38歳社畜おっさんの巻き込まれ異世界生活~【異世界農業】なる神スキルを授かったので田舎でスローライフを送ります~

岡本剛也

第1話 巻き込まれたおっさん


 私の名前は佐藤浩一。37歳。

 中高1貫の男子校後、そこそこの大学に進学。

 そして大学卒業後に施工管理会社へ就職した。


 晴れて社会人となり、明るい未来が待っているかと思っていたが……私の入った会社は月の残業が300時間は当たり前の超ブラック企業だった。

 20代は何とか若さと根性で踏ん張ったものの――37歳の時に身も心も壊れて病院で過ごすことになった。


 サービス残業が当たり前だったということもあり、キツい仕事の割に大した給料ではなかったが、忙しすぎてお金を使う機会が一切なかったため、貯まりに貯まった貯金のお陰で入院費には困らなかったのが唯一の救い。

 退院したら、リフレッシュも兼ねて田舎でゆっくりと第二の人生を歩もう。

 そんな小さくはあるが僅かな夢を抱いていたのだが――目を覚ますとそこは知らない場所だった。


 病院のベッドで寝ていたはずなのだが、辺りはアニメや漫画で見たことのある王宮のような場所で、私の隣には若い男女が4人いた。

 全員がイケイケの10代後半であり、今年38歳で入院生活を送っていた私は完全に場違いな状況。

 

「んあ? ……ここ、どこだよ。――って、将司に美香に唯!」

「蓮! ここどこなの!?」

「みんながいて良かったんですが、急に知らない場所。……本当にどこなのでしょうか」

「蓮に美香に唯の4人だけ――って、おっさんは誰だ?」


 どうやらこの場にいる私以外の4人は知り合いであり、私だけが顔見知りではない様子。

 知らない場所で私だけ年を食っている上、唯一顔見知りじゃないこの状況……。


 この4人からしたら、私のことが誘拐犯に見えていても不思議ではない。

 あらぬ疑いをかけられぬよう、私も被害者であることを伝えるために自己紹介をしよう。


「私の名前は佐藤——」


 私が自己紹介をしようとした直後、目の前にあった大きな扉が開いた。

 扉を開けたのは甲冑を着た兵士っぽい人間であり、その腰には日本では絶対に目にすることのない本物の剣が差してあった。


 兵士は私達に殺気を放っており、この場にいた全員の体が硬直する。

 この場所自体がファンタジーの世界そのものではあったが、この兵士の存在がファンタジー世界に紛れ込んだという事実を確定させている。

 恐怖とワクワクが入り交じる中、兵士に続いて別の人間が部屋の中に入ってきた。


「そんなに身構えなくてよい。そなた達はこの世界を救う勇者として選ばれた人間なのだ。こちらから危害を加えることはないから安心してくれ」


 そんな言葉と共に、兵士に守られる形で部屋に入ってきたのは、王冠を被ったいかにも王様って感じの容姿の初老の男性。

 口調や台詞から判断するなら王様で間違いなく、アニメや漫画の知識から察するのであれば――私を含む5人は異世界転移をしたということだろう。


 異世界転移という言葉に一瞬ワクワクとしたが、すぐに私だけ38歳のおじさんであることを思い直す。

 勇者となるにはあまりにも年齢が行き過ぎているし、ブラック企業に心を折られて病んだおじさんが、勇者として世界を救うというのは……あまりにも無茶で無謀なのは自分が一番分かっている。


「俺達が……勇者!?」

「なんかアニメで見たことがある! 異世界転生って奴だよね?」

「ほー、知識は持っているのか。なら、話は早いかもしれない。別次元の世界からやってくる人間は、何故か分からないが強力な職業とスキルを得ることができるのだ。神に選ばれたそなた達にはその力を使って世界を救ってほしい。もちろん――国を挙げてサポートをさせてもらう」


 国王らしき人物から放たれた言葉はファンタジーものではよくある、あまりにもそれっぽい台詞。

 私以外の若者4人は“選ばれた者”という言葉に色めき立っており、やる気満々な様子だ。


 私も10代であればやる気満々になっていただろうが、流石に38歳でいきなり勇者というのは荷が重すぎる。

 ひと盛り上がりしているところで申し訳ないが、私は手を上げて国王に進言することにした。


「あ、あの……私も勇者として選ばれたのでしょうか? 流石に間違いかなと思っているのですが……」


 蓮と呼ばれていた人物の後ろからひょっこりと顔を出した私に対し、王様は酷く驚いたような表情を見せた。

 やはり私がこの世界に転移したのは想定外の出来事だったということが、王様の驚きようからすぐに察することができた。


 そして、そんな私の脳裏を過ったのは……“追放”の2文字。

 流石に何も分からない異世界で、いきなり追放されてしまったらどうにもできない。

 一気に不安に駆られ、自分の心臓がバクバクと早くなるのが分かった。


「……す、すまないが、私達がこの世界に転移させたのは4人だけのはずだ。何かの不手際が起こり、巻き込まれてしまったのかもしれない」

「や、やはりそうだったのですか……。元の世界に戻る方法はあるのですか?」

「元の世界に戻ることはもちろん可能だが、元の世界に戻す魔法は膨大な魔力を必要とするため数十年に一度しか使えない。つまり……そなたを今ここで戻すとなると、他の4人も一緒に戻さないとならないのだ」


 つまり私を戻すとなると全員戻らないといけなくなり、今回の召喚が完全な無駄になってしまう。

 私のせいでこの世界は救われず、魔王だか何だかにこの世界は滅ぼされてしまうって感じだろうか。


 私は完全に巻き込まれた形だし、関係なしに突っぱねて帰るという選択を取ってもいいのだろうが……私は別に元の世界に未練も何もない。

 両親は既に他界しており、やろうとしていたことと言えば田舎でゆっくりと第二の人生を過ごすこと。

 その程度のことなら、こっちの世界でも出来るかもしれないし、追放されないのであれば無理して戻る必要はない……はず。


「ちなみにですが、他の4人はどう考えているのか教えてほしいです。私は4人がこの世界を救う意思があるなら……この世界に留まってもいいと思っています」

「それはまことか!? そう言ってくれるのは本当にありがたい!」


 私の提案に真っ先に反応したのは王様であり、歓喜の声を上げた。

 そんな王様に続くように、4人の若者達が自分の意見を発し始めた。


「俺はやってみてもいいと思ってるぜ。ドラクエとか好きだし」

「俺も同じく! 勇者とか、選ばれし者とか、ワクワクするしな!」

「私もやってみたい……かも。まだよく分かってないけど、この4人でなら何とかなると思ってる!」

「私もですね。怖さもありますが、それ以上にこの4人であれば楽しそうです」


 全員がこの世界を救う意思があるなら、私一人の考えで元の世界に戻るのを強行するのは違うだろう。

 兵士の殺気には驚きはしたが、王様も含めて決して横柄な態度ではないし、追放されるって感じでもないことは分かる。


「なら、この世界が救われるまでは留まります。私は勇者として戦うことはできませんが、そこはどうかお許しください」

「もちろんだ! 巻き込んでしまったのに、寛大な対応をしてくれて本当にありがとう。そなたには決して戦いを強制するつもりはない。この城に残ってくれてもいいし、街の方で暮らしたいのであれば住むための家を用意させてもらう」

「ありがとうございます。どこでも大丈夫というのであれば、私の希望があるですがお聞きしてもらえますか?」

「もちろん。可能な限り、その希望とやらを呑ませてもらう。……その前に、4人だけ別の場所に移動してもらってもよいか? 装備品や職業、スキルの確認を行ってもらいたいのだ」

「もちろんです。私はここで待っていればいいのですか?」

「ああ、ここで待っていてほしい。従者をつけさせてもらう。何か困ったことがあったら何でも頼んでくれ」


 そう言うとシックなメイド服を着た従者を1人置いて、4人の若者と一緒に部屋から出て行った王様。

 色々と嫌な結末が脳裏を過ったが、王様も下手に出てくれているし一緒に転生した若者4人も悪そうな感じはない。

 ……学生時代は絶対に相容れなかった苦手なタイプではあるが。


 それからすぐにみんなが部屋から出ていき、従者と2人きりの状態で部屋に取り残された。

 少し気まずい雰囲気が流れたため、私は話を聞いてみることに決めた。


「あの……色々質問しても大丈夫ですか?」

「はい。知っていることならお答えさせて頂きます」

「ありがとうございます。それではこの世界のことと、今何が起こっているのかを従者さんが知っていることだけで構いませんので教えてください」

「かしこまりました。――この世界には7つの国がありまして、そのうちの1つがこの国『グレイラン王国』です。あなた様はグレイラン王国が行った『勇者召還』に巻き込まれ、この世界に来てしまったということになります」


 私の身に何が起こったのか、非常に分かりやすく簡潔に説明してくれた従者さん。

 内容は察していた通りであり、やはり私は勇者なんかではなく、ただの巻き込まれた一般人ということだ。


「分かりやすく教えて頂きありがとうございます。変な質問かもしれませんが、この世界は魔物がいたり魔法があったりしますか?」

「はい。街の中は安全ですが、一歩外に出ると人間を襲う魔物がおります。それから魔法も存在します」

「やはりそういう世界なのですね。従者さんも魔法を使えるのですか?」

「初級魔法でしたら一通り扱えます。ただ、私は近接戦闘の方が得意ですので、本当に基礎中の基礎しか扱えません」


 私は魔法を使うことができるという言葉にテンションが上がり、『魔法を見せてください』という言葉が喉元まで出掛かっていたが呑み込んだ。

 室内、それも城の中で魔法なんて使うことができないだろうし、口に出していたら確実に従者さんを困らせてしまっていた。


「……近接戦闘の方が得意でも魔法を扱えるんですね。この世界の人は誰でも魔法を使えるのでしょうか?」

「いえ、使えない人の方が大半だと思います。私は弱小ながらも貴族の出でして、幼少期から魔法の指導をしてもらえたから使えるだけです」


 所作一つ取っても品があるとは思っていたが、従者さんは貴族出身のようだ。

 まぁ王に仕えるとなったら出生が不明な者では難しいし、従者であれど貴族の出じゃないとなれないのだろう。


「へぇー、貴族の方だったので――」


 私がそこまで言いかけたところで、大きな扉が開いた。

 どうやら兵士と王様が戻ってきたようだ。


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