第6話「ブラコンばくはつ」

桜谷がいなくなって5日目の金曜日。

彼女は来週の月曜日から学校に復帰すると

担任からそんな話が金曜の朝に出た。


しかし、そんな話よりも

クラスは朝から続く堀田の起こす異様な光景に釘付けだった。


「堀田お前、何してんだ?」


1時間目の終わり、藤井は首を傾げた。堀田が必死で机の上の教科書に向かって食らいつくようにペンなにかを書いている。


これは次の時間の音楽の教科書だが

彼は先ほどから2つ分教科書の音符に音階をふっていた。


「君野がリコーダー自信ないっていうからさ。書いてやろうと思って。」


「君野の教科書だけでよくないか?なんで自分のまで?」


「忘れるからだよ。俺は見なくてもできるから。スペア的にあったほうが困らないと思うし。」


と、どこか嬉しそうに答えた。    

そんな過保護ぶりをみせる堀田に藤井は目をぱちぱちさせながら

失笑する。


彼の隣のリコーダーは裸で置いてあったが

2つ分にはオレンジ色のシール穴ごとにドレミファ…と

書かれている。


「なんでまた…めちゃくちゃ過保護だな。けど君野ってお前の弟に似てるよな。朝、お前と登校してきた時さ、あの無邪気な笑顔がそっくりというか。」


「だろ!!」


やはりよき理解者だ!と、藤井の顔を指差しし、堀田の心が躍る。


「イキイキしてるお前久しぶに見た。弟にもそんな感じだったな…。」


藤井はそう言って笑った。


「あのさ、今日なんだけど、いつもの弁当の時間君野も入れていいか?」


「え?ああ。俺は構わないよ。ただ、美咲がなんというかだけど…。」 


藤井はそうニコッと笑うが、次には右頬を指でぽりぽりとかく。


「そうだよな…。」


堀田の走らせていたペンが止まる。

あの美咲が、君野を受け入れる未来が見えない。


「藤井、お前俺にさ、美咲を大事にしてくれって言ってただろ…」


堀田はペンを置いて、そう目の前に立つ藤井に居直った。 

 

「あの時な、俺も心が弱かったんだ。弟がいなくなって、楽しみにしていた事も全部が作業みたいに感じられて…。美咲の告白を受け入れたら、この砕けた心もどうにかなるんじゃないかって。藁にすがる気持ちだったんだ。」


「…。」


藤井はせいかんな顔つきをさらに濃くして聞いている。


「美咲の気持ちをもてあそんだと思う。けど、俺は今本当に大事なものを見つけたんだ。だからさ…」


「俺も心配だった。お前も美咲も。付き合ってるのに楽しそうじゃなかったからさ。美咲を大事にしろって言ったのはな、お前の気持ちを見透かしていたからなんだ。彼女がその慰みのためだけに利用されるのが嫌だったから。」


「…そうだよな。」


堀田はうなだれた。

そうだ、いくらあんな好き勝手な美咲でも

彼女の気持ちをもてあそんだことには変わりはないのだ。


「まあ、な。美咲と付き合ってよくわかったろ。一筋縄では行かないってことをさ。」


と、雰囲気を和らげるようなことを言ってくれた。


「ごめんな…。」


「いいって。美咲もちょっとはいい子になるかもしれないし。それより弁当の時間どうなるかだな。結果がどうなっても俺とお前は友達だ。」


藤井はそう親指を立てた。

クラスで一番背の高い男で

見せてくる白い歯と短い黒髪が爽やかなナイスガイ。


「ありがとな。…なんか腹が痛くなってきたな。」

 

堀田はそう言って片腹を抑えた。 


次の休憩時間

堀田は早速君野のいる後ろの席へ。


クラスの連中は会話をしながら、荷物を整理しながらチラチラとその光景にまだ不思議そうに見つめている。


「次音楽の時間だから音楽室に行くぞ。その前に荷物チェック!」


と、堀田は右手の人差し指を立てる。 

君野はそんなお茶目な堀田の様子におもわずニコニコしてしまう。


「うわ!引き出し!きたなっ!」


堀田は君野の引き出しに手を突っ込んだが、紙屑や丸まったティッシュ、1週間前のお知らせのプリント、ノートに挟まるケシカスとシャーペンの芯カスが。


「うわ。」


筆箱も開けると、その中も大変なことになっていた。細いマジックは芯が飛び出て筆箱の裏生地を真っ黒に。さらにそれに筆箱の中身にシャーペンの芯が溢れていてその黒で真っ黒になっている。


「これ、消しゴムか?」


堀田が恐る恐る親指と人差し指で挟んだのは

ほとんど真っ黒な消しゴム。


「これどうやって使ってんだ?」


「これね、消しゴムの白いところをうまく狙って紙につけるとよく消えるんだよ!」 


「そら消しゴムだからな」


謎の会話が生まれる。

藤井や複数のクラスメイトがそのやりとりに面白いとくすくすと笑っている。堀田は溜息をついたが君野に音楽室までに必要なものを持たせた。


「ほら、いくぞ。」


「うん!」


堀田に背中を優しく叩かれた君野はそう嬉しそうに無邪気に笑った。


君野を俺が相手にしているとクラスの雰囲気は少し和やかになったような気もする。

きっと、かわいそうだと思いながらも俺のようにモヤモヤしていたやつもいたに違いない。


リコーダーの使い方を君野に教えてやってる間、複数のクラスメイトは俺たちを温かい目で見ていてくれた気もする。


「うわあ…すごいな。いいや。音楽室にいったら綺麗にするわ。」


なんで君野がこんなにだらしないことに気づかなかったのか?と思ったが

そこに桜谷の顔が浮かんでくる。


「あいつか…」


なんとなく彼女がやってくれていたのだろうと感じた。


音楽室に到着すると

堀田は君野の筆箱をガシャガシャと綺麗にしている。


「なあ、君野。今までんこんな筆箱汚かったのか?」


「うーん…消しゴムはこんな事になってなかったと思う…」


「そうか…。」


俺の思ったことは正しいと感じた。


「でもね、堀田くん!僕はね綺麗好きなんだよ。」


「はい?」


「だっていっぱい汚くしてから綺麗にするんだもん。お母さんも汚いから片付けなさいって言うけど…、ちゃんと綺麗になっている時もあるんだよ!」


と可愛らしくほおを膨らませる。

母親によく怒られてることに不服だと

眉をしかめてみせた。


「おまえなあ、うんこする時に便器が汚かったらしたいと思うか?できないだろ?お前の母ちゃんはお前の部屋を汚い便器と同じだと思ってるぞ。」


「え?そうなの?…確かに…。」


君野はそう言って腕を組み首を傾げた。


「そっか、お母さんほど綺麗好きならそう思うのかな…」


「便器は極端だけどな。筆箱もきれいにするんだぞ。」


ガシャ


堀田は君野の筆箱をきれいに整えると

音楽の若い女性の先生が入ってきて授業がスタートした。






昼の時間


そして、運命の昼休みがやってきた。


「君野こっちにこいよ。」


「え?…あ、いいの?」   


君野は弁当を持ってその誘いに立ち上がるが

まだ、保護したての子犬のようにその境界線に入っていいのかと

戸惑いを見せている。

どうやらいじめっ子も様子を見てるのか今日はあまり近づいてこない。弁当も無事のままだ。


席は6席となり、まだ来ていない美咲に文句を言わせないと言わんばかりに強行する。

他のメンバーも、君野の参加に堀田の言葉で二つ返事で了承した。


君野は嬉しそうにしている。

友達が一気にできた用に感じられているのか

話しかけてくれる事自体が嬉しそうなのがよく分かる反応をみせた。


しかし、その時間も長くは続かなかった。


「は…?」


弁当を持ってきた美咲が、目の前の光景に足を止め、眉をひそめ

けげんそうな顔をする。イケてるメンバーに警戒していたメンツが入ってることが気に食わないのだ。


恐れていたことはあっさり予定調和となった。


「ちょっと!ゆうじゅ!なんで君野くんがここにいるのよ!私食べたくない!!」

 

彼女の喚く声がクラスで食べている連中の視線を一気に集める。


「美咲、なんでそんなこと言うんだ。君野がいたところで飯が不味くなるわけでもないだろ。」


藤井もそう諭した。


「嫌!!!!君野くんはここにいるべきじゃない!私がいいと思った人じゃないとつるんでいたくない!!」   


その非情な言葉に君野の笑顔も消え、だんだんと俯く。 


「僕、やっぱり1人で食べるよ…。」 


「あ!君野!!」


堀田が手を伸ばす。

君野は弁当を持ったまま、いたたまれなくなったのか教室を出て行ってしまった。


堀田がその光景に絶句し、追いかけようとしたその時


「いかないで!君野くん君野くんって、私だけを見てよ!こんなの浮気よ浮気!!ここで君野くんを探しに行ったらわかってるわよね!?」  


美咲がその腕にしがみついた。

教室は美男美女のメロドラマのエチュードに夢中だ。


「ゆうじゅ!!いかないで私を強く抱きしめてよ!!」


美咲はそういって堀田の腕にしがみつく。

しかし、堀田はそんな美咲の放置できないようなアピールにも

背中を向けたまま、歯を食いしばってこう言った。


「別れる!!お前と別れる!!!!」


堀田がそう絶叫し

美咲の掴む手を振り払いそのまま君野を追いかけた。


「そんな!!!待って!!」


「美咲!」


藤井のその声に振り返った美咲。

2人にしかわからない関係が、目だけで彼女をたしなめる。


「ひどい…私のこと、好きでないならなんで付き合ったのよ…」


美咲はそう言って顔を歪ませて大粒の涙を流した。そのまま目頭を抑えたまま廊下を出ていってしまった。


「美咲ちゃん!!!」


すると5人いたうちの一人の男子の川中がそのまま美咲を追いかける。


「なんか、とんでもないことになっちゃったな…」


鈴木はそう一言、箸で持ち上げた卵焼きの存在を忘れてそう答えた。


「…最悪だ。でも想定内だ。」


藤井はそう冷静に呟いて、甘い菓子パンを頬張った。






「君野!!」


堀田は廊下を走り回る。

先生に注意を受けるもそれすらも風のようにすり抜けてひたすら校舎を走り回り君野の姿を探していた。


図書室や保健室、空き教室やトイレ…


しかし、なかなか見つからない。

この状況に弟の死が思い出される。

どうしても弟が死ぬ前のことを思い出してしまう。


このまま見つからなかったらどうしよう。

もう会えなくなったらどうしよう。失ってしまったらどうしよう…


堀田はそんなトラウマで頭がいっぱいになる。

危篤と聞いた時、こんな気持になっていたんだ。

走っちゃいけない病院でこんな風に部屋まで駆けたんだっけ…


「君野!!!!」


堀田が見つけた先の君野は倒れていた。

すでにお金は盗られたのかそこにいつもの財布が転がっている。




堀田も上履きのまま裏門のゴミ倉庫へ。


巨大な鉄の網に袋に履いたゴミが大量に入ったエリア。

そこは校舎裏で、そこについている窓の先にはトイレや空き教室が中に広がっていて、

裏門の方は基本人気がない。

そのためにカツアゲにはうってつけの場所だ。


「君野!大丈夫か?」


君野を抱き起こす。

頬にはまた殴られた後があった。


「お金返せって言われたんだけど…覚えて無くて…でも、それより僕のキーホルダー…」


君野がそう言って力なく手を伸ばす。

その先にはいじめっ子たちが君野の弁当とあの「弟」キーホルダーを指でくるくる回している。

談笑しながらこちらに背中を向けていた。

生意気にも横に広がって3人歩いている。


堀田はその光景に般若の顔になる。

相変わらず健忘症で金に関しては覚えていないのに、キーホルダーの存在を覚えていることに

堀田の怒りはさらに増幅した。

金を取ったのにキーホルダーも人質に返すつもりがないのか…


「待ってろ君野…俺、結構なんでもできんだよ…。」


堀田の殺意に満ちたその顔は、君野にも見せられないほど熱い鍋の中に入ったかのように煮えきっていた。


そしてそのまま、陸上競技でみせる幅跳び選手のようなきれいなフォームの走りで、真ん中のリーダー格のいじめっ子の背後にまっすぐに向かう。


そしてそのまま彼の後頭部に向かって膝を入れた。


ガッ!!!


「うわ!?」


ドサッ


真ん中のいじめっ子が前に倒れる。横に2人がそれに慌てて離れる。

加勢はするつもりはないようで目の前の光景に目を丸くさせ驚いている。


真ん中の短髪のいじめっ子が次に体を起こすと、鬼の形相の堀田が馬乗りになりそいつの数発顔面を殴る。


ガっ!!


「グハッ!なんだよやめろって!!」


いじめっ子が鼻血を出している。

その顔を鷲掴みにした堀田は自身の顔をグッと近づける。


「やめろだ?お前君野が何回それをお前に対し言ったと思ってんだ。それでやめていたら、今頃あんな姿にはなってねえだろ!!!!」


ドスの効いた声を出す堀田。


「今まで取った分の金返せ。今までいくいらとった?言え!!!君野の母親が入れた額とあってなかったら鼻をへし折る。」


といじめっ子の鼻に人差し指と中指を突っ込む堀田。

中の内側の肉につめがぐっと食い込む。


「っ…8千円…だ…。」


いじめっ子は鼻呼吸ができずそう苦しげに言う。


「ほ、堀田くん…大丈夫だよ…。」


君野がそう、弱々しく答え近づいてきた。


「ダメだ!!月曜に耳揃えて金返せ!それと、今君野に向かって謝れ。」


堀田がさらに相手の髪の毛を鷲掴みに引っ張る。


「痛い!!!やめろって!!!」


自分より強いと判断した相手には全く歯が立たない様子のいじめっ子。

まさか、クラスでも権限のあるようなヤツがいじめられっ子に加勢するなんて…

と、みたことがないくらいしおれている。


「わかった!!わかったから!!」


堀田は彼の鼻から指を取り出し、そして自分の体重から解放する。


「堀田くんって、強いんだね…。」


「武術習ってるんだ。」


堀田はそう言って

固まったいじめっ子3人を君野の前に立たせて腕を組んだ。

他の2人は手出しはしないタイプ。

その場で見て威圧するだけで、むしろなんか巻き込まれたと言わんばかりに顔を見合わせ戸惑いを見せる。


「言え。ほら謝れ。」


堀田の言葉に

いじめっ子たちが少しふらふらとしてただペコっと頭を下げる。

しかし、鬼の堀田はその態度に真ん中のいじめっ子の頬をバシッと叩く。


「ふざけてんのかお前ら!!!!君野がどんなに謝ってもお前らは耳を貸さなかったよな!!!そうだよな!?」


堀田のその筋の人のような怒声にリーダー格のいじめっ子は地面の硬いコンクリートに頭を伏せた。

そして、力なく


「今まですみませんでした…」


と君野に謝罪した。

残りの二人も慌てて「ごめんなさい」と頭を下げる。

君野は驚いたように堀田といじめっ子たちを見つめ、堀田の背中越しにその謝罪を受け取った。


「もう二度と、君野に手を出すなよ」


堀田は冷静さを取り戻し、いじめっ子たちを解放した。彼らは何も言わずに急いでその場を立ち去った。


「ありがとう、堀田くん…」


君野は震える声でそう言った。その小さな声に、堀田はそっと微笑む。


「さ、教室に戻ろう。お前の弁当も無事だったし。まだ昼休みは終わってないぞ」


そう堀田は言って、君野の肩を軽く叩いた。


「うん…ありがとう!」


君野は涙を拭いながらも元気を取り戻す。手の中の弟キーホルダーを小鳥を扱うかのように

愛おしそうに見つめていた。





教室に戻ると藤井たちは食事を終えていて、

美咲が戻ってきてないと聞いた。


しかし堀田はあまり気にしていなかった。君野と自分の関係、そして自分の心の整理がついたことで、彼の中には少しずつ新しい決意が芽生え始めていた。


堀田は、桜谷の空いた席に座り、君野も自分の席でご飯を食べた。


「あ、そうだ。」


昼を食べ終わると、堀田は自分の席からそういえばと思い出したように手提げバックを持ってきた。

バッグの中にあった小包の中から出したのはあの「兄」キーホルダー。

その白くスポーティーなエナメルバッグのチャック部分に

それをつけてみせた。

先程の般若のような顔とは違い、照れくさそうに視線を外して君野にその手提げバッグをみせる。


「あ!!兄!!」


君野もそれに感激し、大きく反応する。


そして自分のリュックに取り戻した「弟」キーホルダーを堀田に見せつけた。


「ふふふ…僕達兄弟だね。」


「そ、そうだな…。」


どこぞのバカップルだよ…と

堀田が恥ずかしそうに思う。


しかしこれは

自分で切り開いた先に見つけた光景だ。

君野の笑顔が、なによりも嬉しくてたまらない。


桜谷がこのままこなければいいのに…

なんてな


と堀田は久しぶりにお昼ごはんを嬉しそうに食べる君野を見、わかりやすく嫉妬をしていた。


あの女が…来週帰って来る…



続く

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