第十七話 天魔召喚士のスクロール

 ようやく身体の震えが止まり、呼吸も落ち着いてくる。

 前世では色々なゲームを遊んだもんだ。

 その中でも、俺は人や魔物を撃ったり、斬ったりしてきた。

 それこそ、数え切れないくらいの数を、だ。

 最新のゲームのグラフィックは技術の発展により現実と区別が付かない。

 これから実際に戦うとなると、果たしてゲーム感覚で人を傷つけることが出来るのか。

 それこそ、頭の中にある理性のネジを数本外さないといけない気がしてならない。


「アテラさん、大丈夫? 顔色が悪いよ?」

「あ、ああ。大丈夫だ」

「さっき、最初に死んだってどういう意味なの?」


 ミキナはじっとこちらを見つめてくる。

 この上目遣いはマズい。

 何というか、早速理性のネジがすっ飛びそうだ。

 おまけにこめかみのアンテナも不安そうに揺れているから、中々の破壊力を持っている。

 

「ぜ、ぜ、前世のことに違いないが――となると前世の俺は誰かに殺されたのか?」

「思い出せないの?」

「ああ、さっぱり思い出せないんだ――」


 前世の嫌な記憶は頭にこびりついている。

 苦行だらけの学生時代や、ただただ働かされて心身共に削られるだけの大人時代――。

 そんな思い出したくもない記憶は残っているというのに。


「きっと、とても嫌なことが死因だったんじゃないかな?」

「それで、本能的に思い出せないのかな……。ん?」


 オオイシの傍らに何かが落ちている。

 真っ黒な細い紙片で、先程まではなかったはずだ。

 

「これは何だ?」

「これって?」

「いや、ここに落ちている黒い紙だが……」

「何もないよ?」


 ミキナが首を傾げている。

 彼女には見えていない物なのか。


「視覚センサーを調整してみるね」


 ミキナが自身の目尻に指を当てている。

 しばらく時間が掛かりそうだなと思いつつも、俺はその黒い紙片に手を伸ばす。

 もしかすると、これがオオイシの言っていた閉ざしの栞というものなのか。

 指先がそれに触れた瞬間だった――。


「うおうっ!?」


 全身に激しい電流が流れたような衝撃が走る。

 あまりの痛みに意識が吹っ飛びそうだ。


「ぐっ――」


 視界が突如ブラックアウトした。

 意識のチャンネルを強制的に切断された訳ではないが、頭が割れそうな程の痛みが暴れ出す。


「ん……!?」


 真っ暗な視界から突如現れたのは、疲れた男の顔だった。

 人生に惑い、はぐれて、孤独な顔をしている。

 

 その顔を見て、思わず目を背けてしまった。

 

 直視するのが、あまりにも辛かった。

 何故ならば――。


「アテラさん! 大丈夫!?」

「だ、大丈夫、かな……?」


 力なく俺は答える。

 さっきの光景は、何だったのだろうか。


「どうしたの?」

「過去の映像、なのかな……。そうだ、オオイシが閉ざしの栞を引き継げと言っていたが……」

「過去の? 何が見えたの?」

「過去の――俺だ」

「それって、転生する前の?」


 キョトンとしているものの、ミキナは物わかりが良すぎる点に驚かされる。

 俺は小さく頷きながらも、こう答える。


「ああ……。あんなに、老けていたんだな」


 苦笑しながらも、俺は考える。

 もしかすると、オオイシから見た俺の姿だったのでは。

 そうなると、記憶の俺がうやうやしく頭を下げていたのも納得がつく。


「アテラさん。それ、手に持っているのは何?」

「手に? さっきの紙片が――あれ?」


 紙片の代わりに俺が握っていたのは紙を巻いたものだった。

 

「これは――巻物?か」


 いつの間にか握っていたのは、黒い紙片と同様にこれまた真っ黒な巻物だ。

 この世の物質ではないような印象を放っている。

 恐る恐る広げて見るも、そこには何も書かれていない。


「視覚機能の調整完了。また変なのが出てきたね」

「ああ。さっきの紙片が閉ざしの栞だとすると、この巻物はなんなのやら。説明書があればいいんだが――。ん?」



 再度巻物を目にすると、文字がぼんやりと浮かびだした。

 前世では見たこともない文字だが、今の俺には何と書いてあるか読むことが出来た。


「天魔召喚士のスクロールだって?」

「凄そうだね」


 よく見ると、端っこにスキルポイントという文字が書かれていた。


「スキルポイントが50……。なんだろうか?」


 スクロールを指で触れていると、文字が徐々に浮かび上がっていく。

 文字が勝手に躍り出す演出を見ていると、細工のある絵本のようで不思議と心がワクワクしてしまう。


「あ、なんか出てきたね」

「タブレットパソコンみたいなもんだな――。何々、初級召喚魔法を習得するにはスキルポイントが20必要か」


 その文字の下には署名欄が書かれており、成程習得する際にはサインが必要のようだ。

 指でなぞると線が光となって浮かび上がり、自分の名前を署名すると――。


「ん? ん?」

「どうしたの?」

「いや、頭の中に変な文字列が……」


 不思議な言葉だ。

 まるで、オオイシが口にしていた魔法のようで――。

 

「そうか。このスクロールでスキルポイントを費やすことで魔法が使えるようになるのか!」


 この仕様は思った以上に便利だ。

 魔法の修行やら勉強をする必要がないのだから。

 そう考えると、俺も天魔召喚士としてやっているのではないだろうか。


「あ、スクロールに色々と表示されているね」

「これは……」


 数字の羅列を見ると、どうやらこれが俺の現在の能力値のようだ。


「どれどれ……」


 健康診断の結果を目にするようであまりいい気分がしない。

 結局は運動を頑張れとか、食習慣を変えろとか、無理をしなければ健康にはなれないのは腹立たしいもんだ。



 アテラ

 レベル:5

 クラス:召喚術士

 体力:5

 魔力:150

 筋力:2

 敏捷:3

 知力:4


「な、なんだこりゃあ……」

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