帰還とデート 2

 グリフォンの解体が終わった翌日。

 素材が傷まないように魔術をかけて、わたしとフェヴァン様は王都に戻ることになった。

 フェヴァン様の休暇はまだあるけれど、わたしたちがグリフォンを討伐したことはそのうち噂になるだろうし、騒がれる前に王都へ戻った方がいいと思ったのだ。


 というのも、さすがにグリフォンほどの上位の魔物を討伐すれば、その素材の一部を、このあたり一帯を管理している公爵様に献上する必要がある。

 義務と言うほどではないが、まあ、人間関係を円滑にするためには必要なことだ。

 お父様は悩んだ末、大きな魔石を一つと、滋養強壮にいいという肝を、グリフォンに遭遇した報告と共にドーベルニュ公爵に献上することにしたのである。


 ドーベルニュ公爵は王都にいらっしゃるのだが、討伐報告は速やかに上げなければならないので、昨日のうちに手紙を出している。となれば、わたしたちがグリフォン討伐に成功したことは王都で瞬く間に広まるだろう。ドーベルニュ公爵自身は広めるはずだ。

 わたしたちがいつまでたっても素材を王都に運ばなければ催促が来るはずなので、そうなる前に王都へ向かった方がいいのである。


「ドーベルニュ公爵によろしくお伝えしておいてね」

「お父様が行けばいいのに」

「僕は薬の研究があるから」


 それは趣味の一貫だろうと突っ込みたかったがやめた。言ったところで無駄だ。


 ドーベルニュ公爵に献上する品と、残りの素材を持ってわたしたちは移動魔法陣のある建物へ向かった。

 王都と違って、こちらはそれほど混雑していないので、申請して一日もあれば順番が巡って来る。

 そうして、大量のグリフォンの素材とともに王都に転移すると、わたしたちが転移してくるのを待ち構えていたのだろう、数人の魔法騎士が待っていた。


「団長?」


 フェヴァン様が目を丸くして、黒いマントを羽織っている壮年の男性に呼びかける。


 魔法騎士団長のオーブリー・ベロム子爵だ。お会いしたことはないけれど、名前だけならわたしも知っている。ブロンド伯爵家の三男で、数年前に魔法騎士団での功績をたたえられて叙爵され、ベロム子爵を名乗るようになった方だ。


 三十八歳独身。

 仕事と結婚しているようなワーカーホリックな方で、貴族の婚活の場でもある社交パーティーにも滅多に参加しない変わり者。

 しかし、その端正な顔立ちと穏やかな性格から女性にとても人気がある。お姉様がいうには、夫を亡くしたり離婚したりした女性から絶大な人気を誇っていて、再婚相手を探す妙齢の女性の中では人気ナンバーワンだとか。


 ちなみに、初婚相手の人気ナンバーワンになれないのは、彼が「五つ以上年が下の女性は子供にしか見えない」公言しているからだという。おそらく、あれこれと縁談を持って来られるのを阻止したいがための発言だろうが、ことあるごとに同じことを言うので、結婚適齢期の十代後半から二十代前半の女性は端から彼を狙うのを諦めているという。


 ……確かに、モテそうな外見ね。


 フェヴァン様とはまた違ったイケメンである。

 黒い髪に黒い瞳の物静かな感じのする方だが、かといって冷たそうではない。切れ長の目は優しそうに細められているし、わずかに弧を描く口元は親しみやすさがあった。

 フェヴァン様がきらきらと眩しいシャンデリアのような輝きなら、オーブリー様は穏やかな月の光と言う感じだろうか。


「突然ですまないね」


 ついつい見入っていってしまっていたわたしは、オーブリー様の物静かな声にハッとして、慌てて膝を曲げてカーテシーをした。


「お初にお目にかかります、ベロム子爵様。アドリーヌ・カンブリーヴと申します」

「オーブリー・ベロムです。少しお話したいことがあるのですが、いつまでもここにいたら他の方のお邪魔になるでしょうし、場所を移してもよろしいですか?」

「団長、いくら何でも不躾ですよ」

「うーん、それはわかっているんですけどね、これも上からの命令なので」


 魔法騎士団長が「上」という相手は限られる。


 魔術師、魔法騎士などを総括している魔術省の大臣か、はたまた宰相か王族か。他部署の大臣が魔法騎士団長を顎で使えるはずがないから、だいたいそのあたりの指示だろうと思われたが、それにしても急だ。


「アドリーヌ、いいかな?」


 フェヴァン様に訊ねられて頷けば、オーブリー様がにこりと微笑む。


「では移動しましょう」


 そう言って、オーブリー様が練り上げたのは空間魔術だった。

 瞬きをした直後には見慣れない場所に転移していてアドリーヌは首をひねる。

 隣のフェヴァン様にここはどこかと小声で訊ねると「城の魔法騎士団の応接間だよ」と教えてくれた。


 ……お城⁉


 魔法陣なしでわたしたちを転移させたオーブリー様の魔術にも驚くが、それよりも突然城に連れてこられた方に驚愕する。

 わたしはカンブリーヴ伯爵令嬢だが、お城に来たと言えばデビュタントボールのときだけだ。


 お城では陛下の誕生祭をはじめ、節々にパーティーが開催されるが、お城のパーティーに招待されるのは一部のものたちだけである。

 カンブリーヴ伯爵家で言えば、お父様か、もしくはお父様の名代を務めるお姉様くらいだ。

 城勤めをしているわけでもないので、城に通うこともない。

 そんなわたしなので、お城に連れてこられたという衝撃を飲み込むには少し時間がかかった。


 わたしたちと一緒に荷物も運ばれていて、グリフォンの素材は部屋の隅に山積みになっている。

 茫然としているわたしの手を取って、フェヴァン様が椅子に座らせてくれた。


「強引なことをしてすみませんね。ああ、今、お茶を用意させますから」


 オーブリー様が一緒に部屋の中に転移してきた魔法騎士たちに、メイドを呼んでお茶を運ばせるように命じている。

 お茶とクッキーが運ばれてきたころには、わたしも落ち着いていた。驚いたが、彼は魔法騎士団長なので、所属している部署の応接間に連れて来られても不思議じゃない。うん。場所がお城だから驚いたけど、この状況から考えれば普通よ、普通。


 香り高い紅茶をゆっくりと喉に流し込んで、わたしは改めてオーブリー様を見た。


「あの、それで、この場に連れてこられたのは、あの素材の取り扱いについて……でしょうか?」


 昨日お父様がドーベルニュ公爵に報告の手紙を送ったのだ。すでに公爵からお城に報告が行っていてもおかしくない。

 そして魔法騎士団長がすぐに動いたのならば、わたしが思っている以上にグリフォンの素材は重要視されているらしい。


「お察しの通りですよ。本来魔物は、狩った人間がその素材をどう扱おうと自由です。ああ、もちろん、国外との取引は禁止されていますがね、素材を自分で使用するか売るか、という言う意味です」

「はい」


 魔物の素材の売買する組織は国の認可を得なければならないが、認可を得ている場所であれば、魔物を狩った人間がどこに持ち込もうと本人の自由である。

 お父様のように、自分の研究材料としてもかまわない。

 魔物は国の財産と考えられているので、国を通さずに国外と取引をすることは禁じられているが、国内であればどうしようと咎められることはない。


 だが、その素材が、貴重なものであれば少々話が変わって来る。

 もちろん、魔物を狩った人間から強引に取り上げるようなことはしてはならない。

 が、うっかり市場に出るとまずいと認識される素材については、国が動くのだ。


 ……研究所が買い取り希望を出すとは思っていたけど、そのレベルじゃなかったってことね。


 グリフォンは討伐難易度がAランクの魔物なので、他のAランクの魔物と同様の扱いになると思っていたけれど、考えてみれば他と比べて希少な魔物だ。なかなか手に入らない素材であるので、素材の扱いはSランクの魔物と同等になるかもしれない。


「単刀直入に申しますと、グリフォンの素材を国に提供してください。もちろん対価は払いますし、討伐者であるアドリーヌ嬢やカンブリーヴ伯爵が使用したい部分についてはお使いいただいて構いません。ドーベルニュ公爵に献上品があると聞いておりますので、それを止めるつもりもありません。ですが、残ったものはすべて国に提供してほしいのです。対価については、無理を申していることもあり多少色は付けます」

「そこまで無理を言うということは、もしかして、すでに水面下で争奪戦がはじまっているんですか?」


 フェヴァン様が訊ねると、オーブリー様が苦笑する。


「ええ。公爵があちこちに吹聴してくれましたからね。おかげで各方面を押さえるのに手を焼いていますよ。……そういう背景もあり、一度魔術省が買い取って、改めて配分を考えた方がいいと言うことになったのです。ついでに言えばうちも欲しいです。グリフォンの羽は魔術攻撃系には高い耐性がありますからね。防具に使いたい。ちなみに騎士団も手を上げています。本当に争奪戦なんですよ。なにせ、我が国グリフォンが討伐されたのは二十年ぶりですからね」

「そんなになるんですか?」

「ええ。グリフォンは普段は高い岩山の山頂などで暮らしています。滅多に人里に降りてこないので、遭遇することもありません。さすがにグリフォンの縄張りに討伐に行こうなんて考える命知らずはいませんからね」


 今回のグリフォンは、たまたま人里に近い場所を繁殖場所として選んだから遭遇したのであって、ある意味運がよく、ある意味運が悪かったと言える。遭遇したのがわたしたちじゃなくただの領民だったなら食い殺されていただろう。


「グリフォンは決まった縄張りで集団行動を取ります。今回グリフォンの番が現れたのは、どこかの縄張りで代替わりがあったのかもしれません。次代のボスの争いに負け、縄張りから追い出されたのでしょうね」


 オーブリー様の分析に、確かに一理あるなと頷いた。

 グリフォンは縄張り、もしくはその近くで産卵することが多いのだ。それなのに、グリフォンの縄張りが近くないあの森に現れたということは、縄張りを追われた可能性がある。

 縄張りを追われたグリフォンは生活拠点を求めてうろうろすることが多い。たまたま産卵時期と重なったからあの森を選んだだけで、高いところが好きな彼らが低い場所に居つくことはない。

 餌の豊富さ、産卵時期、それらが重なったからこそあの場所で遭遇したのだろう。


「しかも今回はグリフォンの卵もあるとか」

「ええ、まあ」


 本当に産卵が近かったようで、解体中にグリフォンのお腹の中から卵が出てきた。二つだ。フェヴァン様が「念のため」と言って、保温の魔術をかけてあるから、恐らくまだ卵は死んでいないと思う。


「……やっぱり欲しがりますか」


 フェヴァン様が肩をすくめた。


「当たり前でしょう。卵はぜひうちに。グリフォンは卵から孵って直後に見たものを親と認識します。グリフォンを従魔にする場合、この手段以外はありません。グリフォンの従魔なんて、わが国では三百年来の快挙ですよ。それにですね。私は鳥が好きなんです‼」


 オーブリー様が興奮気味に黒い瞳をきらきらと輝かせる。

 グリフォンを「鳥」と同等扱いするなんて、世界広しと言えどオーブリー様だけだろう。

 ということは、だ。オーブリー様はグリフォンの卵を孵して、自分の従魔にしたいのだろう。


「団長、まさか二匹とも自分の従魔にするんですか?」

「当たり前でしょう! グリフォンは群れで生活するんですよ。それ以前に兄弟です! 引き離したら可哀想じゃないですか!」

「言っていることは正しいかもしれませんが、単に自分が欲しいだけじゃないですか」


 フェヴァン様がやれやれと息を吐く。


「上はそれで納得しているんですか?」

「卵をくれなかったら辞めると辞表を提出したら、卵に関しては許可をくれました。他の素材は応相談です。その代わり、あなた方への交渉を任されたので、失敗したら上から怒られます」

「団長⁉」


 胸を張って答えるオーブリー様にフェヴァン様が目をむいた。

 オーブリー様はにっこりと微笑んだ。


「可愛い私の団員であるあなたは、私を窮地に立たせるようなことはしませんよね? ああちなみに……卵が手に入らなかったら、予定通り辞表を提出して次の団長にはあなたを指名しておきましょう」

「やめてください卵は俺がアドリーヌに交渉しますから‼」


 笑顔で団員を脅しているオーブリー様に、フェヴァン様も大変そうだなとつい他人事のように考えた。

 もともと提案を断る気はなかったので別に構わないし、そもそもグリフォンは二体ともフェヴァン様が倒したのだから、わたしの意見は必要ないと思う。フェヴァン様は倒したグリフォンを二体ともわたしにくれたので、所有者は一応わたしなのだけど、素材を売ったお金は半分こしようと思っていた。

 でもここでそれを言うと、素材の売買権はフェヴァン様にあると認識したオーブリー様が彼に無茶をいいそうなので黙っておく。


 とりあえず成り行きを見守ろうかと思っていると、フェヴァン様が情けない顔をしてわたしを見た。


「……卵、二個とも団長に上げてもいいかな? さすがに団長が抜けるとまずいし、俺は次期団長になんてなりたくない」


 しょんぼりしたその顔が、ちょっと可愛い。

 わたしはくすくすと笑って「いいですよ」と首肯した。


「ドーベルニュ公爵様に献上する品は魔石一つと肝を一つの予定です。父が欲しい素材はすでに領地に置いておりますので、残ったものはすべて国の方で買い取っていただいて大丈夫です」


 というか、そうしていただけるとわたしも助かる。買い取り希望者に押しかけて来られても困るのだ。

 オーブリー様はぱあっと顔を輝かせた。


「ありがとうございます、アドリーヌ嬢! このお礼は後日必ず‼」


 卵を手に入れる算段が立ったオーブリー様は、わたしの両手を握り締めてぶんぶんと振る。


 この方は世間では冷静沈着という評価がなされているのだけど、もしかしなくとも、興味のありなしが極端すぎるのではなかろうかと思った。



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