第十五話 石蛇

 ストーンマスターというクラスの名を聞いた時、天魔召喚士の方がかっこいいと思っていた。

 だが実際に奴の様々な魔法を見ていると、改めて恐ろしいものだということに気づかされる。

 現に岩やら石やらも現地にあるものを集めればいい訳であり、場所によってはとんでもない強さを秘めたクラスなのだろう。


「あれは――蛇?」

「でっけぇすね」


 オオイシが作り出したのは岩で出来た蛇だ。

 大きさは巨人よりも小さいものの、油断は出来ないだろう。


「ミキナ! 気をつけろ!」


 俺が叫ぶと、彼女は手を振って応えてくれる。

 そして、怯むことなく得物を構えていた。


「死ぬがよい!」


 オオイシは蛇へと命じると、尻尾の先端を震わせる。

 妙な形をしており、まるでイネ科植物の穂先に似ている。


「なんだこの音は?」

「リズミカルっすねー」


 リズミカルというデウっちの感想を聞いて、確かに楽器を激しく振ったような音に似ている。

 間違いなく蛇が立てている音だろうが、一体何の意味があるというのか。

 そうだ、無意味な行動ではない。

 オオイシの嬉しそうな形相を目にして、俺は確信を得る。


「ミキナ! 防御してくれ!」


 とっさに叫んだその瞬間、蛇の身体から何かが弾け飛んだ――。


「なっ!?」


 一瞬、何が起こったか分からなかった。

 しかし、次に気がついたのが、ミキナの腹部に尖った岩の破片が突き刺さっていたことだ。


「ミキナ!?」


 俺が叫ぶと、それに答えるかのようにオオイシが笑い声を上げる。


「はっはっは! 油断しおったな!」


 奴は大層ご満悦のようだ。

 口からこぼれる血の泡を気にも止めず、奴は笑い続ける。

 狂喜の笑みとはまさにこのことか。


「デウっちは心配していないのか!?」

「しているさ。ただ、あの子にとって、あれぐらいでは機能は停止しないし、そもそも君の言葉に反応してきっちり防御をしたし~」

「え……」


 損傷は受けているものの、ミキナは一切動じる気配がない。

 大槌を構え、倒すべき敵に視線を定める。

 その厳しい表情は少女と思えぬ程だ。

 どんな豪雨の中であろうとも目を見開き、進むべき方向を見失わない。

 そんな彼女の決意すらうかがえてしまう。


「それにさ、あの子は自身が傷ついてもいいから誰かのために戦う道を選んだんすよ」

「戦う道を?」

「ダメダメな俺っちと違って、あの子は自分の道を選んだ以上、それを褒めてあげないとね」


 少しだけ寂しそうな声でデウっちは語る。

 仮面の下はどんな複雑な表情をしているのか。

 若い俺には少しも理解できそうにないことだけは確かだろう。


「しかし、奴の攻撃の方法が……」

「まあ、手品のタネが分かれば、どうってことはないっすよ」

「手品?」

「そ。さてと、このまま楽に勝てそうだから、俺っちは帰るっすね」

「あ、ああ……」


 すると、デウっちは音もなくその場から消え去ってしまった。

 娘さんが負傷したというのに、怒る気配もない。

 それほどまでに、娘さんを信用しているのだろう。

 

「ミキナ――負けるなよ」


 俺は蛇を注視していると、蛇は大きく口を開いてミキナへと噛みつきを試みる。

 鋭い岩の牙は驚異だが――。


「ミキナ! 噛みつきはフェイクだ!」

「はっはっは! もう手遅れだ!」


 オオイシは蛇に命じて、再度尻尾を震動させる。

 激しい音と共に、微かだが蛇の鱗もまた震動しているような……。


「そうか! ミキナ、奴は鱗を飛ばして攻撃をしている!」

「そうだ! そして、これで死ぬが良い!」


 オオイシの言葉が終わると同時に、ミキナはこう叫び返す!


「指向性暗黒重力子解放――反射防壁展開!」

「ぼ、防壁!?」


 ミキナが大槌の柄を持ってクルリと回転させると、ミキナを中心にして半透明色の壁が出現する。

 そして、弾丸のように蛇の鱗が射出されるも、防壁によって呆気なく跳ね返されてしまう。


「な、何だとっ!?」


 オオイシが愕然とした表情で叫び、その口からは一際多く血を吐き出す。

 もう瀕死なのだろうが、それでも奴の目からはまだ戦う意志が滾っている。


「噛み殺せ――!」

「セーフティモード解除! 出力設定0.001%――!」


 オオイシの怒号に対し、ミキナも声を張り上げる。

 すると、彼女の声と共に手にしていた大槌が強烈な光を放つ。


 ――あれでセーフティモードだったの!?


 俺の心の中のツッコミはともかくとして、ミキナは大鎚を蛇の頭部へと叩き込む。

 すると、蛇の頭部は紙のように薄く潰され、もはや原型が何なのかすら分からなくなってくる。

 オオイシは顔をしかめるも、再度何かを仕掛けてくる気配だ。

 例え圧縮されても岩は岩だ。

 再度利用される危険性はまだ十分にある。

 それを読み取った上で、ミキナは大槌を頭上まで振り上げてこう叫んだ。


「消えて――! ベヒムートライジング!」


 ミキナは大地に向かって渾身の力と共に大鎚を叩き付けた。

 すると、周囲が恐ろしい程の沈黙に包まれる。

 得体の知れない恐怖に身を強ばらせていると、ミキナの周囲にある物体が徐々に上空へと――上っていった。


「え、これは……?」


 蛇と巨人の残骸、それに散らばった岩や土砂が音もなく空中を浮遊していく光景は見ていて呆気に取られてしまう。

 指向性暗黒何たらは攻撃対象を押しつぶすだけでなく、重力を操作して宙に浮かせるのも可能ということなのか。

 一方、オオイシは地面へと取り残されていた。

 奴はすっかりと放心している。

 遠方から岩を呼び寄せるにも時間が掛かる以上、ミキナの攻撃を防ぐ手立ては残されていない。

 空の彼方へと飛んで行ってしまった岩達に向かって情けなく手を伸ばすも、彼らが戻ってくることはないのだろう。


「ミキナ!」


 戦いは彼女の圧勝だ。

 すっかり役立たずで終わってしまった俺だが、重要な仕事がある。

 ミキナに労いの言葉を掛けなければと、急いで彼女の元へと走り寄った――。

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