第14話「美咲の暴走」

次の4時間目は体育だ。

雨が降り、1組と2組は体育館で男女分かれてバスケをすることになった。


人数も多く、コートが足りないので8分の試合を6人チームで編成し勝ち上がり方式で試合をしていく。

堀田はバスケ部でもないのにボールの手さばきと相手をフェイントを使って巧みにゴールへとつなげる。

彼のすごいところはちゃんと自分の味方にもパスを投げてくれ華を作るところだ。


「君野!」


「あわわ!?」


しかし、たまたま同じチームになった君野は手を使う球技は苦手なのか

堀田の早いパスについていけず肩に硬いボールをぶつけ弾かせてしまう。

ゴール付近にいながらモタモタしている。


「なにやってんだよ!」


とコート外から野次が飛ぶ。

堀田チームは今のところ全勝している。なので周囲の期待感でいっぱいで

彼にとってプレッシャーが半端ではない。


チームメイトやコートを囲っている1年生男子の熱い怒号や野次に君野も必死に走って汗を流す。

朝に仲違いしたことなど忘れるほど、2人はバスケに夢中だ。


ピーーーー!!!!


と、スコアをデジタルに表示する機械からブザ-がなる。


「やったな!!」


堀田がチーム全員にハイタッチする。

ランダムに作られた即席のチームで、スポーツが得意ではない編成だったが、皆堀田ボスのアシストと激励に奮起。

普段味えないような注目を浴び、それに堀田含め6人が誇らしく思っているようだった。


君野もまたその一人。勝利の喜びが溢れ、汗を思いっきりかいて堀田にキラキラした目を向ける。


「やったな君野!」


「うん!!」


2人はそういって親指をたてあう。あっという間に仲を取り戻したようだ。

汗臭い君野の頭を堀田がわしゃわしゃと撫でる。



一方女子エリア


「…。」


女子もまた男子と同じようにコートを囲っているが、その注目はほとんど男子のコート。

誰が好き?誰々がかっこいいなどと、自分たちの試合にはあまり興味はないようだ。


桜谷はコートにいた。

試合中だが

体育館の真ん中にはられた、緑の網仕切りからそんな二人を見ている。

やっぱり堀田くんの超人はダテじゃないと実感する。

私がどうやっても、君野くんを操っても堀田くんへの興味がそれをなかったことにしてしまうのだ。


その時だった


「きゃ!」


男子コートに夢中になっていた桜谷にボールがとんできてそう小さく悲鳴を上げた。

その硬いバスケボールは桜谷の腕にぶつかった。

落下したボールはぽんぽんと跳ねて転がっていく。


なぜかバスケのゴール付近ではなく、端でぼーっとしている桜谷に投げられたのだ。


「あらごめんなさい!手元が狂っちゃって!」


投げたのは美咲だ。

今は自分のチームの対戦相手で、コートで戦っている真っ最中だった。


「ダメよ桜谷さん!男子ばっかりみてスケベ!今度は顔面にクリーンヒットしちゃうかもよ?」


と、ニヤニヤしている。

桜谷はなぜ美咲がこんなにも自分に悪意をぶつけてくるのかと一瞬思ったが、どう考えたって堀田しかいない。


クスクス


と美咲は憎たらしく笑い、転がってきたボールを拾い、そのまま何事もなかったかのようにゲームに戻っていく。

桜谷はそれをジトっとした目で、考える。


堀田がこの女を操って、全部私のせいだとでも言って君野くんを奪還しようとしているのか?

それとも、単にこの頭の悪い女が暴走しているのか?


前者なら…相当ワクワクする。


「やるわね堀田くん。私にめんどくさいものをぶつけてくるなんて…。」


2人の恋愛のいざこざは1年生の話題の一つ。

堀田があの美人な美咲をフッた!

これは、新聞部なら掲示板に大きな見出しでも作りたいレベルのスクープだ。

もしかしたらもういらなくなった元カノを利用しているの?


「ふふ。それなら相当ゾクゾクするわ。」


やる気のなかった桜谷は、そう言って

残りのバスケの試合に参加し、ボールを奪い合うふりをした。




そして体育が終了した。


「君野!頑張ったな!」


「うん!!すごく楽しかった!」


一方、バスケで健闘をたたえあった君野と堀田は肩を抱き合っていた。

バスケの全勝が嬉しすぎて過剰なスキンシップで祝杯をあげている。


「君野、ごめんな。お前の苦悩知ってるのに、都合の悪いことばかり忘れてるだなんて思い込んでさ。俺が見てきた桜谷のいない1週間のこと簡単に忘れようとしてた。」


「ううん。僕もその時のことはしっかり覚えてるよ。アイス食べたことも、頭拭いてくれたことも、いじめから守ってくれてキーホルダー取り返してくれたことも…!」


君野はそうキラキラと目を輝かせて言う。


そうだ。俺は君野を幸せにしてあげたい。

健忘症を治して、サッカーをしていた頃の野心溢れる姿に…


「俺健忘症のこともっと勉強してみる。わかったフリして軽々しく接していたの反省しているんだ。」


「勉強してくれるの?でも、負担にならない?」


「お前の汚い字よりは簡単かもな。」


「ははは!そうかもね!じゃあまたお兄ちゃんって言っていい?」


「いいぞ。好きに呼べ。」


「お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃん!」


君野はそう言ってハイテンションで堀田の脇腹にくっつく。


はあッッ…かわいい!!


堀田がそう胸をキュンキュンさせた。


「僕ね3人で仲良しでいたいの。桜谷さんも堀田くんも大好きだから。」


「ああ…ずっとお前はそう言ってるよな。」


そればっかりは…と堀田も考える。

君野は桜谷の闇深い部分を知らないのだ。

しかし、君野は真剣な顔をして答えた。


「桜谷さんって強い女の子だけど、放おっておけないなって思う部分があるんだよ。」


「そうなのか?どこで?」


「うーん…でもなんか…強くそう思うの。僕が強く守ってあげなきゃって、なんでだろう…。」


「お前にしかわからない良さがあるってことなのか?俺もそういう部分探したら、好きになれる部分あるのかな…。」


と、堀田は無理やり納得しため息をついた。




「ねえあなた体育委員よね。次昼休みここ使いたいから開けといてくれる?」


と、美咲は誰もいなくなった体育館で、一人残ってバスケ道具を片付けていた同じクラスの女子体育委員に話しかける。


「今閉めるふりをしてくれればいいの。大丈夫。あなたのせいになんかしないから。」


「…荒らさないでね。」


その女子生徒はめんどくさいものに絡まれたとため息を付く。

美咲の強情さは絡まれたら最後。

恨まれたら厄介だ。


「ふふ。ありがと。」


その女子生徒は片付けを終えると小走りでいなくなってしまった。


「後は、私をコケにした罰を受けてもらうだけよ…君野くんとそれを管理できなかった桜谷さん…絶対に許さないから…。」


彼女はそう言って体育倉庫のドアを強く締めた。



■お昼


「君野くん?あれ?」


自販機で飲み物を買いに君野と桜谷は廊下を出たが、その飲み物を迷っている間に君野の姿はなくなっていた。


「また健忘症の影響?」


桜谷はそう言ってお茶片手にキョロキョロする。


少し先の中央廊下をみても、階段の下をのぞいても彼はいない。

一回、教室に戻ってみよう。


桜谷はそう言って、教室に飲み物片手に戻る。


すると


「なにこれ。」


桜谷のお弁当の上に折りたたまれた紙が置かれていた。

それを広げると


‐カレはあづかった!誰にも言わず体育館の体育倉庫に来なさい!‐


と、可愛い丸文字で書かれていた。


「づ?」


相手はあまり頭が良くない人物だと「あづかった」の1文で理解する。


もちろん、その相手も想像通りだろう。

これも堀田くんの計画の一つなのだろうか…


「なんだよ。それより君野は?」


その堀田は目の前で開き直ったように食事をしている。帰ってきたらもう君野くんの机の前に椅子を持ってきて彼の帰りを待っていたのだ。

朝の出来事をなかったかのように、普通に話しかけてくる。

本当、どういうつもりなんだろう。


「何普通に食べてるのよ。」


「俺はただ、君野の健忘症を治したいんだ。」


と、まっすぐ桜谷の顔をじっと見つめる。

その顔に桜谷は怪訝(けげん)そうな顔で見つめ返す。


「ふん。あなたもなかなか残酷な作戦を考えるものね。もういらなくなった元カノをいいように使って私を罠にはめようなんて。」


そんな捨て台詞を吐いて桜谷は着席もせずにいなくなってしまった。


「…美咲がなんかしたのか?」


堀田はその桜谷の言葉に卵焼きを飲み込んでから一拍して理解した。

そして弁当をそのまま出しっぱにして教室をでた時にはもう桜谷の姿なかった。


「どこ行ったんだ!」


堀田はまるで犯人を捕まえるために追いかけっこをしている刑事のように廊下を慌ただしく走り出した。




「…あれ?」


君野はハッと意識を取り戻した。

前を見ると自分より背の高い女子が自分の右手を引いて歩いていた。


「あの…。」


君野が前の人の顔を覗く。


「波田さん?」


堀田の元カノの美咲だ。

声をかけるとこっちを向かずに


「黙ってついてきてって言ったじゃない。」


と不機嫌そうに答える。


「どこいくの?え?」


気づいたら体育館に続く木板の上を歩いていた。

そして、体育館に入るとすぐに左を曲がる。そこに体育倉庫がある。


普段は鍵が閉まっているはずだが

なぜか開いていて、美咲は当然のように勢いよく開けた。

そのまま君野をひっぱり中へ。



「うわっ!」


美咲に突き飛ばされた君野はそのままマットの上に倒れた。


「絶対動かないで!」


「え?はい…。」


美咲はそう言ってドア前の跳び箱の後ろに隠れる。

扉は開いたままだが

なぜか言うことの聞く君野が目をパチクリさせていると


「君野くん!」


「あ!桜谷さん!」


桜谷がやってきた。そのまま中に入ると



ガラガラ!

ピシャン!


と、ドアが閉められた。

カチャンと外鍵が閉まる音がし、

二人は美咲に閉じ込められてしまったのである。


「あ!そんな!」


君野は慌てて立ち上がりドアを開けるも当然開かない。


「誰かいませんか!!誰か!!」


「やられたわね。でも、これは堀田くんじゃないわ。」


こんな事になってもそう冷静に分析する。

思ったより頭の悪い作戦だった。

堀田が恋敵を密室に閉じ込めるなんて事するわけがない。あの女の暴走なんだ。


「どうしよう…。5時間目って体育館使うかな…。」


君野はそう不安な顔で桜谷に尋ねる。


「さあ。外ももう晴れてきたけど…校庭はぐしょぐしょじゃないから、あっても外を選ぶかもね。」


あいにく窓はあっても鉄格子がついている。高さもある上に、ワインボトルくらいの長さと狭さだ。

仕方なく誰かが開けてくれるまで待つしかない。 


二人は寄り添ってマットの上で体育座りをする。中は薄暗い。

まだ昼間なのに小さな窓から入る光が眩しい。


「波田さん、僕たちを恨んでるみたいだね。なんでだっけ…。」


「君野くんにかまう堀田くんの気を引きたいのよ。それを全部君野くんのせいにして、私も何故か恨まれてるみたい。」


「巻き込んでごめんね…」


「ううん。私は大丈夫よ。」


いや、むしろありがとう。


私はそう心ではほくそ笑んで

不安そうな君野くんの手を握る。


こんな狭い所で君野くんと不可抗力で2人きりになれるなら

なにも悪いことなどない。むしろ興奮する。


桜谷はすぐに隣の君野の異変を感じた。

彼のその手の平は汗でテカテカしている。


「怖いの?閉所恐怖症だから?」


「あ、僕そんなことまで言ってたんだね…。」


「私に寄りかかっていいわ。」


「うん…。」


桜谷の言葉に君野はそのまま彼女の肩に頭をつける。

彼の額はじっとり濡れている。呼吸も荒く、はあはあとその息遣いだけが体育倉庫で大きく聞こえる。


「ごめんね桜谷さん…。」


「もういいの。だってそもそも君野くんのせいじゃないし。」


「こう言うとき女の子をかっこよく守らないといけないのに。僕、桜谷さんのことどうしても放おっておけないから。」


「今日あったばかりなのにどうしてそう思うの?」


「わかんない。でもさっき堀田くんと話してて、改めてそう思ったの。」


「…。」


これはもしかして潜在的な意識というものだろうか

桜谷の顔が期待感がいっぱいになる。


「私のこと、初対面なのに彼女と受け入れたのはどうして?」


「可愛いと思ったからだよ。見た目が好みで。それに、お母さんが桜谷さんのこと、すごく褒めてたから。」


「他には?」


「他…朝はそれくらい。」


「そっか…。」


私が望んだ答えも、聞きたくない言葉もでなかった。

桜谷は小さなため息をつく。


「はあ…はあ…。」


「おいで。」


君野は肩で息をし、汗ばんで震えている。

桜谷は自身の太ももを彼の枕にし、マットの上に寝かせてあげた。


しかし、腹の中ではこの二人きりの空間を思う存分楽しんでいる。


このまま閉じ込められて誰にも見つからなくてもいい。

邪魔者がいない空間ならどこでも…。

桜谷はそういって君野の顔を撫でた。


はあ、今毛抜でもあれば雑草を抜けたんだけどな…。





「美咲!!!君野をどこへやった!!」


1組の廊下

昼休みも後半、堀田は美咲に突っかかっていた。

桜谷がいなくて君野もいないのなら

思い当たるのは美咲しかいないのだ。


しかし美咲も怒り狂う堀田に腕を組んで強気な態度だ。


「知りたい?知りたいなら私を彼女に戻しなさいよ。」


「お前は俺のどこが好きなんだよ!」


「全部、アナタの言う通りよ…。」


「は?」


「あなたのことブランド物のバッグだと思ってる!」


「…。」


「でもそれの何がいけないの!?この先にあるお金持ちの私立の女の子だってゆうじゅといると羨ましがってくれる!私はそれが気持ちがいいの!」


「つまり自己満足というか、俺のことは考えてないんだろ?」


「考えてるわよ!その思いが強いだけ!でもその気持が強いだけで何が悪いのって言ってるの!」


「価値観があわないんだよ!君野を身動きが取れない状態にしたのか?」


「そこまでしてないわよ。大丈夫よ桜谷さんも一緒に入れたから。」


「はあ!?なんでそんなことするんだよ!!!!」


堀田の今日一の絶叫が廊下に木霊した。

美咲はその声にビクッとする。


「え?なにかまずかったの?」


「桜谷と君野が二人っきりなのか!?そうなのか!?」


「う、うん…。」


美咲は堀田の必死さに驚きながら頷く。


「どこに閉じ込めたんだ!!」


堀田はここであるアイデアを思いつく。


「君野、暗所恐怖症なんだよ!パニックを起こして倒れて死んでたらどうする!?」


「え!?死…!?そ、そんな暗くないわ!だって体育倉庫は窓があるし…!」


ダッ!


と、きびすを返して美咲を置いて走っていってしまった。


「あ!!!?え!?騙されたっ!?」


美咲は堀田の姿がなくなってからようやくそれがハッタリで、居場所を引き出すための罠だった事に気づいた。


「悔しいっ!!!」







「君野!!!」


ガラ!!


堀田は体育倉庫を開けるとそこには体調の悪そうな君野を桜谷が太ももを枕にして寝かせていた。


「君野!大丈夫か…?」


「…堀田くん…。」


バスケの時よりも汗でぐっしょりだ。

尋常じゃない汗と荒い呼吸に堀田も心配そうな顔をして顔を覗く。


「呼吸が苦しいのか?今俺が保健室に連れて行ってやるからな。」


相変わらず手際が良い。

力の入らない君野をあっという間に担いでおんぶしてしまった。


はあ。終わっちゃった。


桜谷は心でため息を付く。

もっと狭い空間で、息の詰まる空間に閉じ込められて、君野くんの荒い息を浴びていたかった。


「悪い。」


そんなことを思っていると堀田が君野を背負ったまま後ろの桜谷に振り返った。


「俺は美咲に関与してない。それだけは弁解させてくれ。けど男女のいざこざでお前にも被害が及ぶような事になって悪かった。」


と、堀田は敵対している桜谷にも謝ってきた。

桜谷はその完璧さを見せる堀田にイラッとする。



「ねえ堀田くん。」


「なんだ?」


桜谷の呼びかけに保健室に急ごうとした堀田の足が再び止まる。


「私、考えたの。あなたの変態性を受け入れようと思って。」


「バカ言うな。俺は変態じゃない。」


「変態よ。でも、褒めてるのよ。私と似てるってこと。だから考えたの。あなたを君野くんの公式お兄ちゃんとして認めようと思って。」


「似てねえよ!なんだよ公式お兄ちゃんって。」


堀田が小首をかしげると



「兄弟と恋人。3人で仲良くできると思わない?」


と、笑う。

細目で微笑しているこの女の奥底は何を考えているのだろう。どうせ、腹の中では言葉とは裏腹なんだろう。


優しい女神に見えて、今にも首を刈り取ろうとする悪い顔にも見える。


「僕、3人で仲良くしたい…。」


すると、堀田の背中の君野がまだはあはあと言いながらそう答えた。


堀田は考える。

君野のためなら、俺たちが争っていても仕方がない。俺は健忘症を治してやりたいんだ。

それなら、君野の願いを叶えてあげるのが先決ではないか?

たとえこれが罠だとしても、それを選ばなければ先にも進めない気もした。


藤井の言葉も思い出されて堀田は思慮深い顔を30秒。


「まあ…一理ある。」


と、自分の中ではまだ折れた答えをした。


続く。

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