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「追え!」
俺がそれを言う前に、カナタは走り出していた。
何が起こったのかさっぱり分からない俺と、同じように分かってないメグミとヒカリは、カナタの後ろを走るカタチになった。
路地に足音が響き渡る。
一番前を走ってるミヤビがさっきの十字路を、男たちがいた方向に曲がったのが見えた。
「ミヤビ!」
呼んだところで止まる訳がないと、分かっているのに呼んでしまった。
五億分の一くらいの確率で止まるかもしれないと思ったけど無駄だった。
カナタが十字路を曲がる。
続いて俺たち三人も十字路を曲がった。
直後に俺が目にしたのは、さっきの男三人と女子高生に向かって、真っ直ぐ走っていくミヤビの後ろ姿。
――待て待て待て待て!
まだ何やらモメてるらしい男三人と女子高生。
女子高生はこっちに背中を向けてるから全く気付いてないらしいが、女子高生に向き合うカタチでいる男のひとりがミヤビに気付いたのが分かった。
でも遅い。
もう遅い。
ミヤビはそいつらのすぐ傍まで行ってる。
一体何をするつもりなのかと、焦りに焦る俺の視線の先で、ミヤビは予想外の行動を起こした。
背後から女子高生に近付いたミヤビは、体を反転させながら着ているコートを広げて、女子高生の顔を隠すようにコートで覆い、そのまま女子高生の全身を自分のコートの片側に隠した。
そして女子高生の腕を掴み、その体を反転させると、コートの中に隠したまま今度はこっちに向かって走ってきた。
—―
さ——。
「――らいやがった! カナタ! ヒカリ! メグミ! 相手の男を止めろ!」
向こうの男たちがミヤビを追いかけてこようとしてたのを見た俺は、それだけ言ってすぐに踵を返して、駐車場に向かって全力で走り出した。
—―何やってやがる何やってやがる何やってやがる!
一体何がどうなってるのか分からなかった。
何が起きたのかもよく分からなかった。
それでも何をすべきかは分かってる。
それだけは分かってる。
駐車場に着いてすぐミニバンに乗り込んで、速攻で車を出した。
走ってきた道を車で戻りながら、手許のボタンで後部座席のスライドドアを開けた。
ミヤビが女を連れて走ってくる。
急ブレーキで車を止めると、ミヤビと女が転がるようにして車内に入ってきた。
それを確認してから再び車を急発進させ、ミニバンがギリギリ通れるくらいしかない狭い路地を走り抜けていく。
十字路まで行って車を止めると、メグミがバカみたいに暴れてるのが見えた。
「乗れ!」
助手席の窓を開けながらクラクションを鳴らして大声で呼ぶと、カナタとヒカリとメグミは男たちを殴るのをやめて、こっちに向かって走ってきた。
開いたままだった後部座席のスライドドアから、物凄い勢いで三人が車内に入ってくる。
最後に入ってきたカナタがドアを閉めたのと同時に、今度はバックで狭い路地を走り抜けた。
少し広い場所まで行って、車の向きを変えて、とにかくここから離れる事だけ考えて適当に車を走らせ始めて、ようやく車内が落ち着いた。
ただ、そう思ったのは束の間。
「お前らこっち見るんじゃねえぞ」
ミヤビはまだピリピリしてやがった。
バックミラーで後部座席を見ると、前列のシートに座ってるミヤビは、いつの間にか脱いでたコートを、窓際にいる女の顔を隠すように女の頭の上から被せ、そのコートの上から片腕で女の頭を引き寄せるようにしながら
後列のシートに座ってるメグミとヒカリは、ミヤビの言葉に従うように窓の外や天井を眺めて、白々しく目を逸らしてる。
でもミヤビと同じ前列のシートに座って、ミヤビの隣にいるカナタだけは、女の方をガン見してた。
その上ミヤビの肩越しに、コートの隙間から女の顔を覗こうとまでしてやがる。
それでもミヤビが何も言わないのは、カナタが見る分には何の意味もないからだ。
「コハク見るんじゃねえ!」
バックミラー越しに目が合った途端ミヤビがそう怒鳴る理由も、コートで女を隠す理由も俺らはちゃんと分かってる。
分かってるけど。
—―この状況じゃ、それはあんま意味ねえだろ……。
「なあ、ミヤ——」
「コハク、どっかで俺降ろして」
俺の呼びかけを遮ったミヤビの声は、幾分か落ち着いてきてはいるけど、神経尖らせてんのは隠しきれてなかった。
「どこがいい?」
「どこでも」
もうこうなった以上は、とりあえずミヤビが望むようにしてやるしかない。
何がどうなってこうなったのかさっぱり理解出来ねえけど、あとの事はあとで考えるしかない。
車の中はずっと静かだった。
女もひと言も発しなかった。
十分くらい車を走らせ、国道から裏道に入って、ひと気のない所で車を止めた。
適当に走ってたからどこだか分からない、外灯の少ない薄暗い場所だった。
バックミラーで後部座席を見ると、既にカナタは後列のシートに移動してた。
車が止まった直後、ミヤビがスライドドアを開け女を連れて外に出ていく。
そしてミヤビは外に出ると、何も言わずにドアを閉めた。
それを合図にアクセルを踏んで、車をまた走らせ始める。
助手席側のサイドミラーで後ろを見ると、もう頭からコートを被ってない女に、何かを言ってるミヤビが見えた。
「――で? 何これ」
ミヤビの姿がすっかり見えなくなった時、誰もが思ってる事を最初に口にしたのはヒカリだった。
俺だって聞きたい。
一体何がどうなってんだって言いたい。
ただこの中に、答えられる奴はいない。
なのにヒカリは。
「なあ、コハク。これってどういう状況?」
何故か俺に聞いてくる。
お前が分かってねえもんを、何で俺が分かってると思うんだ。
「知るかよ」
「何でミヤビは女を攫った?」
「知らねえよ」
「ミヤビ、あの女とヤりたかったのか?」
「だから知らねえって」
「え? どういう状況?」
それはこっちが聞きてえよ——と、言おうとしたのに言えなかったのは、俺よりも先にカナタが口を開いたから。
「俺、あの女の子知ってる」
カナタはのらりくらりと、俺が思ってもみなかった言葉を吐きやがった。
「し——ってるって何だ!? あの女、ミヤビの知り合いか!?」
「前にミヤビと一緒にいた」
「いつ!?」
「覚えてない」
「最近か!?」
「覚えてない」
「どこで見た!?」
「覚えてない」
「そん時、他に誰かいたか!?」
「コハク。俺は何にも覚えてない」
カナタは後半部分を強調して言った。
そういう言い方だったのは、ミヤビが「こっちを見るな」と言ったり女を隠そうとしたのと同じ理由。
こういう場合は知らない事が多い方がいい。
知ってしまえばどうしたって上に報告しなきゃならなくなる。
自分たちから言う事は絶対にないが、何があったのか聞かれたら知ってる事を言わない訳にはいかない。
言えば当然、怒られる。
指示を無視した以上、責任がどうとかって話になってくる。
だから必要以上に隠すのは、俺らが知らぬ存ぜぬを貫き通せるようにする為。
ミヤビはこの件の責任をひとりで取るつもりでいる。
それでもミヤビが女をガン見してるカナタに何も言わなかったのは、ボケッとしてるカナタには誰も何も聞かないからだし、カナタがあの女を知ってると言ったのは、ミヤビが見知らぬ女を攫った訳じゃないって事だけは俺らに教えたかったからだ。
分かってる。
俺らはちゃんと分かってる。
そこのところを分かってるから。
「お前らがさっきから何の話してんのか知らねえが、俺が今日の事で覚えてんのは、カナタが通りすがりの男にいきなり殴られた事だけだ」
だからこの俺様がそいつらに鉄拳制裁してやったんだ——と、メグミは鼻で笑いながら踏ん反り返ってそう宣うんだ。
それは、元より凶悪な顔付きをしてるメグミからの、「さっきの事は何があっても隠し通すぞ」という提案だった。
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