかなかったんだよ」
父さんも母さんも祖母ちゃんの死に目に会えなかったのは可哀想だった。
俺だって二人には何度も電話をした。なのに繋がらなかったんだ。でも理由は俺にはわかっていた。
「父さんも母さんもずっと前から浮気しててさ。弟や妹を理由に仕事してるふりして不倫してたんだよ」
「っ!」
「しかも葬式で両親ともに弟や妹の世話を俺にやらせるからもうちょっと時間作れるって浮気相手に電話してるのを聞いたんだ」
思わずぞっとしてしまった。何を言ってるんだろうって。
俺の家族はこんなに自分のことしか考えてない人達だった。俺の人生を食い物にしてるんだ。
「俺の人生なんなんだよ。小学生からずっと家のことしてて部活にも入らず、やりたいこともできず身内の世話だけで10代が終わるって考えたら飛び出してきてしまった」
そして雨の中公園のベンチに座り込んでしまっていた。
今もきっと俺のことなんて何も考えてないことだろう。
祖母ちゃんの葬式の準備だって俺が主導でやったんだ。お坊さんも葬式屋もみんな不思議な顔して俺を見てたんだぞ。
兄貴だってそうだ。ふらって帰ってきて、外面だけ良いことだけを親戚一同に吹潮して帰っていきやがった。面倒なことだけは俺にぶん投げていきやがる。
「どんなに家族を愛したって俺は家族から愛されない!」
だけど俺には何もない。結局家に帰るしかないのだろう。
何もない俺に出来る事は身内の世話を続けることだけ。大人になって自立するまではきっとこの生活が続いていく。
「明日、俺の誕生日なんだ。家族のみんな覚えてないけどな」
俺は家族みんなの誕生日を祝っているのに一度だって祝ってくれたことはない。
結局一方通行なんだよ。
ここまで乱暴に言葉を吐き続け、片桐姫乃が立ち尽くしていることに気づく。
ただのクラスメイトに喚き散らすなんて俺は大馬鹿だ。
「ごめん。今言ったことは忘れてくれ」
忘れてと言っても忘れられないだろう。
明日には学校で噂が流れてしまうかもしれないな。俺の家庭環境が最悪だってこと。それでもいいか事実だし。
ドン引きされて逃げられると思っていたのにまだそこにいた。
ショックだったか。恵まれた才女には信じられない話だったのかも。
名家片桐の名を持つんだ。両親に愛され、家は裕福できっと幸せな家族生活を送っているんだろう。
そもそも彼女は知り合いでもないんだから。きっともう話すこともない。
「葛西くん」
片桐姫乃から突然名前を言われた。
見上げると彼女は俺に対して手を差し伸べていた。
彼女は微笑んでいた。まるで……何かを見つけたかのように潤んだ瞳で俺を見ていたのだ。
そして信じられない言葉を放ってきた。
「私と家族になりませんか」
いつのまにか雨は止み、少しばかりの太陽の光が片桐姫乃を照らしていた。
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